さよならホームラン
僕にとっての第二の故郷、川越。
ここでは周囲のシネコンの波に押されながらも2つの映画館が存立していた。僕自身、学生時代にどれだけこれらの劇場に足を運んだか知れない。音響も悪ければ、上映中に外の騒音さえ聞こえてくる。隣に座ったおばあさんはずっと包みをガサガサさせてうるさくて、僕が「ちょっと、静かにしてもらえませんか?」と言いたくて言いたくて(しかしながら小心者ゆえに言い出せず)ウズウズしていると、相手もこちらの様子を察したようでハッとした表情を浮かべ、ああよかった、これで事なきを得たと思いきや、当のおばあちゃんは「食べる?」と醤油味のおせんべを差し出してくるという、まさにスペシャルQの技を繰り出してくる。もちろんそのときに観た映画のストーリーは“おせんべの時間”だけが巧妙に抜け落ちているのだが、別にそれでもいいのだと思わせる幸福なノイズがここにはあり、普段は拒絶しがちなそれらをあえて許容してみることは、思いがけなくも僕の心を充実へと導いてくれるものであったような気がする。
その貴重な映画館の片方、「川越シアターホームラン」が閉館するとの第一報が届いたのは、皮肉なことに『ホテル・ルワンダ』公開初日だった。 地元密着の演芸劇場として誕生してから55年あまり、多くの芸人らがステージに立ち、また多くの名作(もちろん駄作だって数多く含まれていたのは映画会社からの安定供給の特性上で仕方のないことだ)が映し出されてきた。1983年には演芸部門を切り捨て「シアターホームラン」とリニューアルした。記念すべき上映作品は「ドラえもん」「東映マンガまつり」「機動戦士ガンダム」。当時の大人たちがいかに「見るものがねえ」と地団駄を踏んでいたか、あるいは子供にどうしてもとせがまれて仕方なく同伴の役目を仰せつかっていたかが目に浮かぶようだ。
閉館日は19日。
僕はひと足速く18日に最後の別れを告げることにした。ラスト・プログラムは『七人の侍』。気合を入れて30分前に劇場入りすると、ロビーには5人くらいの常連客が感慨深げにたたずんでいるだけだった。これが都内での上映であればとんでもない行列ができていたことだろう。これでは閉館に追い込まれるわけだ。
その時点で想起させられることは多いが、しかしこれでよかったのではないか、という気持ちも湧き上がってくる。この記念すべき上映に“いちげんさん”ばかりが集まってもしょうがないのだ。これまで地元でホームラン劇場と共に歳を重ねてきたオッサンやオバサン、また普段はダサいシロクロ映画なんて興味ねえけどたまたま時間あっからただ何となく…という高校生らがフラリと立ち寄れる、そんなまさに生活に密着したあり方こそが「ホームラン」らしい。地元の映画館は観客の余暇の隙間を埋めてこそナンボ。決してそれらが生活の中心(目的)に躍り出ることはない。
結局、50人程度の観客を擁して『七人の侍』はスタートすることになった。係員が後ろのドアを仰々しく閉める。僕はいつもこの瞬間、港から船が出航するかのような高揚感を感じるのだが、もうこの船に乗るのは最後かと思うと無性に悲しくなった。
両隣は70歳くらいのオジイサン。左側は物語の進展に乗せて鼻息をズーズーと荒らげ、それに対して右は静かですこぶる行儀のよろしいことですなと思ってチラリと目をやると、スヤスヤとお休み中だった。もしも僕らがオセロの駒だったならば、その真ん中の僕はパチリとひっくり返されるのが定められた運命であり、できれば僕も何らかの特徴的な行為に身を浸すべきだったのだろうが、ここは“ただ映画を観る”というごく簡素な単純作業のみでご了承願うと同時に、特筆すべき芸風を持ち合わせぬ不器用な性分をこのときばかりは少しだけ恥じた。
『七人の侍』の上映時間は207分。
途中には5分間の休憩が入る。
観客の半分がトイレに駆け込む。しかし僕の左右はその場を動かず。さっきまで寝ていた右側のオジイサンは銀紙に包んだおにぎり(自分でこしらえたのだろうか)を美味そうにほうばり、左はコンビニの袋をガサガサとさせてサンドイッチを取り出した。その様子に安心し、僕もバッグから菓子パンの類を取り出してムシャムシャと食してみる。映画の中の“握り飯”を見ていたら妙に腹が減ったのだ。3人はやはりオセロな関係にあったようだ。
「まもなく休憩が終了です!」
ロビーで係員が告げる。僕ら3人は各々の食文化を口内いっぱいに全うし、トイレからは大勢の観客が舞い戻ってくる様子を和やかに見守る。こうしてみるといろんな観客がいるもんだなあ。あの人はカウボーイハットをかぶり、首には真っ赤なスカーフを巻いている。あのオジサンのジャンパーにはどういうわけか「ISHIHARA PRO」と書いてある(いったい何者なんだろう?)。そんな光景の向こう側に、ふとあのときのおばあさんが見えたような気がした。隣の席の若者におせんべを差し出しているような、後ろ姿しか見えないのに、どういうわけかそのときのシワクチャな笑顔さえもが視界に入った気がしたのだ。
照明が暗くなる。もう一度おばあさんの笑顔を探すが、もう手遅れで見つからない。最後の蝋燭が掻き消えてしまうような寂しさがこみ上げてきて、ああ、消えないでくれ、と思った。
「オジャジャジェジネヤ!」
相変わらず三船敏郎がなんて言ってんだかちっとも聞き取れない。
それに呼応するかのように、外では車のクラクションが「パプー」と鳴った。
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川越シアターホームランについては、こちらのサイトでも詳しく取り上げられています。
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