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2005/10/08

パク・チャヌク最新作『親切なクムジャさん』は残虐ファンタジーの秀作だ。

親切なクムジャさん』が11月に公開されるのを前に、監督のパク・チャヌクが来日した。僕はかねてより2004の劇場公開作の中で『オールド・ボーイ』を堂々の1位に上げているので本作への期待も否応なしに高まる。

冒頭、NHKで放送されている『宮廷女官チャングムの誓い』でもお馴染みのイ・ヨンエ扮する受刑囚が、10年の刑期を終えて出所するところから始まる。この人、塀の中では天使のごとき“親切さ”で仲間の信頼を獲得し、塀を出てからはその“親切さ”をドブに捨て壮絶な復讐の鬼と化す。塀の中で築き上げたコネクションを最大限に生かし、一方でオーストラリアへと養子に出された自分の娘を奪還し、いろんなところを駆け巡りながらかつて自分を陥れた男(これを演じるのは『オールド・ボーイ』で主演を務めたチェ・ミンシク!)への包囲網を狭めていく。もちろん後半は物凄い血流が・・・。

受刑期間がもたらす空白といい、過剰なまでのバイオレンスといい、『オールド・ボーイ』との共通性もいくらかあるのだが、前作を100点満点とすると今回は60点くらいか。それだけ前作が完璧過ぎた。それに比べると、本作はクムジャさんがどうして裏切った男を憎むのか、その“裏切り”のほどがよく描かれていない。前作がその“復讐される理由”にこそ真相が隠されていたことと比較してもその点は物足りなさを禁じえない。そのすべてを“チェ・ミンシク”というキャラクターひとりに負わせようとすることである種の“底知れなさ”は獲得しえているとは思うのだが。

しかし、親切やら不親切やら宗教心やら、この世で一概に“コモンセンス”と呼ばれるものにあらゆる幅を持たせ、そこに残虐性を加味し、観客に対して「これは許される?」「これは許されない?」「じゃあ、これは?」という具合に“価値観の線引き”をあざ笑うかのごとくに追い詰めている視点は相変わらず健在だ。

そして主演のイ・ヨンエの佇まいがいい。同じくパク・チャヌク作『JSA』のときはただ毅然として美しいだけの存在感だったのが、本作は監督自身「もっとしっかり演出して違う魅力を引き出す余地があると思った」と振り返っているだけに、ただの“美しさ”とは違った“寂しさ”を兼ね備えたキャラクターを築き上げている。復讐を達成に近づくごとに寂しさの増す彼女の表情とはいったい何なのだろうか。

そして生き別れとなっていた娘の存在。オーストラリアで育ち、英語しか喋れない彼女は母親との意思疎通に四苦八苦する。韓国語はもちろん英語すら入り乱れ、そして主人公の働くパン屋の店長は「日本で修行した」との設定になっておりちょっとだけ日本語を披露してみせる。この国籍を飛び越えた混沌とした状況。先のコモンセンスの境界が国籍、人種、宗教をも飛び越えてアッパーカットのような残虐性でもって観客に襲ってくる。

『オールド・ボーイ』のときも感じたことなのだが、本作を観た後にも同じ想いが心に到来した。「きっとパク・チャヌクという人間は礼儀正しい常識人なんだろう」と。昨日の記者会見でもそうだったように。

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