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2022年11月 5日 (土)

覚書

・いろいろと駆けずり回って、時間が足りない。これで原稿書いて、作品選びして、企画書書いて、新作をチェックして、劇場にも足を運んで・・・あっという間に明け方になってしまう。そしてもう一つやり残していることがある。来週はどこかのタイミングで必ずシネマロサでやってる『コーンフレーク』を観に行く。磯部監督や主演のGONさんと直接お会いしてみたい。

・年明けて初めて通院すると、院内の仕組みがすっかり様変わりしていて、ちょっとした衝撃を受ける。効率化されているかと思いきや、以前よりも全ての過程において時間がかかっているところを誰かが俯瞰して見つめて指摘してあげた方がいい。新作『いつかの君にもわかること』を観た。舞台はアイルランド。余命わずかのシングルファーザーが、近い将来、自分の手から離れゆく幼い息子のための養子縁組の面会を重ねていく物語だった。ウベルト・パゾリーニ監督(彼の『おみおくりの作法』は『アイ・アム まきもと』としてリメイクされた)は今回も死と生を切り口に上質な人間ドラマを紡ぐ。決して涙や感動を押し付けない抑制された演出ゆえに、観賞後の余韻がより深いものに達している。父親の窓拭き職人という職業も重要で、「窓」を介してちょっと距離を置いて客観的に生活や人生を見つめる視点が添えられているのが印象的だった。

・近所の格安スーパー店内になぜかパリピ系の音楽が流れ続けている。その一点だけを見ると2023年におけるありふれた日常でしかないのだが、でも10年くらいのスパンに広げて見ると、以前はこのテナントに百貨店系列のスーパーが入っていて、雰囲気も購買層もまるで違った落ち着いたものだった。かつて存在した風景が今はもうない。その激変ぶりは非常にドラマティックであるし、少し映画的だなとも思った。

・インド映画『エンドロールのつづき』を観る。想像以上に落ち着いた雰囲気、アーティスティックな作り。インド版「ニューシネマパラダイス」的な言葉が囁かれそうだが、皆が映画館のスクリーンに心を奪われる中、主人公の少年がふとそこに差す光の帯に気づき、映写室の方を振り返る様が美しかった。映画とは光。時間の連続。何かが終焉を迎えても、その価値は決して失われず、形を変えて続いていく。言葉ではなく映像でそれらを魅せる手腕が素晴らしい。

・『イニシェリン島の精霊』はその冒頭場面、美しい島を歩くコリン・ファレルの朴訥な表情を目にしただけでもう満ち足りる映画だった。『タイガーランド』以来、彼の出演作は数多く観てきたけれど、決して大作に偏らず、芸術性の高い映画を作る名匠たちとの仕事を大切にしているところがこの人の力の源であり、脂の乗った中年になってもすり減らず、底しれぬ持ち味を解放させ続けている理由だと感じる。あの眉毛の下がり具合は衝撃的というか、ちょっと寓話の登場人物のような印象さえ受けるほどだった。マーティン・マクドナーらしい血の気の多い展開も見せるけれど、その全てを島の豊かな自然が飲み込んでいく。そして海の向こうでは戦争が。この的確に状況が配置された圧倒的な舞台環境に目と心を奪われてやまない。(2023.1.19)

・試写のために都心へ出向く。1時間半ほどかかる電車移動の途中、アジア系の外国人の方が席に座り、気がつくとその隣にちょこんと日本人の小学生の男の子が座っていた。何度かチラッと目にしただけなので事の経緯はなんらわからないのだけれど、いつしか二人は友人同士のように仲良くなって、男の子は「どこのくにからきたんですか?」と礼儀正しく質問し、それに対して外国人側も男の子の目線にまで上半身を倒しながら「ボクですか?インドネシアですよ」とにこやかに返答しておられた。そしてまたしばらく経ってから目を向けると、二人は相変わらずの仲良しこよしで、互いに宙に人差し指を走らせながら、知ってる漢字の書き合いっこをしているようだった。とても心温まる国際交流をありがとう。二人はそれぞれの国の親善大使だね(2023.1.18)。

