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2005/09/12

『涙女』

あなたは中国の葬式を見たことがあるか。そして、葬式で泣いてお金を稼ぐという職業、“泣き女"について知っているか。本作は、期せずしてその仕事に従事せざるを得なくなった女性の奮闘を、ユーモラスに描いた異色作である。“異色"との言葉どおり、舞台が中国であるにも関わらず国内での上映許可はいっさい下りず、すべてを海外資本に頼った状態での製作とあいなった。監督のリュウ・ビンジェンは、「男男女女」がロカルノで受賞するなど、鋭い感性の持ち主として評価が高く、北京でオペラ歌手をしているという主演のリャオ・チンを従えて、これまで見たことのない“生(ナマ)の中国"をここに浮かび上がらせている。

北京に不法滞在中のグイは、夫が傷害で逮捕され、傷つけた相手には慰謝料を請求され、しまいに預かっていた近所の子供の親が夜逃げしてしまい、そのすべてを抱え込んだ最悪の状態に陥る。不法滞在がバレ、懐かしの故郷へと追い返された彼女は、そこで葬儀屋を営む幼馴染じみのヨーミンと共に“泣き女"としての商売をスタート。彼女は案外、泣きマネがうまかったのだった。思いのほか商売がうまくいき各地の葬式へ引っ張りだことなるグイ。この先、順調に行くかと思われた彼女の人生だったが、この先、もう少し多難な出来事が用意されていた・・・。

そもそも喜怒哀楽のうちの「哀」、すなわち“泣く"といった感情表現ほど胡散臭いものはなく、例えばあの無邪気な子供たちでさえ、“とりあえず泣いてみる"といったこしゃくな手段で大人をコントロールすることもあまあるのだから、たまったもんじゃない。とは言うものの、これは全部、実は大人の“たてまえ"なのかもしれない。「泣けば許してくれるだろう」。我々はきっと、いつまでもこんな甘っちょろい考えを抱えて生きていくのである。“泣くこと"について知的好奇心をかきたててくれる本作は、まるで公開実験さながらに“泣き続けたその先"の次元へといざなってくれるものでもある。また、中国に伝わる“風習"と“資本主義精神"とが妥協を見出した“ある一点"における非常に特殊な表情をとらえた作品でもある。最後のグイの涙に現代中国の目指すべき場所が示されているような気がしてならない。

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