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もうなんだか凄い人数がいる

いよいよレディングに到着。駅周辺は比較的穏やか。

Reading02 だがタクシー乗り場には長蛇の列。フェス会場へタクシーで乗りつけようなんて、このブルジョワ野郎たちめ!そんな心の中の叫びが、後で悲鳴に変わる。もう会場までの道には途方もない人の数。いや、車両は車両で、それはもう大渋滞なのだが。

歩けど歩けど目的地は見えず、道脇にはいかがわしいダフ屋と、よく分からないTシャツ売りと、あとビールをダースで売っている店が立ち並ぶ。30分くらい歩いて、やっとこさゲートらしきものが見えてくる。だがメイン・ゲートまではさらに歩く。無数のテントが見える。キャッシュコーナーがある。悪名高きトイレが異臭を放つ。ぬるいビールをダースで預けると代わりに冷えたビールをくれるという比較的現実的な魔法を施してくれるというスポットを横目で見ながら、いよいよ入場。

Gate_1 いかつい係員が「液体状のものは持ち込み禁止!と言っているような気もしたのだが、なんのチェックもなくリストバンドを高々と上げながら入場。(左の画像は帰りに撮ったものなんだけどね)

Metric02_1 最初に駆け込んだBBC1ステージではカナダのバンド、METRICのステージが始まっていた。たった30分という持ち時間ながら、カーディガンズにも似たキャッチーなメロディーと女性ボーカルの声の響き、バックのステージ慣れした堅実な演奏が次々とオーディエンスを呼び込み、「Poster of a girl」ではキーボードが奏でるキーとなるメロディーが幾度も幾度も繰り返されるごとに会場のボルテージが周期を重ねて確実に上がっていく。

さあ、次へ移動、移動、と踵を返すとそこで寝ている誰かを踏みそうになって驚く。踏まれそうになった方は別段驚いている様子もない。踏まれたって全く平気な涼しげな素振りを見せる。じゃあ、思い切って踏んでやればよかったかな、と一瞬思う。

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いざ、レディングへ

Readingst レディング・フェスティバル。といっても、キャンプも連日でもなく、ほんの3日目だけの参加だった。

距離的には、ロンドン・パディントン駅からGREAT WESTERNに乗って40~50分ほどで到着。だいたい10分間隔で電車が出ているのだけど、フェス自体が連日11:30~12:30くらいには始まるので、だいたい目安の30分くらいは早めにパディントンに到着して窓口に並ぶのが得策だろう。その時間、列はだいたいはREADING行きっぽい人たちばかりで(何となく雰囲気で分かる)、そういう人たちは「CHEAP DAY RETURN TICKET PLEASE!」と一言で用事が終わるのだけれど、フェスと全く関係のない家族旅行者なんかが入り込んでいると、交渉&子供がわめくなどで時間がどんどん過ぎていく。窓口には長い列。しかし窓口で奮闘中の一家(主にお父さん)にはそんなことお構いなし。

どうやらこの国では、列に並び、それなりの時間をかけて用心深くチケットを買い求めることは当然の権利ですらあるかのようだ。その後ろで「時間がない、ない」と焦っている自分がバカみたいに思える。

往復切符を握り締め、7番ホームに走る。もう出発時刻を過ぎている。改札でターバンを巻いたインド系の切符切りに切符を見せると「走れ!」というので、とにかく走る。車掌は待っていてくれた。「サンキュー!」と大声で手を振ると「It's alright!」と返してくれる。その後、車内で筋肉痛で死に掛ける。まだフェス、始まってもいないのに。

自由席がなく、昇降口の付近にある簡易席に座る。

まもなく改札が始まる。一等席から自由席へどっと人の波が押し寄せてくる。ちゃっかり一等席に座っていた乗客たち(主にREADING行き)が大量に追い出されてきたのだ。

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UK日和

行って来ました。UK。
中一の夏に初めて訪れてから、もう何度目になるでしょうか。
というか、僕ってよく考えると英国以外の海外を知らないんですね。それなのに大冒険してきた充実感でいっぱいな自分が情けなくもありますが・・・ともかくも、UK日和です。