・年末に執筆(詳しくは執筆履歴を参照のこと)のために動画配信で北欧ノワールばかり視聴していたこともあって、自分の中での北欧作品に対する見方がすっかり変わってしまった。世界的に”北欧ノワール”ブームなのだという。なぜこれほど人気が出たのか。00年代の終わりに制作された「The Killing」がすべてのゲームチェンジャーだったことは言うまでもないが、それが英国BBCでも放送されるようになり、しかも一発屋として終わることなく、「The Bridge」「コペンハーゲン(原題Borgen、これに限ってはノワールとは言えない政治劇だが)」と安定した品質の番組供給が続く。これらは字幕付きで放送されたにも関わらず英国内で高い視聴率を誇ったというから驚きだ。北欧ノワールの面白さは、ヨーロッパでありながら文化的に異なる見方を提示してくれる点があると思う。SDGsをはじめとするあらゆる面で一つ時代の先をゆく社会のあり方がある一方、犯罪発生率や人種間の軋轢のようなものも多い。それゆえドラマや映画の中で描かれる状況には複雑なもの、ユニークなものが多数生まれる。それにこれらの作品に色濃く描かれるのは、厳しい自然環境。言うなればこれらの自然環境は、人間のうちなる心の吹雪や永久凍土や断崖絶壁を投影したものとも言えるのかもしれない。そんな様々な作品を視聴するうち、フィンランドの「ボーダー・タウン」という作品にハマってしまった。主人公は妻の療養のために田舎町へ越してきた凄腕捜査官。ロシアとの国境も近いその町では常に何か異様な事件が巻き起こり、そのたびに主人公が一風変わったペースと捜査方法で複雑に入り組んだ糸のもつれをほどいていく。彼が自宅の地下にある自分の部屋で床にテープを貼り、その縁や中を歩きながら記憶や手がかりを整理し、推理を働かせていく展開が面白い。いや何よりこの主演のヴィッレ・ヴィルタネンの存在感が素晴らしい。

 

・子供の頃から集中力を保つのが難しく、本を読んでいても、学校の宿題に取り組んでいても、すぐに他のことへ気持ちが持っていかれてしまうのが悩みだった。でもこの一年、耳をすっぽりと覆うタイプのヘッドホンを使って外から入ってくる音を遮断すると見違えるほど没頭できることに気づいた。なので仕事部屋にいるときには大概ヘッドホンを外さない。そうやって気づくと2、3時間があっという間に過ぎている。世の中、何かと刺激過多、情報過多になっているので、僕の場合、頭が全然処理しきれていなかったのだろう。そんな状態がもう45年近く続いていたことになる。今さら刺激や情報を削いでみたところで、失った何かを取り戻せるわけでもないのだが、自分に適した集中法があるのだと気がつけたことは素直に嬉しかった。TVをつけているとNHKの「プロフェッショナル」で凄腕の校正者の方が取り上げられていた。当然ながら僕なんか足元にも及ばないものの、その心のあり方、仕事との向き合い方、日々の丁寧な暮らしぶりの面で、非常に学ぶところが多かった。

 

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・こうやって日々の瞬間瞬間を「つぶやき」やら「ささやき」で書き残しておく時代になると、逆に年賀状のタイムラグに関して複雑な思いを抱くことが多くなる。最近の郵便事情だと翌日配達されることはなく、数日かかるのが常らしい。私はどうやら何十枚かの賀状に近況を書き添えていく際に、自分でも気づかぬうちに泣き言が多くなっていたらしい。なので友人が心配して電話をくれた。「大丈夫ですか?」と。まったく大丈夫なのである。そもそも文章に昇華できている時点で、何もかも無問題。自分で書いたことなんてすっかり忘れてしまっていた。賀状を執筆してから数日経ってから相手に届くものだから、心配されたこちらもキョトンとしてしまい、そんなキョトンとしている私に相手もキョトンである。「そ、そうか、ではまた」と相手は電話を切った。私も「ごめんな」と言う他なかった。年賀状には気をつけた方がいい。たぶんこれから地球上のみならず、宇宙にまで行き届くようになり、タイムラグはもっとひどくなる。今のうちに未来の自分に向けて何かしたためて発送作業を始めておいた方が良いのかもしれない。(2023.1.13)

