2020/02/17

『おばけ』という映画を見た

国立フィルムアーカイブで開催されたライジング・フィルムメイカーズ・プロジェクトという企画上映にて『おばけ』という映画を見た。ぴあフィルムフェスティバルでPFFアワードグランプリを受賞した作品だ。タイトルにJホラー的な香りを感じる人もいるかもしれないが、その実態は全く違う。いざ映画が始まると、これがジャンル分け不能なのはもちろんのこと、我々の常識を一枚も二枚もつき破る映画であることがすぐにわかる。かといって小難しさは一切ない。この映画の前では何も難しいことは考えずに、スクリーンにほとばしる愛おしさ、おかしみ、優しさ、温かさ、穏やかさ、人生の喜び、苦味といったものにただただ身を委ねていたいと、そう強く思わせる作品なのだ。

 

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2020/02/15

サム・ロックウェルについて書きました

リアルサウンドにて、大好きな俳優サム・ロックウェルについて書かせてもらいました。ひと昔前はこの人が画面上に現れると体が無条件に警戒してしまっていたのに、今では「今度はどんな役を見せてくれるんだろう」と笑いと興奮がじわじわと込み上げてくるのを感じます。一筋縄ではいかない彼の演技にワクワクしっぱなしです。
昨年は”Fosse/Verdon”というTVシリーズにて、伝説の振付師であり映画監督でもあるボブ・フォッシー役を演じたことも大きな話題となりました。まだ見れていないのですが、こちらもすごく楽しみです。なんせむちゃくちゃダンスが上手いので。

 

 

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2020/02/14

1917 命をかけた伝令

サム・メンデスが長回し撮影を駆使して第一次大戦の混沌たる戦場を描いた『1917』が公開を迎える。

個人的に、戦争映画というと『プライベート・ライアン』の冒頭場面が思い出されてやや臆病になってしまう私なのだが、今作は戦争の非情さは表現されても残虐描写が強調されることはなく、レーティングも「G」。むしろ、舞台演出家でもあるメンデスらしい独特の空間設計、時間設計が印象を刻む重厚作に仕上がっている。とりわけ、兵士が塹壕から戦場へ飛び出し周囲を見渡す時の、あらゆる生命が根こそぎ奪われた後の「からっぽ」感には言葉にならないほどの思いが迸った。これらは先人たちが築いた戦争映画で感じたことのないものだ。

そこに執念とでも呼びたくなるような「長回し撮影」が加わる。もちろん、長回しは目の前で何が起こるかわからない極限の緊張感と臨場感をもたらすもの。本作におけるこの手法をもう一歩進めて解釈すると「カメラが回り続けていること=兵士が生きていること」とも捉えうる。一つのミスもゆるされない途切れなき映像が、髪の毛一本分の境目で隔てられた生死とも重なり合い、そこに並々ならぬ状況と意味が生まれているのである。

こうして我々はまるで伝令を受けた兵士の一回生(一度きりの命)を体験するかのように一緒にほぼリアルタイムの旅を続け、いつの間にか、彼が戦場で感じたこと、触れた思いさえも同じ目線で共有するようになっている。まさに運命共同体である。

この映画に感銘を受けるのはそれだけではない。長回しでとらえる映像を決して単調なものには終わらせず、最初にひたすら塹壕を歩き回るあたりが序曲ならば、そこから飛び出して展開部を迎え、息をのむほどの迫真の戦場アクションや驚きに満ちた試練を乗り越え、その全てを集約するかのような壮大なフィナーレへとなだれ込んでいく。そんな徹頭徹尾、音楽的とも称したくなるほどのうねりの構造がしっかりと練られているのだ。

この光景が実際に広がっていた時代から100年が過ぎ、第一次大戦もすっかり過去の昔話として扱われがちだ。が、モノクロの記録映像に音声と色を施したドキュメンタリー映画『彼らは生きていた』と同様、これは当時の状況や兵士たちの感覚をヴィヴィッドに蘇らせることで歴史や記憶をつなごうとする、一つの試みでもあると思う。先日のアカデミー賞では有力作と言われながら惜しくも作品賞を逃したが、作り手たちの思いを結集させ、表現技術の限界にまで迫った傑作であることに微塵も変わりはない。

