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2005/09/12

『美しい夏キリシマ』

映画監督・黒木和雄が、自ら少年期を過ごした宮崎の美しい村を舞台に、今だからこそ語り尽くせる新しい戦争映画を生み出した。といっても、この映画の中では誰も死なない。むしろ心の中の大事なモノを失ってしまった者たちの喪失感が群像劇タッチで丹念に描かれる。敗戦間近の日々に生きる監督の分身を演じるのは、日本が誇る名優・柄本明を父に持つ柄本佑。彼の実直ながら透明感に溢れた演技が基調となり、本作はこれまでになく実に不思議な魅力のある戦争映画として仕上がっている。

まだ日本で戦争が続いていた頃。ついに沖縄が陥落し、米軍の次なる上陸先はキリシマだろうと噂されていた。雄大な自然がゆっくりと時を刻むこの村で、人々はいずれ訪れるであろう決戦の日に息を呑み、ただ漠然とした恐怖を抱いて生きている。胸の病気のために学徒動員を免れた康夫(柄本佑)は、祖父(原田芳雄)らと一緒に暮らしながら、かつて目の前で死んでいった親友のことが忘れられずにいた。「どうして自分の方が生き残ってしまったんだろう」。心の中にポッカリと空いてしまった穴をもてあまし、奇異な行動に走る康夫だったが、それからまもなくして、ラジオはとても聞き取りにくい音でゆるやかに終戦を告げる…。

実際にこの作品に触れてみない限り、「どことなくジミな映画だなあ」という先入観は決して拭えないと思う。しかし、だからこそ多くの人に是非見て欲しいと願わずにいられない。ふたを開けてみれば紛れも無く戦争映画なのだが、これがまったく戦争映画っぽくないのだ。第一、人が死ぬ場面などひとつも描かれない。まあ、観ている方はこの映画の規模から考えて、大規模な戦闘シーンなど撮れはしないことは重々承知なのだが、しかし、この制約をバネにして、まるでヨーロッパ映画を思わせるような格調高い内面世界が味わえるなんて思ってもみなかった。また、ここで監督が選択した「群像劇」という手法が、斬新でもあり、まったく古臭さを感じさせない。気鋭の劇作家、松田正隆の力量が大きく反映された点もあるだろうし、何よりまず、この映画に参加した日本映画を代表する演技者たちのさり気ない一挙手一投足に深い味わいを感じた。これは世代を超えて多くの人に支持される作品だと思う。

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