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・年末からお正月にかけて抱えていた原稿をようやく仕上げることができた。この2、3日は締め切りラッシュで、一つ仕上げると「次!はい、また次!」と頭の切り替えが必要になってくる。当然ながらアクション映画だとこちらの気分も文体もフルスロットルにしなければ太刀打ちできないし、もし繊細なタッチの映画ならば少しの感情の機微も見逃さないようにこちらも繊細であらねばならない。なので変なグラデーションが起こらないように、仕事と仕事の合間には仮眠をとってできるだけリセットするようにしている。睡眠はいちばんの良薬だ。執筆に行き詰まると、PC画面とにらめっこするよりベッドに横たわった方が確実にいい案が浮かぶし、執筆中に必ず襲われる妙な自信喪失も「あ、いかんいかん」と仮眠を取れば、いつの間にか荒立った波も静かに落ち着いていく。そうやって今回も大嵐が過ぎ去り、僕の海には凪が訪れた。でも、仕事が終われば終わったで、極度な達成感と寂寥感とでこれもまた心が押しつぶされそうになるので、本当に感情と心は扱いにくい。そんな時にまた、他の映画。なんだかんだで映画が僕を助けてくれる。本当に映画に救われっぱなしの人生である。(2023.1.11)

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・気がつくともう9日。先日は海外から大切なお客様が自宅に来訪され、久々に穏やかな時間を過ごすことができた。両親の代から50年を超えるお付き合いが続いているなんて、本当に計り知れないことだ。不意に論語の「有朋自遠方来 不亦楽」という一文が頭を駆け抜けていく。 そして僕は人と会い、お話をするのが好きだ。その人の裏側にあるもの、大切にしている思いに耳を傾けるのが好きだ。そのような話を聞くことで自分の中にも活力がみなぎる。普段は自宅に引きこもりで作業に没頭してばかりのインドアな人間であると自嘲しがちだが、2023年はもっと人と会いたい。ありきたりではあるが、そんな素朴な、しかし切実な思いを新たにした一日であった。(2023.1.9)

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・あけましておめでとうございます。今年は例年になくやることが山積みで、正月気分を味わう暇があまりない。とはいえ、道路を行き交う車の少なさや遠くまで澄み切った空気からは自ずと新年らしさが香り立つのを感じている。静寂の中、胸の奥でシンと心がきしむ音がするのはこの時期ならでは。ってこんなことをささやくことに何の意味があるのかポンコツめ。(2023.1.3)

 

・いつもだいたい5つか6つの企画が同時に動いているが、一人でこれを抱えていると、なんだか気がつけば頭の中がごちゃごちゃになって大変なカオスになっていることがある。大事なのは常にリセットすること。頭の中を空っぽにして次の仕事にひょいと飛び移る。空っぽにするには運動もいいが、最適なのはちゃんと寝ることだと最近になって気がついた。深夜ラジオを聞き続けるような生活ともそろそろおさらばだ。今年も残りわずか。劇場版「スラムダンク」を見ぬまま年を越すのか。できるだけ観客の少ない回に行きたいが、この時期、どの時間帯も確実に人が入っているから驚きだ。そういえば、NETFLIXの「グラス・オニオン」も「マチルダ」もそれから「ピノッキオ」素晴らしかった。これほど満足度の高い作品に動画配信で出会ってしまうことに改めて衝撃を受けている。

・諸々の原稿が終わって今年もひと段落ついたので、来年に向けての仕込みを。映画のDVDを借りるため、自宅から5分のレンタル屋、ではなくそこから50分ほど歩いたところにある同系列のレンタル屋を目指す。同じチェーン店でこうも品揃えと料金が違うものなのか。道すがら、空気が澄んでいるのか、今日は富士山が綺麗だった。それだけで得した気持ちになれた。帰りがけにかかりつけのクリニックを覗いてみると激混みがと思いきや、意外と患者さんがまばらだったので、駆け込みで先日の検診の結果を聞く。大していつもと変わらないが、レントゲン写真で見ると首のあたりの骨が少し湾曲しているらしい。確かに最近グッと力を入れてPC画面を覗き込みとき、変な体勢になっていたなあと。午前中にこれだけのことをこなしてしまうと、今日はなんだかとても昼が来るのが遅く思える。なんだかとっても眠くなってきたよ、パトラッシュ・・・。

