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2006/03/15

SHORT MOVIE 最前線!

banner_goo その名も「短編.jp」という映像配信サイトがある。これまでのショートムービーに対する固定観念でこれらの作品に触れてみると、思いがけない手ごたえがあったので驚いた。もちろん初めは「視聴する」をクリックする作業さえ面倒くさく思えたのだが(最近では、その作業を排除して、アクセスすると同時に映像をスタートさせる某メーカーのやや強引な宣伝戦略にお目にかかる機会も多いが)、ひとつの手ごたえは、またもうひとつの手ごたえへの欲求や原動力となり、その継続化は軽い中毒性を醸成していくこともあるのだと、この新メディアに対して仄かな期待を抱いている。

日本で“ショートフィルム”と聞けば、数年前まで「世にも奇妙な物語」に代表される「そういうオチでしたか!」的な不思議ストーリーを想起することが多かった。頭の中にイメージされるのは、そのどこかテレビ的な画面作り。アップが多用され、分かりやすいセリフ、過剰なテンションの演技が隊列を組んで並んでいる。ある程度それらを見続けていれば、いつしか拒絶反応が芽生えてもしょうがない。日本ではその程度の文化だった。この国で“不思議ショート”の分野に永住権を主張できるのは、星新一くらいで充分だった。

それが海外から伝播してきた、一瞬目にしただけで重度のカルチャーショックを覚えるような秀作群との出会いにより、その概念を大きく覆されることとなる。それは技術力もさることながら、ビジョンの差異が圧倒的だった。世界で名だたるサッカー選手のほんの短いドリブル・プレイの中に目の覚めるような創造性が垣間見れるかのごとく、与えられた持ち時間の中でどれだけクリエイティビティの羽根を広げられるか。それは新人作家による「売り込み履歴書」的なシロモノから、CMや映画界の巨人による企業広報との実験的蜜月に至るまで、雑多なジャンルで彩られた言わばフリースタイル文化と呼ぶべきものだった。

そういう国とまともに闘っても勝てやしない。巨人に子供が挑んでいくようなものだ。恐らくこの時期あたりから多少のあきらめと共に、日本のショートフィルムにおける黎明期が始まっていったのだろう。もちろんそこにはブロードバンドの普及、そしてと日本における「デジタル放送」の開始が大きな役目を果たすことになる。それ以前にはショートフィルムもあらゆるメディアからコンテンツ対象外と目されていたものの、それ以降になると思いがけないコンテンツ不足の波が押し寄せてきた。

各メディアはこぞってショートフィルムの類を寄せ集める。もちろん、聞いたことがないような映画祭の受賞作と銘打たれた、その実、全く面白みの見出せない独りよがりな作品が「傑作選」と称して垂れ流されることもしばしばあった。もちろんそれぞれの作品にはそれぞれのバックグラウンドがあり、予算も人員も全く異なる。一概に粗製濫造的な見方をするのは携わったクリエイターにとって失礼な話だ。しかしながら、一般の視聴者にとってみればCMもテレビドラマもそれこそいっぱしの長編映画もショートフィルムと変わりはしない。同じメディアから流れるのであれば、それに対抗する確固たる意思が必要となる。いまから考えるとその潮流には「クリエイターの卵だからお手柔らかに」といった感覚が少なからず存在していたように思う。そうした姿勢ではマイナー文化が育たない。軟弱なマイナー文化は決してメジャーに足をかけることができない。

ではメジャーの観点でショートフィルムを作り出すことは可能なのか?CM一本で何千万の金額が動く有名な俳優を起用するならばその存在も一気にメジャー化しそうだが、初期段階においてそれは不可能な話だ。だからこそ、ここで“メジャー”と位置づけるのは、これまでプロフェッショナルとしてそのオリジナリティを勝負の舞台に預けてきたクリエイターたちだ。甘えは許されない。前述した「短編.jp」に参加表明しているのは、「ショートフィルムだから」という言い訳が通用しないことを知っている気鋭のクリエイターたちだ。

「撮影期間は24時間。本編時間は約10分。」

まさに真剣で斬り合うかのような壮絶な企画!!

・・・と思いきや、そこには冒頭で述べた、日本における旧石器時代のショートムービー概念から大きく羽ばたいた映像世界がのびのびと展開していることに驚いた、というか晴れ晴れとした気持ちになった。「金、金、金」だとかプロデューサーの指示だとかに翻弄されて「ああ、もう自分の作品だか、何なんだか・・・」という悲鳴も一切聞こえてこない(むしろ昨今の劇場映画で、まさにその悲鳴の聞こえそうな瞬間に何度立ち会ったことだろう)。

『モル』が「ぴあフィルムフェスティバル」のグランプリを受賞し、その後、奇しくも『タカダワタル的』で名シンガーの命の果てる直前の様子をフィルムという“永遠”に刻み込んだタナダユキ監督は、この「短編.jp」プロジェクトに携わるにあたり以下のように発言している。

「オチがあるような短篇じゃない方がいい気がする。きっとそんな作品が増えてくるから、私はゆる〜い10分間を」 (短編.jp内の製作日誌ブログより)

実際その作品を拝見したところ、宣言どおり、本当にゆる~い10分だった。正直に告白するならば、僕個人の満足度は低かった。しかしその後、同サイト内の他の作品、たとえば筧昌也監督の『35度の彼女』や矢崎仁司監督の『大安吉日』を拝見してかなりの手ごたえを感じた後にタナダ作品『世田谷リンダちゃん』を振り返るとき、その異色な存在感がとてもいとおしくなってしまう瞬間があった。

また、各作品の製作ノートと言うべきブログが充実している。ここで“充実”と言うのは、「言葉」の充実、そして「気持ち」の充実だ。クリエイターたちがこの厳しいプロジェクトでいかに悩み、それを飛び越えたところでいかにして自作を具現化する「喜び」を勝ち取っていくのかが詳細に綴られていて、とにかく読ませる。彼らの心理状態をこのような形でフォローアップする試みもこれまでにあまり目にしたことがなかっただけに心打たれるものがある。

まだまだ試行錯誤の多いプロジェクトではあると思うが、こういうショートムービーにまつわる動きが活発化していくことで、日本における独自のフリースタイル文化も成長して行くのではないかと期待せずにはいられない。

「日本人は1から10を作ることには長けている。しかし、0から1を作り出すことには慣れていない」

フリースタイルで手ごたえを獲得することとは、つまり、「0から1を作り出す」行為ということになるだろう。こんな乾いたネガティブ国際認識なんて木っ端微塵に粉砕してしまえばいい。これからのアートを支える多くの新進気鋭クリエイターたちがこの創造力の極限プロジェクトへ参戦してくれるのなら、その土壌が一気に拡がりを見せることは間違いない。

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短編.jp ・・・映画・テレビ・CM・PV・演劇・アニメーションなど各界クリエイターとの連携で製作したコンテンツを提供する映像配信サイト。プロデューサーから「監督、一日で映画を撮れませんか?」とのラブコールを受けて、既に各界で地位を確立している新鋭からベテランまでのクリエイターたちが、同じ条件下でこの無謀なるミッションに手を染める。テーマは“一日”、ルールは“24時間”。 

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