今回の最大の目的は、ロンドンはパディントン駅から40分くらい離れた街、レディング(Reading)にて開催される野外フェス“レディング・フェスティバル”に乗り込むこと。

Londoners_1 もちろんながら、テロ未遂の余韻もいまだ強く残る空港では銃を構えた武装警官に多数すれ違い、平和という名のありがたいぬるま湯に浸りきった自分としてはナマの銃を目にするなんてのは初めてのことなので、それはそれで多少緊張。しかしながら実際ロンドンの街へ飛び出してみると、多種多様な人種が相変わらずごちゃ混ぜになって暮らしており、パッカパカとのんびり移動中の騎馬警官の愛馬からは、所構わずボロボロとどでかいクソが「ジャックスポット!」と叫ばんばかりに勢いよくこぼれ落ち、知らず知らずのうちに踏みしめていたアスファルトの変色部分が実はそのクソが乾燥して褐色化したものだと知ったそのとき、「これこそテロだ!」と世の中すべてを敵に回してうっちゃってしまいたい気分に包まれたりもしたものでした。

そして、ふと頭上を見上げれば、「WE ARE LONDONERS」というキャッチコピーの垂れ幕がいたるところにぶら下がっている。アウトサイダーとしては「LONDONERS」の「ONE」という部分が赤文字になっているのに「おっ」と反応してしまうところで、つまるところ同時に「WE ARE ONE」とも読めるわけなんですね。まあ、世間的には何が起こっても普段と変わらないペースでそれぞれの生活を邁進しているイメージの強いロンドンとしてはそのメッセージも少々大味な感じもし、実際のところはオリンピックに向けての国内外へのアピールにすぎないのかもなあ、と考えているところです。

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『グエムル 漢江の怪物』は、怪獣映画を超えた壮大なるミクスチャーだ。

グエムル 漢江の怪物』をただの怪獣映画と捉えるのは、大海を前にしてその手前にあるほんの僅かな水溜りに歓喜するようなものだ。

『ほえる犬は噛まない』『殺人の追憶』で次々と新ジャンル、新テイストを開拓し、また『オールド・ボーイ』の原作漫画をパク・チャヌク監督に紹介し、ぺ・ドゥナを山下敦弘監督と引き合わせ『リンダリンダリンダ』のお膳立てをしたりと、映画界における数々のフィクサー的活躍も目覚しいポン・ジュノ監督が、その長編第3作目となる本作で挑んだ映画世界とは、入り口は「怪獣小屋」であったとしても、その出口はちょっと想像できないような不思議な手ごたえを残す、前人未到のミクスチャー映画、つまりそれそのものが怪物のようないでたちを誇る異様な作品だった。

その名もなき怪物は、ソウルを流れる河川・漢江から突如として現われる。仮にハリウッド映画のメソッドならば、この怪物がその全形を露にするまでには少なくとも30分を要するだろう。そうすることで「怪獣映画」の構成バランスが保たれるからだ。

だがポン・ジュノはそれを逆手にとって、その決まりきった構造をくつがえす。つまり、怪物は冒頭からそのリアルで緻密な造形を惜しげもなくさらし、ほんの15分ほどで周囲を阿鼻叫喚の地獄絵図へと変えるのである。勿体ぶる様子など微塵も見せず、ただあっさりと。

その惨事の中で、主人公(ソン・ガンホ)の一人娘がその身体をスッポリと飲み込まれ、犠牲者のひとりとなる。やがて体育館のような場所で催される合同通夜。この時、主人公の家族は初めて全員が顔をあわせ、その場に崩れ落ちて数分間に渡り泣きじゃくる(会場には一人娘の写真が飾ってあるから、それを含めて「家族」は全員が揃うわけである。ここで黒沢清『ニンゲン合格』のあるシーンを思い出す人もいるかもしれない)。それは全員が地べたをのた打ち回り、泣き叫ぶ、なんとも悲痛なシーン。しかしながらこれが数分間も続くと“可笑しみ”が生じてくるのだから不思議なものだ。

悲劇を突き詰めたところから零れ落ちてくる喜劇性。このオルターナティブとしての感覚が生じるまで、ポン・ジュノはカメラを回し続け、役者間で起こる化学変化を刻銘に記録する。