・毎年、クリスマスはJ-WAVEでオンエアされる沢木耕太郎さんのラジオ番組を聴くことにしている。もしかすると私にとって年末年始よりも大切な3時間かもしれず、この一年がどんな年であったか、来たる一年をどのような心境で迎えようかと、穏やかに考えを巡らせる自分がいる。気がつけば2022年もあと数日で終わる。年末に故郷へ帰ったことは本当に大きかった。自分が生まれ育った家が全く別物に建て替わっている様子もみた。我々家族がそこで生活を営んでいた情景はすっかり過去形になったのだと実感した。今自分が東京のすぐ近く、関東のよくわからない場所でこうして生きていることが信じられなくなる。現状がいいとも悪いとも決して言い切ることはできないが、少なくとも故郷で暮らしていた頃の自分には到底思い描けなかった未来だろう。生まれ育ったあたりを歩いていると、学校帰りの子供たちが元気よく信号を駆けて行った。かつてはあの子らの中に自分もいたのだ。そう思うと、変わりかけの点滅する信号が、なんだかタイムマシンのように思えて不思議な気持ちになった。

・旅先から帰ってきてからというものーーーバタバタしっぱなしで、ささやきを更新する暇もなかった。と言うのは言い訳に過ぎないが、単にささやくべきトピックがなかったというのが正直なところかもしれない。無理してささやくのはちょっと違うと思うし、それはもはやささやきというか、吐露だ。そういえば「アバター」も初日に観に行ったし、ここに感想も載せているが、成し遂げたことは評価に値するものの、もはやキャメロンに時代を牽引する力は無いのかもしれないなと思った。まあ、そもそも彼が時代を牽引する必要もない。これまであれだけの偉業を成し遂げたのだから、自分の気が向くまま、興味あることを追求する権利が、あの人にはある。肝心なのは我々がそれに付き合うかどうかだ。12年ぶりに干支が巡ってきた、と捉えればいいのかもしれない。縁起物だ。これと前後して面白い作品に出会った。フィンランド映画の『コンパートメントNO.6』という。EYESCREAMの編集者さんから教えてもらった一本だ。旅から帰ったばかりの自分にとって本当に面白かったし、こういうささやかな映画と出会うために我々は旅し、生きている気がした。3Dのように奥行きとか飛び出したりしないが、ストーリーに魅力がある。登場人物にも哀愁が漂う。(12.23)

 

・テレビのニュースで中国の若者たちが白紙を掲げて「自由を望む」と訴えかけている姿に胸がつまる。12月初旬には日本で『少年たちの時代革命』が公開されるが(こちらは香港デモを背景にした映画)、この中で象徴的に掲げられる一つの忘れがたい言葉が重なるような気がした。

・先月、収穫祭が行われたばかりの近所の神社で、今日は収穫後に採取した来季の種を奉納するお祭りがあるのだそう。年の瀬を目前に控えたこの時期はすなわち、そういう来季を見据えて動き出す頃合いなのだ。

・「愛され続ける感動映画5選」の記事を書きました。お読みいただけると嬉しいです。

・文筆業ゆえに文章を書くのが好きなの人なのかと誤解されがちですが、どちらかというと文章は読むのも書くのも苦手な方で、一文たりとも一発ですんなりと満足いくものが書けた試しがない。歳を重ねればうまくなるものかと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。昔、小学校のスケッチ大会でみんなとお寺に行ったが、お堂の瓦屋根を一枚一枚、塗っていく感じ。あれと良く似ている。なぜだか最近、強くそう思うようになった。

・12月4日から九州へ行くので絶対に体調を崩すことは許されない。もちろん現地でも感染対策を徹底しなければ。

・イニャリトゥの『バルド』が劇場公開されるというので、もう来月にはNetflixで配信されるというのに、浦和美園にあるイオンシネマまで赴く。このエリアは路線に「浦和」とついた駅が連続する。みんな浦和を名乗りたがる。逆に名乗らない個性、裏を張る勇気はないのか。イオンモールの中にはすでにクリスマスツリーが飾ってあった。行き交う人々の表情もなんだか穏やかだ。(20221118)

