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2006/04/08

『ジャケット』における斬新タイムトラベル

一口に「タイムスリップ」といってもいろいろある。

H.G.ウェルズの原作を曾孫サイモン・ウェルズが映画化した『タイムマシン』(2002)のように大掛かりなメカを用いて過去・未来を往復するものもあれば(この映画はメカニックよりも特殊メイクに力を入れすぎた面においてバランス感覚がよくわからないことになっていたが)、クリストファー・リーヴ主演の『ある日どこかで』(1980)では主人公が古硬貨を見つめてその時代に想いを馳せることでいつの間にかタイムスリップが完了しているという驚きの理論を構築していた。

Thejacket 一方、『ジャケット』の主人公のテリトリーは、なんと精神病院オンリー。湾岸戦争で頭に銃弾を受け、一度は死んだはずだった兵士(エイドリアン・ブロディ)は、よく分からぬうちに蘇生し、そしてよく分からぬうちに殺人犯として投獄、精神判定により病院送りの措置が取られる。

そして肝心のタイムスリップだ。でも、どうやって?

実はこの病院では深夜になると新薬の投与試験が行われていた。主人公もまたその対象となり、拘束具(ジャケット)を着せられ、腕に注射され、死体安置用のロッカーに放り込まれる。混濁していく意識。これまで体験したあらゆる恐怖の思い出が蘇ってくる。思わず叫び声があがる。「はやくここから出してくれ!」

と、そこはもう未来だった。

彼はこの未来(2007年)で、精神病院送りになる前(1992年)に出逢った幼い少女と再会を果たす。そして彼は、その未来世界において自分が既に故人となっている事実を知る。

これはなんと言うか…タイムスリップと呼べるのだろうか…?けれど主演のエイドリアン・ブロディはインタビューでこう答えている。

僕はすべて実際に彼の身に起きたことだと信じている

そりゃ、信じるのは勝手なんだがよ…。

ここではっきりさせておきたいのは、“タイムスリップ”という概念がいまだフィクションの産物でしか機能しないという事実だ。

そして我々“現代に生きる者たち”にとって、「未来」という感覚も便宜上の産物に過ぎない。「過去」には自らがその足で通ってきた確かな手ごたえがあるが、「未来」はいつまで経っても到達することがない。それは掴み取った瞬間にすぐに過去となってしまう。我々にとっての「未来」とは、ひとつの過程を通したひとつの可能性にしか過ぎないのである。

つまりアインシュタインが相対性理論の中で証明しているとはいえ、いまだリアル社会では“タイムスリップ”はフィクションの中の絵空事。とすると、同じフィクションの中においてそれがどのように設定されようと、そのスタイルは作り手の自由ということになる。絵空事について観客が「つじつまが合わない!」と騒ぎ立てたところで、その騒ぎ立てる“つじつま”自体の根拠こそ、どこにも存在しない。

作り手が「これはタイムスリップなんです!」と主張すれば、それはその通りに受け止められるのだし、もしそうでないとするなら、そこには観客にある種の“解釈の自由”が委ねられたということになるのだろう。

その決断をくだす要素として忘れてはいけないのは、本作がスティーブン・ソダーバーグ&ジョージ・クルーニーが共同設立したプロダクション「セクション・エイト(この言葉には”兵役不適格者”という意味がある)」によるものだということだ。

この、“何が現実で何が幻想なのかまどろんでしまう感覚”は、セクションエイトが過去に送り出した『インソムニア』(2002)とも共通するものがある。あるいは依頼されるがままに暗殺を実行する内に、誰が味方か敵か判別がつかなくなっていく『コンフェッション』(2002)の存在も気になるところだし、『エデンより彼方に』(2002)は、50年代のアメリカにおいてすべて現実が“偽り”のように感じ、ひとり信念を貫こうとする女性の物語だ。

言うまでもないが、この「2002年」という年は、2001年の同時多発テロ、それに2003年3月のイラクとの開戦のちょうど狭間にあたる年だった。すべての創作物は何らかの時代の影響を受ける。現に米テロ以降、過激なアクション映画は激減し、その代わりに「メタ・フィクション」「精神世界」に関する映画が増えた。

そして2005年。セクション・エイトはこの『ジャケット』と、他にも『シリアナ』そして『グッドナイト&グッドラック』を世に贈り出した。もっとも『ジャケット』以外は、その描き方がかなり直接的なものとなっているが(その意味で『シリアナ』はどちらかというと“2002年チーム”に含まれるのかもしれない)。

斬新なタイムトラベル原理に軽く驚かされるこの『ジャケット』。それを変則的なSFとだけ捉えるのはあまりに浅すぎる。僕にはこの映画が提示した“夢か幻か判別がつきにくい現実、そして未来”もまた、時代の影響を大いに受けているような気がしてならない。

果たして光の向こうに待つものは何なのか。ブライアン・イーノの奏でる音楽に彩られながら、幾方向にも延びゆく真実の可能性について想いを馳せながらご覧いただきたい。

ちなみに『007 カジノ・ロワイヤル』で新ボンドとして登板を果たしたダニエル・クレイグも、そのボンド像からは予想もできない奇妙な役で登場している。さらにクレイグは、『ジャケット』の監督、ジョン・メイブリーの前作『愛の悪魔』にも出演しており、その中ではもっとボンドからはかけ離れた姿をさらしている。

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