先に「ハリウッドの怪獣映画ならば30分はもたせる」ということを書いたが、奇しくも本作においてそれと同じくらいの時間配分で達成されたのがこの「家族の再会」だった。その瞬間、最新のVFXで手間暇掛けて緻密に描かれた怪獣描写は完全に映画の背景(ディテール)に追いやられる。新たなメインとして頭角を現すことになるこの一家は、『ほえる犬は噛まない』&『殺人の追憶』といったポン・ジュノ作品に出演しすでに気心知れたキャストばかり。怪獣VFXにも負けないほどに入念なリハーサル&テイクを重ねて緻密に刻まれた役者どうしのアンサンブルは(来日会見では「そのことは思い出したくない」と皆が苦痛の表情を浮かべる一幕もあった)、この先、観客の触れたこともないような感情を刺激する数々の名シーンを抽出・提示していくこととなる。

その後、漢江での惨劇に立ち会った人々は政府により「ウィルス感染の危険あり」として隔離される。家族も同様に病院に軟禁状態に。そんな折、死んだはずの娘から携帯電話に着信が入る。電波の状態が悪い中で聴こえてきたその声に、まだ娘が生きていると確信する主人公。逆に「頭がおかしくなった」として真面目には請合ってくれない政府。このままでは埒が明かないと判断した彼らは、この厳戒態勢が敷かれた中、次々と包囲網を突破し娘の救出へと走り続ける。

その折に流れるバック・ミュージックがとりわけ興味深い。それは勇壮でも、悲壮でもなく、エミール・クストリッツァの映画を一度でも見たことのある人ならば「んんん!」と感じるほどに民族的で、狂騒的な音楽なのだ。世界中の映画シーンに詳しいポン・ジュノのことだ。これをオリジナルの発想と確信して導入している可能性は極めて低いように思えるし、恐らくは「エミール・クストリッツァみたいな音楽を」とリクエストした上で、それと全く方向性の違うストーリーラインに掛け合わせることによって新しいエモーションが生まれることを目論んだのだろう(そしてこの試みは極めて奇妙な感触で見事に結実している)。

そして忘れてはいけないのが、彼らが背を向けて逃げる相手は「怪物」なのではなく(彼らはむしろ怪物には果敢に立ち向かっていくのである)、韓国政府であり、駐留アメリカ軍である。通常ならば彼ら家族を守ってくれるはずの存在から逃げなければならないという矛盾。これが本作のテーマをより複雑で広域なものに仕立て上げていく。

このタイミングで、すでにソウル市内にはデマゴーグのようなものが浸透しはじめている。政府によって掌握されたあらゆる情報は、ひどく奇妙な形へと姿を変えて広範囲に流布されていく。これは「怪物」「家族」に続く「第3の存在」として本作に大きく関わってくる。カンヌで上映された際には、これらの政府(主に科学者連中)の狂気を取り上げて「キューブリック的(『博士の異常な愛情』的ということなのだろう)!」と称した批評家もいるらしいが、確かにそう受け取れないこともない。

いくつもの単色が現われては既存色と身体を重ね、次々と本作のオリジナリティを更新させ続ける。まるで両手に試験官を握り締め、互いを巧妙に掛け合わせるように続くこの壮大なミクスチャー作業は、さらに後半、ポン・ジュノがファンだと告白する浦沢直樹の「20世紀少年」テイストまでもが混合されることで、いよいよ佳境を迎える。

ポン・ジュノにとって必要だったのは、「怪獣映画」という『ゴジラ』から脈々と連なる系譜を早々と脱構築し、観客を別次元へいざなっていこうとするクリエイト作業だった。そこには彼らしい膨大な映画的知識を基盤とした瞬間演算能力さえも起動させながら、最終的には『ほえる犬は噛まない』『殺人の追憶』でも感じたような、“何か得体の知れない存在を前にして何らかのリアクションを返さずにはいられない人間の姿”を、とてもリアルに浮き彫りにしていく。その人間の本能的な回答が、我々の手を離れてどんどん遠くに行ってしまうのではなく、常に我々の隣に寄り添い、日常性と近似値を保った地点に帰結しているのも、ポン・ジュノの才能を改めて畏怖するに足る要因である。