・『バルド』。これが難解だった。まず話や描写が線的に展開するわけではないので、観る側としても主人公が何をしようとしてるのか、何を膨大な台詞量を費やして機関銃のように語り合っているのか、なかなか要領を得ない。正直言って自分もどれほど理解しているのかわからないし、時折、嫌気が差す。ある意味、忍耐勝負の映画。そもそもバルドというタイトルからして中間域というか境目、極めて曖昧な場所を彷徨い歩くようなイメージがあるから、イニャリトゥはこの映画で起承転結で物語を転がすのではなく、安易な答えを掴み取るのではなく内政的に実直に心の混沌を曝け出して見せたのだろう。反応は思い切り割れると思う。が、もしもイニャリトゥのファンであれば、これを動画配信で何度も紐解くことで、どの作品にもまして彼の内側に肉薄することができるかもしれない。(20221118)

 

・『ザリガニの鳴くところ』。とても優れた映画で、語り口のペースが心地よい。湿地帯で孤独な人生を送ってきたヒロインに、とある殺人の疑いがかけられる物語。それにしても登場する男性たちがモヤモヤした気分にさせる。狭い世界、閉じた世界は、自分の世界を築き上げるには最適だが、いったん追い込まれると逃げられなくなる。その辺の世界観をうまく表現した作品。(20221118)

・隔月刊の雑誌で取り上げる映画作品をどれにするか、いつも頭を悩ませるところだ。何かしら仕事であったり、地域であったり、その人の生き様だったり、画期的なアイディアや考え方をフィーチャーしたものを選びたい。それも他の映画やエンタメ誌などとは異なる視点で。次は新年一発目なので、できれば心が晴れやかになるような、景気の良い映画がベスト。そんなものあるのかな、と不安だったが、見つかってよかった。と同時に、もう10年以上続けているカルチャー誌のレビューも無事書き上げることができた。昔に比べると無心になって執筆に当たれるようになったように思う。歳をとってあまり神経過敏なところがなくなったせいかもしれない。良いのか、それとも悪いのか。(20221116)

・父が両目を手術した。今のところ経過は順調のようだ。以前はほとんど視力のなかった目が見えるようになったと、聖書の一節のような奇跡じみた感動を口にしている。何よりも本が読めてまた論文を執筆できることが喜びだという。まるで若者の如く意欲に満ち溢れた父を見て、私も負けずに頑張らねばと心を新たにした次第。

・通院のため近隣の駅へ。しばらくぶりに医院を訪れたら、受付から会計まで全て機械化されており、私を含めて戸惑う患者さんが続出。そのたびに受付スタッフがわざわざカウンターから出てきて説明するという、手間が減ったんだか増えたんだか、よくわからない結果が生まれていた。駅前では、雑踏の中で一人の小さな背格好のおばあさんが、凄みのあるしわがれ声で、チラシのようなものを手に掲げつつ「世界の終わりは近い!」と絶叫。こんな映画のワンシーンに触れたことがあるなと妙な”デジャブ”を感じた。あるいは、世界はすでに一度終わっており、一周前の世界線で僕がリアルに目にした光景だったかもしれないが。帰りにもう一回同じ場所を通った。おばあさんはやはりまだそこにいて、しかしその主張は「世界の終焉において、あなたは誰と共に過ごしたいか!?」とやや変化していた。パンチのある言葉である。この小一時間のうちに彼女は、その小さな老婆は、”問いかけ”の名手と化していたのだった。

『すずめの戸締まり』感想。通算733本目。

『ブラックパンサー ワカンダ・フォーエバー』感想。732本目。

・歩いて5分のシネコンで『ブラックパンサー2』と『すずめの戸締まり』を観る。もし都心に試写しに行くとなると一本観るだけで午前中に自宅を出て、帰りは夕方になって一日潰れてしまうものだが、近所だと2本ぶっ続けで鑑賞してまだ日が暮れていないのが新鮮である。その上、2本とも素晴らしかった。前者はシリーズの火を消すまいとする出演者全員とスタッフの心意気が伝わってくる完成度。よくぞここまで各キャラクターを輝かせることができたものだ。後者もまた「決して忘れまい」とする一つの思いに貫かれたロードムービーだった。ふと映し出される東京の風景、それは私の人生において東京の最初の印象を決定づけた場所でもあった。上京してからの26年間、いや受験で行った場所なので正式には27年か、ひとときも忘れたことがない。

