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2005/09/13

『ネバーランド』で、大人になる“痛み”を知る。

2004年12月27日は英国で舞台『ピーターパン』が上演されて(つまり劇作家ジェームズ・バリがこの作品を発表して)から100周年だったという。これを記念してかどうかはわからないが、バリがいかにしてこの“子供のための永遠のバイブル”を生み出すにいたったかについて丹念に触れた物語がこの『ネバーランド』だ。

この物語には父の死の想い出から逃れられない一人の少年が登場する。彼はかつて病床の父が守れもしない約束を告げて逝ってしまったことを忘れられずにいる。そのとき父の体内には紛れもなく創造力が宿ったのだった。少年を安心させたくてつい口を突いて出た言葉。その真意を少年は幼さゆえにまだ理解できずにいる。そしてバリは、この少年と交流していく中で何とかして彼に創造力の素晴らしさを知ってもらいたいと願う。それを知ることは「大人になること」の第一歩でもあるのだから。バリの必死の想いはやがて新作舞台「ピーターパン」の中に存分に散りばめられていく。

バリを演じるジョニー・デップの“大人になりきれない子供ぶり”を目にすると、観客は即座にその虜にならずにはいられない。そして、少年の母親役ケイト・ウィンスレットも女優としての成熟ぶりを感じさせる包容力を醸しだし、暗くなりがちなトーンをデップと共に必死で盛り立てている。その健気さがたまらなくいい。

そして、本作で最も深く切り込まれるのが「空想すること」の素晴らしさ。つまり、ピーター・パンの歴史を100年さかのぼろうとも、更には1000年、10000年、時の流れを逆流しようとも、そこにはフィクションの力が少なからず人間の心を動かしていた事実が横たわっている。フィクションの力とは永遠のもの。人は創造力の豊かさによって生き長らえてきたのだから。

監督は『チョコレート』でハル・ベリーをアカデミー女優にまで押し上げたマーク・フォースター。前作はセクシャルなアプローチも多くて全体から醸しだされる「痛み」がいつしか「受容」の域へ達するまでを丹念に綴っているが、今回は一見”ファミリー向け”。しかし、「痛み」は少なからずある。我々は大人になっていく過程でいったいどれほどの「痛み」を受け入れてきたんだろう。そして、いったいどれほど「創造力」を駆使してそれらを補ってきたのだろう。この深遠なテーマは、かつて「大人になりたくない」と願いながらもいつの間にか大人になってしまった多くの観客の心に、深く染み渡っていくことだろう。

ちなみにジョニー・デップとピーター少年役のフレディ・ハイモア君は、この秋の注目作『チャーリーとチョコレート工場』でも再共演を果たしている。まるで子供がそのまま成長したかのようなウォンカ氏(ジョニデ)に優しい言葉をかけるチャーリー少年(ハイモア)。まるで『ネバーランド』が逆転したかのような設定が嬉しいところ。

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