まだわずか3作しか存在しない彼の長編ではあるが、そこに読み取れる文脈は「恐ろしい存在というものは、必ずしも恐ろしい形態をしたものではない」といったもののように感じられる。何よりミス・ディレクションを大切にするジュノにとって、文字通りの恐ろしい形態をした「怪物」がどれほど「恐ろしさに欠けた存在」であることか想像にかたくない。

本作に登場する「怪物」とは、リアルな造形の「一匹」だけではない。それは時として、予想もしない形で現われ、我々にはその脅威を知る術もない。この緻密なミクスチャー作業を通して浮かび上がってくるいくつもの「怪物のごとき存在」を、果たしてあなたは何匹、認識することが出来るだろうか。その正体にふと気が付いたとき、観客は「怪獣映画」の領域を軽やかに飛び越え、本作の真の姿と初めて真向かうことになるのである。

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2006年に韓国映画史上、最高の興行収入をたたき出した『グエムル』。この傑作が日本でヒットしえなかった事実は多くの人の胸を痛めましたが、カンヌ映画祭を皮切りに世界では絶賛の嵐。劇場で観る気になれなかった人も、いま一度、冷静になってこのとんでもない映画と対峙してみてください。韓国ではこうして世界中で評価される大作映画が生みだされ、一方の日本では、空前の邦画ブームでありながら、いつまでも国内向け(あるいはアジア向け)の作風に固執し続ける現状・・・。日本のどこかでポン・ジュノのような人材がとんでもない怪作を誕生させてくれる日を待ち望んでいます。

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『ユナイテッド93』という名の、追体験ワークショップ

世界中のあらゆる悲劇をコレクトし、またリリースするといった傾向を持つ映画メディアは、その存在性から常に「エンタテインメント」という名のジレンマを抱えており、たとえばこの映画『ユナイテッド93』に関しても、まだ5年しか経過していないあまりに生々しい記憶を「映画」として対象化していいものかどうか、という議論は常に付きまとうものだし、それはむしろ付きまとうべきものだと思う。

もちろん映画はビジネスである。本作に関しても100%の善意で作られているわけではなく、もちろん被害者家族への寄付というかたちで製作会社に莫大な興行収入がペイされる可能性はないが、基本的にはあらゆる商業映画は「利益」が想定されることで初めて企画がスタートしていることを我々は念頭におかなければならない。そして本作をポール・グリーングラスという才能が手がけることは、その映画にまつわるジレンマを乗り越えるための数少ない手段のひとつだった。『ブラッディ・サンデー』、『ボーン・スプレマシー』という代表作を持つグリーングラス監督は、映像に極めてストイックなドキュメンタリー・タッチを刻み込むことで評価された名匠だからだ。

日本ではDVDスルーとなった『ブラディ・サンデー』(北アイルランド独立運動におけるターニングポイント“血の日曜日事件”をドキュメンタリータッチで描いた作品)は、ベルリン国際映画祭にて金熊賞を受賞し、世界中にその名を知らしめた。そしてご存知のとおり、彼のドキュメンタリー的手法は「ジェイソン・ボーン」シリーズ第2作『ボーン・スプレマシー』にも引き継がれる。その臨場感みなぎる映画作りには主役のマット・デイモンも「彼のアイディアは凄い。通常の劇映画からは想像できないような箇所にカメラを置いて、とにかくリアルな映像を作り出そうとする」と絶賛している。

『スプレマシー』のDVD特典映像によれば、その一例として挙げられるのは自動車のクラッシュ・シーンである。通常なら「迫力のある映像」として観客はなるだけ外部へと視線を注ぎがちだが、グリーングラスは車の内部へとカメラを持ち込み、観客にクラッシュを外観させるのでなく、よりドライバーや同乗者に近い形でその衝撃を体感させようとする。『ボーン・スプレマシー』は間違いなくブロックバスター系の商業映画ではあるが、そこには『ブラッディー・サンデー』で確立された硬派なドキュメンタリー的アプローチが実に効果的に機能していたわけだ。

