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2005/10/12

『69 sixty-nine』で村上龍の原点に迫る。

村上龍が自らの高校時代をハイ・テンションで疾走させた青春小説が、『木更津キャッツアイ』『ゼブラーマン』の宮藤官九郎の脚本で完全映画化。主演には『春の雪』の公開を控える妻夫木聡、『バトル・ロワイアル』の安藤政信。監督にはこれがメジャー初挑戦となる『BORDER LINE』の李相日(リ・サンイル)が大抜擢されている。

1969年、世界はラブ&ピースを求める大合唱で埋め尽くされ、ここ長崎・佐世保も例外じゃなかった。そんな中、ケンはただ憧れの美女からモテたいがために、特に大それた主張もなく学校をバリケード封鎖することを計画。親友のアダマやイワセらをも巻き込んで、佐世保はじまって以来の最も暑い夏が始まろうとしていた。

まるで原作小説が宮藤の出現を予言していたかのように両者のテンションは驚くほど似ている。周りの大人たちが懐かしそうに回想する“1969年”という伝説化された年代ついての単なる再現ではなく、いまこの瞬間に再創造されたばかりのまったく新しい佐世保の街で、ほんっとにしょうもない青春グラフィティが怒涛の勢いで展開。何より、主人公らのどこから来るのか分からない唐突で無根拠な自信が、僕らの失った何かをおぼろげながら思い出させノスタルジックな気分にすら浸らせてくれる。記号化した69という数字。予想される支持層はこの年を知らない若い人たちばかりだろうが、それでも思わずこの年に何か大事なモノを置き忘れてきたようなバーチャルな懐かしさを抱いてしまうかもしれない。

自信なんて無根拠でいい。主人公は映画の中でいつも妄想を暴走させる。話に乗ってきた仲間に「マジで!?」と問われると一言、「うそ!」。この想像力の爆発がきっと村上龍の原点なのだろう。そして李監督がこれまでの、そしてこれからのフィルモグラフィーで表現していきたいことに違いない。

ちなみに李監督は、本作に続いて加瀬亮、オダギリジョー、栗山千明主演で『スクラップ・ヘブン』を撮り上げた。その中で加瀬は語る。「世の中ほんの少しの想像力さえあれば、変わる」。

ほら、作品が繋がってきた。この監督、追いかけて損はない。

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