 

 

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2020/02/09

パチーノ、デ・ニーロ、スコセッシ・・・

先述のENGLISH JOURNALの記事内では、アル・パチーノ、ロバート・デ・ニーロ、マーティン・スコセッシという3人の歩んできたキャリアについて振り返っています。これまで映画界の極めて近しいところで伝説を築きながら、なかなか3人揃って一つの作品に挑む機会がなかった彼ら。記事内では触れていませんが、いろいろ調べる中ですごく興味深かったのは、『ゴッドファーザーPartⅡ』のDVD音声解説の中で、コッポラが冒頭にさらりとこう語っていたことです。

「PartⅡのオファーが来た時、私は正直言って、やりたくなかった。前作では映画会社と衝突することも多かったからね。だから『監督はやりたくない。プロデュースなら引き受ける』と返答した。すると『ならば、他に監督として推薦できる人はいるか?』と聞かれたので、私は『マーティ・スコセッシ』と答えた。すると相手は『いや、彼はやらないだろう。他には?』と・・・」。

結局、コッポラは自ら監督することになるわけですが、ほんの一瞬とはいえ、重要な会話の中でスコセッシの名前が浮上したという事実に、かなりドキドキしてしまう自分がいます。もしもこの時、万が一、いや100万分の1にも、3人のコラボが実現するようなことがあったなら、映画の歴史は今とはだいぶ異なるものに変わっていたかもしれません。

 

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2020/02/08

ケン・ローチ監督『家族を想うとき』

リアルサウンドにてケン・ローチ監督についての記事を書きました。正直、ローチという壁があまりに高すぎて、自分の限界を感じました。でもこの機会に自分なりに振り返っておいてよかったと感じています。そして最近の彼の作風は、政治的主張を大上段から振り下ろすというよりも、歳を重ねてますますしなやかになっているとも感じるのです。だからこそ、より胸の芯の部分にまですんとナチュラルに沁み渡っていく。日本では絶版になっている作品も多いですが、これから彼の素晴らしい作品に普通にアクセスできる環境が整っていくことを願うばかりです。

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2020/02/06

ENGLISH JOURNAL

アルクから出版されている「ENGLISH JOURNAL」最新号にて、映画『アイリッシュマン』に関する記事を執筆してます(巻頭および中ほど、計2箇所)。全国の本屋さんで発売中ですので、主演のロバート・デ・ニーロが朗らかに笑っている表紙を見かけたら、ぜひ手にとっていただけると嬉しいです。

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気がつけばアカデミー賞授賞式まであとわずか。『アイリッシュマン』も作品賞をはじめ複数の部門にノミネートされており、レジェンドともいうべきこの面々が映画界の大きな山をどこまで征服できるのか見ものです。

この雑誌にも、デ・ニーロ、スコセッシ、パチーノのインタビューが収録されているのですが、これがめっぽう読み応え、聞き応えありました。70代後半の彼らがどんな雰囲気で映画作りを行っているのか。現役の映画俳優で「セリフ?覚えてないよ」(パチーノ)とあれほど自信持って言える人がどれだけ存在するのだろうかーーーそれでもなお、見事なまでに演技を成立させてしまうんです。そこがすごいところ。これを読んだ上でもう一度『アイリッシュマン』を見ると、また違った面白さが味わえると思います。

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『ムーラン・ルージュ』公開から19年。豪華絢爛たるイマジネーションの世界は今なお色褪せない

ふと気がつくと、この映画の劇場公開から19年もの歳月が過ぎ去っていました。月日の経つ早さに唖然とするのは当然として、もっと驚かされるのは、本作『ムーラン・ルージュ』が今なお、まるで昨日出来上がったほやほやの映画のようにみずみずしく、ノリに乗っていて、最高に活きの良い映画だということ。普通はこれだけCG満載なら少しくらい技術的なほころびのようなものが出てきそうなもの。でもそれが全くと言って良いほど見当たらない。これってかなりの神がかり的なことだと思うのです。

この映画に関してはまず最初に有名アーティストによる名曲にばかりスポットが当たるのですが、今回、もっと硬派なところを切り取って記事を書かせてもらいました。ぜひご覧くださいませ。

 

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