話がそれた。再び『ユナイテッド93』の話。

本作にはマット・デイモンのようなスター級俳優はいっさい存在しない。だからこそ、観客の目線は誰か一点に集中することはなく常に右往左往し、我々が知りえなかった「事実(と思われるもの)」を追体験していくことになる。

野球帽を被った男がいる。ガッシリした体育会系の男がいる。ひ弱そうなビジネスマンもいる。上品そうな貴婦人がいる。アラブ系の男たちがソワソワと落ち着きがない。あれ、日本人風の若者もいる。フライトアテンダントが客席の様子を見て最終確認に余念がない。2人のパイロットが他愛もない言葉を交し合う。そして、今日も機のエンジンが始動する。

どの描写も、我々がこのあと「大事件」が発生するのだと知らなければ実にありふれたものばかり。だが、これから始まる1時間51分のリアルタイムのフライトを経て、搭乗者と機内スタッフは確実に命を落とすわけである。そう考えた瞬間に頭の中が物凄い速さで逆算をはじめる。あらゆる描写が貴重な足跡のように思えてくる。ほんの些細な乗客の笑顔が観客の胸を締め付ける。

もちろんポール・グリーングラスのことだ、普通の「お涙頂戴」モノの形態は踏襲していないし、それから逸脱して方法論を模索することにこそ彼が映画化を決意した真意がある。各々の描写はいつも以上に限りなくストイック。そして機内で起こったであろう残虐行為に関してはその生々しさが極力控えてある。リアルなのはそういう残虐性や血糊の多さではなく、乗客らが陥った恐怖、不安、驚き、哀しみ、それらすべてを複雑に混在した臨場感の方にこそ向けられる。グリーングラスはキャスティングしたほぼ無名の俳優たちと共に、時には即興性を交えながら乗客の心理状態へのアプローチを試みる。だが同時に、観客がそれにシンクロし過ぎて客観性を失わないように(スピルバーグの『プライベート・ライアン』ではそれを観て卒倒した高齢者が続出したというし)管制官、アメリカ空軍、記録映像といった様々なビジョンを挿入しつつ、決してセンセーショナルに陥らない「淡々とした映画」のスタンスを適温でキープし続けてもいる。

それは映画作りというよりは、むしろ「9・11に関するワークショップ」のようですらあったかもしれないし、やがて我々にもその単なる目撃者ではなく、観客という名の参加者として意識せざるを得ない状況が生まれてくる。だからこそこの映画に触れた後は「感動した」とか「テロは許せない」とかそういう感想よりも、ユナイテッド93便の乗客たちがやがて意を決してテロリストに立ち向かっていくまでの「心の流れ」のようなものが極めてリアルに受け止められる。 本作の質感は、そうして観客ひとりひとりが介在することにより永遠に変化していくだろうし、それはひとつの映画という名の記憶保管装置として極めて有効な形態だと思うのだ。

最後に断っておくが、実際には「ユナイテッド93便」の中でどのようなことが起こったかは皆目わからない(この映画を丸々事実として飲み込むのは危険なことだ)。これはあくまで、いくつもの事実(と思われる状況)と、そして“想定しうる範囲内でのフィクション”に注ぎ込まれた創造性とを柱に、これまで我々がこの手の題材にとって不可侵としてきた領域に果敢に実験性を導入した作品と捉えることができるだろう。

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アカデミー賞に絡ませるには公開が早すぎた感もある『ユナイテッド93』ですが、ニューヨーク批評家協会賞では最優秀作品賞を受賞、その後もアカデミー賞に監督&編集部門でノミネートされるなど、再び評価が高まってきています。一方、同時期に公開された『ワールド・トレード・センター』はそれほど評価されてないところが興味深いところです。その原因はつまり、5年前に起こった悲劇を「劇映画タッチ」で観るか「ドキュメンタリータッチ」で観るかの違いにあるような気がします。観客の精神状態は、まだこの事件を「劇映画」にまで引き離して客観視することを許さなかった。我々はこの2本の映画から、“カメラと被写体の距離感”と“時間の経過”について学ぶことができるのかもしれません。

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『夜のピクニック』で蘇るオッサンの青春

まったく、高校生の頃はどうしてあんなに意味不明の行事が立て続けに行われたのだろうか。ことあるごとに生徒たちは体育館に集められ校長の訓話を上の空で聞き流し、時折バタンと貧血で倒れる青白い下級生の方を何事かと見やったりもした。そして秋のシーズンになると体育大会と、そして鍛錬遠足だ。

