『やさしい嘘』
母子家庭に生きる親子三世代(おばあちゃん、娘、孫娘)の心の交流の物語。
ストーリーは、『グッバイ、レーニン』といささか似てないこともない。 つまり、心臓の悪いおばあさんに息子の死を伝えまいと周りが躍起になって嘘を散りばめるのだ。タイトルに「やさしい」という言葉を持ってきたのはとても巧いと思った。国家体制の変移に翻弄され続けた人々にとって、「やさしさ」の定義は世代ごとに大きく異なるものなのだ。そこからドラマが生まれていく。
チラシだけを見て偽善的な映画だと誤解するのは避けるべきだ。スターリニズムを生活の励みにしながら生き続けてきた世代と、それを否定してきた世代との狭間にある“壁”は、まるで『グッバイ、レーニン』のベルリンの壁を彷彿とさせるようでもある。それに気付いた瞬間、“福祉映画”のように見えていた作品は、それだけでは終わらせない深みへと大きく昇華していく。
一般的に「やさしさ」と呼ばれるものは、常に強者から弱者に向けて差し伸べられるものと考えられがちだ。つまり「施されるもの」として。共産主義を脱した現代であればなおさらのことそう考えるだろう。 映画の中の“三世代の親子”はとても大きな愛に包まれている。しかし三者三様にそれぞれの世代の壁を持っていることも確かだ。そして、この映画で何より気付かされるのは、三世代という家族構成は、更に「二組の母娘」という単位へと分けれらるっていうことだ。彼らの手によって、やさしさの総意とはどのように決着がつけられていくのか。あっと驚いて泣かされる結末がそこには待っている。
グルジアとは生きている生活環境も違うが、しかし“高齢化社会”という難問に突き進んでいる日本人にとっても、この映画は実にきもちのいい裏切られ方となって心に染みてくる。
映画で滅多に泣かない僕も久々に泣いた。 おばあちゃんの笑顔が記憶の中に蘇るだけで今でも涙が滲んでくる。 まだ若い女性監督がこしらえた周到なトリックに完敗である。
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