▼入場時に配布されていた冊子。大ヒットを見込んでのことだとは思うけれど、こういうものがあると映画体験がますます忘れ難いものになってとても嬉しい。

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・久々に『日の名残り』を観た。もともとはハロルド・ピンター脚本とマイク・ニコルズ監督で映画化される予定だったとか。それにしてもジェームズ・アイヴォリー監督はアメリカ出身なのになぜあれほどのイギリス世界を描き上げることができるのだろう。カズオイシグロの原作に関してもそうなのだが、この作品はそういう外側から見つめたからこそ表現し得たものがある。これは「執事」としてのプロフェッショナリズムを称えるものでも、主従関係を尊ぶものでもない。何か人生における重要な局面において自ら感じること、考えることを抑制するのを美学として生きた男の物語だ。それによって彼が得たもの、そして失ったもの。あの時、こうしておけばあり得たかもしれない人生。我々は時に目を閉ざし、耳を塞ぐ。そうしている間に、重要なものを見逃してしまう。または気づかぬふりを貫き通してしまう。これはお屋敷内の物語でありながら、人の生き方、世界全体に共通する物語でもある。だからこそ原作も、映画版も、多くの人の心を打つのだろう。

・アルモドバル『パラレル・マザーズ』400文字感想

・一月公開の韓国映画『パーフェクト・ドライバー 成功確率100%の女』を観る。『パラサイト』の長女役パク・ソダム主演。全体的に娯楽色の高い作りで冒頭からわかりやすい構図でぶっ飛ばす。『ドライヴ』や『グロリア』を彷彿とさせるところもあり。途中で国家情報院の職員が絡んでくるあたりから配役の妙でぐいぐいと見せる。それから主人公の経歴が明らかになり始める辺りではまた別のスパイスも。カーチェイスだけではない雪崩式のエンタテイメントだった。

 

 

・映画.comにて『ドント・ウォーリー・ダーリン』のレビューを執筆。

・やや前後してしまうが、アルモドバル監督の『パラレル・マザーズ』を観て、この巨匠の豪腕ぶりに打ちのめされた。始まって5分もしないうちにフォトグラファーと被写体との間で過去のスペイン内戦の話となり、その後すぐさまベッドインしたかと思えば、10分が過ぎゆく頃には出産が始まっている。この豪速球。提示された内戦と赤ん坊。すなわちこの国と母たちにおける過去と現在と、そして未来。両者をどうつなげるのかハラハラしたが、機関銃のような台詞量の先に、アルモドバル流の哲学のようなものが浮かび上がる。ああ、気づけば「オール・アバウト・マイ・マザー』からもう23年。

・ワクチンの影響で半ばボーッとした意識の中でジェームズ・アイヴォリー監督作『上海の伯爵夫人』を観る。レイフ・ファインズと真田広之が共演。脚本はカズオ・イシグロ。彼はかつて「わたしたちが孤児だったころ」という上海の租界を舞台にした作品を著しているが、こちらの映画はオリジナル。視力を失った元外交員、謎の日本人、高貴な家柄から身分を落としたヒロインという2人の異邦人を中心に話が展開する。「重い扉で閉ざされた世界」「外の世界に出てみるべきでは?」「わたしのミニチュア版の世界」「より大きなキャンバスで描く」といったイシグロ作品らしい言葉やテーマが印象を残す。(2022/11/9)

・4回目のワクチン接種。自宅から歩いて5分のところにあるクリニックは、待ち時間0分で診察、接種と進み、医師とスタッフの連携にも無駄がない。フットボールの流麗なパス回しを観ているかのような。待合室のテレビでは「442年ぶりの天体ショー」と騒いでいる。人は今日やこの瞬間に立ち会えた奇跡を強調したがるが、私はなんら特別でありたくない。平凡な時代をつつましく生きたい。(2022/11/8)

・私が生まれた団地のgoogleのストリートビューが更新された。すなわち、かつて18歳まで暮らした家がもうこの世に存在しないことを、私はネット越しに確認した訳である。この湧き上がってくる複雑な感情は何だ。決して悲しみではないが、かといって喜びでもない。あの場所で4人家族が慎ましく生きていた痕跡は記憶以外のどこに残るというのか。ご近所もだいぶ入れ替わった。もはや多くの人は我々のことなど知らない。あの場所には今新しい家が建っている。赤の他人の家だ。こうして我々は地層の一部となった。いつか未来人が掘り返してくれるまでこのまま地層となり続けよう。記憶とともに。(2022/11/8)