静しい季節だということを言い訳に、僕らは無条件にどんどん汗を流して筋肉を引きつらせた。その思い出を紐解く時、なぜだか足のふくらはぎのあたりをさすってしまう被害者的心境の自分がいる。高校生の間にその対流が3回めぐってきた。1回目、2回目は苦痛でしかなかったが、3回目のそのときはカウントダウン的な高揚感と共に、幾ばくかの寂寥感が残った。

本作『夜のピクニック』(9月下旬より丸の内プラゼールほか松竹・東急系にて全国ロードショー)は、とある高校の「鍛錬歩行祭」という夜通し行事を舞台にした物語である。原作は恩田陸さんの同名小説。第2回本屋大賞を受賞(第1回は「博士の愛した数式」が受賞し既に映画化、第3回は「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」が受賞し、監督・松岡錠司、主演・オダギリジョー、脚本・松尾スズキがという布陣でで映画化が進んでいるというから、この大賞と映画化との間には既に切っても切れない関係性が築かれているといっていいだろう)。

はっきり言って、高校3年生が主人公ということで、こちとらとっくにオッサンの域に足を踏み入れた実感を容赦なく突きつけてくる描写も多々あったが、おおむねのところで、単なる不特定多数を狙ったブロックバスター系作風でない、感度の高い青春映画に仕上がっていた。まずはそこのところの心意気と、若きキャスト陣の意識の高さと、そして長澤雅彦監督の表現の引き出しの多さを買いたい。

出色なのはオープニング。行事が始まる直前だから寂寥感などさらさら無く、高揚感だけが彼らを支配する。その様子を目の当たりにして、こちとら「あー、まずいなー、まずいなー」とすっかりノリについていけなさそうな予感充分だったのに、主人公らが坂を登ってスタート地点でもある学校の校庭に足を踏み入れた瞬間(どうして学校というものはああいった坂の上に建てられている場合が多いのだろうか)から視界が一気に拡がり、そこには出発を待ちわびる何百人もの生徒&スタッフの様子がなんと圧倒的な長回しで綴られていく。もちろん音声は後から乗せているのだろうが、資料によるとここに集まった何百人ものキャスト(キャスト&エキストラ)にそれぞれに詳細な演出メモが手渡され、このショットにおいてどのように動くかが明示されていたという。まずはここのシーンを瞠目することから、この映画と観客(とりわけ青春時代をとうの昔に終えたオッサン連中の)とのコンタクトが始まっていくわけだ。

序盤の無駄なエネルギー消耗、あるいは根拠の無い高揚感は、やがて後半に掛けて(つまり高校生のエネルギーが消費されるにしたがって)どんどん静けさを讃えてきて、個々の会話に焦点が絞られ、普段は気恥ずかしくて口にさえしない本音トークを、その環境が巧妙に引き出していく。

とりわけヘトヘトになりながらも歩く高校生らが交わす「あたしたち、なんで歩いてるんだろうね」という本音のセリフが、いちいちその歩行祭だけに留まらない、今後の人生とも共鳴しているかのような奥深いニュアンスを感じさせる。

長い長い行列だった大集団は、いつしか個々の最小限の連なりとなりトボトボとそれぞれの速度で道程を歩む。徐々に明かされるひとつの秘密。そして叶えられるひとつの願い。ここにきてようやく若者とオッサンとの心象風景が像を結んでくる。心地いい風と空気がよどみなく流れる、待ちわびた時間の到来である。

クライマックスではメインキャストが「ゴール!」と絶叫するのと同時に、カメラがさりげなく入退場門上に掲げられた「スタート」の文字を映し出す。なるほど、この種の行事で「スタート」と「ゴール」とが共存関係にあるのはよくあること。しかしそういうのは便宜上のもので、「ゴール」が次の「スタート」の始まりであるとはこの瞬間まで考えもしなかった。

思わず北野武の『キッズ・リターン』の名セリフ「バカヤロウ、まだ始まってもいねえよ」を思い出す。ここだけを抜粋すると相当青臭いセリフではあるが、もちろん映画にはそれに至るまでの醸成過程というものがある。

