マンモス
興奮すると日に何度も「マンモス!マンモス!」と叫んでしまう少年がいた。叫んでいる本人はまだいいが、家族としてはなんともいたたまれない話である。放っておくと症状はみるみる悪化し、一度につき「マンモス×3」になった。見かねた母親が「どうしても引かぬ」という態度で泣いて医者に行けと懇願するので、ようやく少年も折れて通院することにした。
これまで「風邪」くらいの症状でしか対峙したことのない筋肉質の町医者は、優しそうに微笑みながら「いまはどうですか?」と問診する。少年は自分のことを冷静に分析した結果、「いまはどうやら、そういう気分ではないらしい」という主旨のことを、たどたどしい日本語で答える。
「俺じゃ興奮しないってか?」
医者は外面的には微笑みを絶やさなかったものの、カルテに専門用語をスラスラ記入しながら、思わずドイツ語で「ちぇっ…」と付け加えてしまう。後でそれを目にした看護婦も、最近の先生、そういう走り書きが増えたなあ、くらいのボンヤリとした認識しか示すことはない。
「マンモス」は偉大である。とにかくその語感の醸し出す威力が凄い。トラクターを軽々と持ち上げる圧倒的なパワー。それに「古いぜ!400万年前の生き物だもの!」的な歴史ポイントさえも過剰に稼ぎ込むことができる。
「そういう病気です」
医者は相変わらず微笑んだままでそう答えた。そして、もちろん自分だって、興奮すれば「オー、イエー」や「ファック・ミー」などと口にすることはあるけれど、「マンモス」と言うのはありえない、異常です、と図解を用いて分かりやすく教えてくれたのだった。
少年は自分が異常であることを受け入れ、それから先、一切の興奮を拒絶するようになった。家族のためにも自分のためにも、その方法がいちばん良いように思われた。
そして数ヵ月後、親に連れられて初めて観に行った洋画の中で、外人が興奮しながら激しくこう叫ぶのを目の当たりにする。
「ゴッド!」
それはかつて自分が「マンモス」と叫んでいたのと極めてよく似た光景だった。
「自分の方は史実なのだから、まだちょっとだけ救い甲斐があるな」
そう考えると少年はちょっとだけ気分が高揚し、すぐ隣にいる親に気付かれぬくらいの小さな声で、こっそり「マンモス…」と呟いた。
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