・なかなか人には言い出せなかったことだが、イギリス映画の代表格ともいえるジェームズ・アイヴォリー監督作『ハワーズ・エンド』を観たことがなかった。確かフォースターの原作は随分昔に読んだことがある。それで昨晩ようやく映画を観て、これまで機会を逃し続けてきたことが非常に愚かしく思えるほど心酔した。流麗、軽快、聡明。初老の実業家アンソニー・ホプキンス、教養と思いやりの深さを併せ持つエマ・トンプソン。全く異なる個性を持った二人が、そうであるがゆえに惹かれ合い、”ハワーズ・エンド”というお屋敷を巡ってさらなる偶然と必然の要素が絡まり合う。階級社会、貧富の差、出自、当時の社会規範の狭間で運命が揺れ動きながら、しかし何一つ押し付けがましい主張はなく、むしろ節度ある距離感を持って登場人物を見つめている。(2022/11/7)

・12月の初旬に1週間ほど長崎に滞在します。もちろん帰省の意味もありますが、仕事も兼ねて。コロナの感染拡大がなんとか踏みとどまってくれるかどうか。こればかりはもう祈るほかない。ですのでお仕事関連のご連絡、ご依頼は早めに頂戴できますと幸いです。(2022/11/6)

・久々にDVDで『あの日どこかで』(1980)を観た。中学生の頃、TVの深夜放送か何かで偶然目撃してしまい、あまりに独創的なタイムトラベルの手法に「そんなのありかよ!?」とのけぞったのを覚えている。その衝撃はいまだ健在だろうか?と、半ば自分を試すような心持ちで臨んだものの、意外にもすんなりと体と心が受け入れていく。おそらく昨今『アバウト・タイム』のような作品が生まれた影響もあるのだろうか。結果、今回はタイムトラベル以上にクリストファー・リーヴとジェーン・シーモアが奏でるドラマ部分に目がいった。改めて良い映画、上質な物語である(2022/11/5)。

『あのこと』(12月2日全国順次公開)。痺れる映画だった。60年代のフランスで、成績優秀な大学生のアンヌが思いがけず妊娠し、誰も手を差し伸べてくれない中でたった一人で出口を探しもがく。眩い陽光さす中、後ろ姿を丹念に捉え、彼女の意識、思考、決意、行動に寄り添うカメラ。男性の自分にとってこんな映像体験は生まれて初めて。原作は'22年にノーベル文学賞を受賞したアニー・エルノー。

『少年たちの時代革命』(12月上旬より全国順次公開)を鑑賞。これは素晴らしかった。2019年、香港の民主化デモを背景に、状況憂い自殺しようと彷徨う少女と彼女を救うべく奔走する若者たちの群像劇。各々の個性、立場、境遇が的確に描かれ、何よりもたくさんの傷を抱えた彼らの胸の内側が際立つ。ラストの描写、そこに添えられる一言に、胸がえぐられる想いがした。手掛けるレックス・レン監督はフルーツ・チャン監督の元で研鑽を積んできた人とのこと。当然ながら現状を打破したいというメッセージ性は強いものの、それだけでなく映画としての疾走感、友情、信頼、団結が刻印されていて、<香港の今>という時代を活写した青春群像としても非常に引き込まれた。

『ファイブ・デビルズ』(11月18日公開)を鑑賞。過去になんらかの出来事に見舞われたらしい小さな町。母と幼い娘。ギクシャクした夫婦関係。一見、とるに足らないように思えるこれらの要素がしっかりと細部を司り、不穏な物語をぐんぐんと膨らませていく。常人離れした嗅覚能力を持つ娘が、思わぬ形で時空を跳び、母の過去と対峙してしまう構造が面白い。