結果的に『キッズ・リターン』の名セリフがそれとして広く認知されたように、僕は『夜のピクニック』におけるこのほんのささやかなカメラの動きを、決して忘れないだろう。

公式サイトはこちら

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ENGLISH JOURNAL

Morgan 私事でたいへん恐縮ですが(と言いながら、ここには私事しか存在しないとも思われるのだが)、ENGLISH JOURNALという雑誌にて巻頭記事を書かせていただきました。内容は皆さんよくご存知の超有名俳優についてです。

8月9日には次号が発売されるので、もう書店から撤収されているケースも多いかとは思いますが、それでも私自身、先ほど近場の書店にていまなお平積みされている様子を目撃してもいます。だから貴方もまだ望みを捨てないで(いや、別に捨てても構いません。調子に乗ってすみません)。

もしこんな雑誌を発見された折には、ぜひぜひ立ち読みしてみてください。とにかく表紙のモーガンがカッコよすぎです。

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中野裕之監督インタビュー

短篇.jpというショートムービー配信サイトにて、『サムライフィクション』でお馴染み、中野裕之監督へのインタビューをドロップしました。とても感覚的に話を紡がれる方で、こちらも文脈やら論理性やらをすっ飛ばして、まるで流れに身を任せるような心地よさで監督の言葉に酔いしれました。最近では長編企画からは遠のいておられるものの、さすが一時代を築き上げた監督らしく、その口から語られるビジョンは極めてオリジナルなものでした。

そして驚いたのはご自身の過去に関して素直に受け止めてらしゃること。たとえば『Red Shadow 赤影』のくだりをご覧いただければお分かりかと思いますが、「あの頃ぼくは鬱な状態になって・・・」と赤裸々に語っておられます。実は僕、このあたりをかなりボヤけた感じで文字起こししてたんですね。「ちょっと胸を痛めまして・・・」といった具合に。そうすると監督チェックを経て戻ってきた原稿には、文字通りの単刀直入な言い方に直してありました。その瞬間、この監督スゲエな、と思いましたね。やっぱ、自分の弱さも含めて観客にさらけだせるのって、同時に自信の現われでもあるのだし、その境地に至ることの出来た精神性を含めて、さすが中野裕之だな、と。

N_a_06_1 そして彼がカンヌで受賞した『アイロン』と、短篇.jpで発表した『全速力海岸』とは、まさしく中野ワールドの新時代を感じさせる出来栄え。ぜひ多くの方にご覧いただければと願わずにはいられません。

実はこのインタビューの際、久々となる長編企画についてもお伺いしたのですが、かなりオフレコの段階の話で、ここでは書けないことだらけ(映画ファンにはたまらない凄い企画が進行中です!)。そして『アイロン』はこの先、国内の映画祭に続々と招待上映される予定ですので、お近くにチャンス到来の際にはぜひぜひご覧になってみてください。たった15分の作品ですが、時間を忘れ、息をつく間さえ忘れてしまいます。「美」を超えた神聖な世界が拡がっています。

直近だと、大阪で開催中のShort Shorts Film Festival 2006 in Osakaにて、8月6日のプログラムで上映されるそうです。監督の舞台挨拶もあるとか。気になった方は、ぜひ公式サイトでチェックしてみたください。

最後にこのインタビューには収録できなかったコメントで、僕の記憶に深く刻まれているものを書き留めておきます。

「映像の世界では、新しいアイディアを思いついても僅か3年も経てば誰かが同じことを考え、そして実現させている。ミュージック・ビデオはその間隔がもっと短くて、3か月後には必ず誰かがやってのける。というのも、そこには一定の法則性があって、業界の最前線で最新の音楽をずっとチェックして聴いていると、ふと、それに影響されたアイディアが浮かぶことがある。そして同時期にそれを聴いてたクリエイターの間でシンクロニシティが起こって、3か月くらいに後になって偶然に同じテイストの作品を発表したりするんですよ」

うーん、深いですね。長年、業界の最前線に立ってこられた中野監督ならではのコメントです。今後のご活躍にも心から期待しております!

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