・トルナトーレ監督によるドキュメンタリー『モリコーネ 映画が恋した音楽家』(2023年1月13日公開)を観る。まさに音楽という名の船に揺られるかのようなひととき。157ふん、隅から隅まで名曲揃いで、一瞬たりとも心が落ちない。テンションも落ちない。いかにその作品にふさわしい唯一無二の音を創造するか。巨匠のこだわりと情熱、物腰の柔らかさに触れられる至福の一作だった。どこからともなく『ニュー・シネマ・パラダイス』のメインテーマが優しく響くとやっぱり泣けてきてしまうのだけれど、決してここがハイライトというわけではない。個人的にはむしろ、すっかり忘却していた『ミッション』(86)の印象的なメロディラインやガツンとくる合唱部分に力強く心動かされた。

『犯罪都市 THE ROUNDUP』鑑賞。マ・ドンソクの型破りな刑事ぶりが今回も魅せる。コンビネーション抜群の同僚チームのセリフ応酬に笑わせられ、個々のキャラの味わいがにじみ、かと思えば狂犬のような悪人による残忍犯罪と度重なる死闘アクション、そのさらに上をゆくドンソクの正義の鉄拳がすごい。

『ノースマン  導かれし復讐者』(2023年1月公開)を試写した。『ライトハウス』のエガース監督が破格のスケールにずしんとくる映像感覚で紡ぐ壮大な叙事詩。数百人がうごめく戦闘シーンをゆっくりと横滑りしながら長回し活写するカメラに衝撃を受けた。スカルスガルドの肉体、殺気走った目もすごい。北欧神話や英雄譚をベースにしつつ、観客を昔話のうちにゆったりと安心させる瞬間など微塵もない。生々しく猛々しい凄みだけが迸った恐るべき作品だ。

『ケイコ 目を澄ませて』(12月16日公開)鑑賞。岸井ゆきのの存在感、強靭なボクシングの身のこなしに圧倒されるばかり。これはすごい。聴覚障がいを抱えたボクサーが、人々と関わり合いの中でどう変わっていくのか。潰れかかったジムでの練習。呼吸を重ねるように描写される日々の暮らし。言葉の枠をはるかに超えて溢れる感情と、人々の生き様が深く胸に刻まれる。

・ドキュメンタリー映画『All the Streets Are Silent』を鑑賞。NYでスケートボードとヒップホップがいかに出会い、化学変化を起こしたかを貴重な映像と共に紡ぐ。クラブマーズからズーヨーク、映画『KIDS』、Mixtape、ハロルド・ハンター、シュープリームのことなど、このカルチャー創生に関わった人々の体温や熱気を盛り込んだ興味尽きない一作。

・ウェールズを舞台にしたヒューマンドラマ『ドリーム・ホース』(2023年1月6日公開)を鑑賞。一人の主婦(トニ・コレット)の発案で、村人が金を出し合って共同馬主として競走馬を育てていく。勝ち負けも当然大事だが、それ以上にこの馬の失踪に夢を乗せて、崩壊していた家族やコミュニティ、人生のほこり、生きる喜びが再生していく。その姿がしみじみの魅せる。決して派手さはないが、ウェールズの、そして人間の尊厳を秘めた一作。

『RRR』を観た。腹の底から熱くこみ上げるビートを体いっぱいに感じながら、3時間があっという間に駆け抜けていく。英領下時代のインドを舞台に、二人の男が交わす熱い友情と運命の流転と、何よりも肉厚なアクションの連続。魂が軋む。湯水の如く湧くアイディアと、それを具現化する表現力も凄すぎる。

『スペンサー ダイアナの決意』鑑賞。クリステン・スチュワートの、時に縦横無尽、かと思えば孤独と不安でk図売れそうになるダイアナ像が見事だった。王族どうしが集まるクリスマス休暇。そのわずかな時間の中に彼女の人間性を凝縮させつつ、ティモシー・スポール、サリー・ホーキンス、ショーン・ハリスという”王族ではない役柄”を演じる名たちも忘れがたい存在感を残す。

『キュリー夫人 天才科学者の愛と情熱』を観た。逆境に立ち向かい研究に没頭し、2度のノーベル小児輝いたマリー・キュリー。その心象や目に見えないレベルでの化学変化を、『ペルセポリス』のようなアニメから実写まで幅広く手掛けるマルジャン・サトラピ監督らしい映像表現で描く。夫婦の研究は未来に何をもたらしたのか、時空を超えて点描する趣向も面白い。原題は"Radioactive"。

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