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2006/08/04

『夜のピクニック』で蘇るオッサンの青春

まったく、高校生の頃はどうしてあんなに意味不明の行事が立て続けに行われたのだろうか。ことあるごとに生徒たちは体育館に集められ校長の訓話を上の空で聞き流し、時折バタンと貧血で倒れる青白い下級生の方を何事かと見やったりもした。そして秋のシーズンになると体育大会と、そして鍛錬遠足だ。

静しい季節だということを言い訳に、僕らは無条件にどんどん汗を流して筋肉を引きつらせた。その思い出を紐解く時、なぜだか足のふくらはぎのあたりをさすってしまう被害者的心境の自分がいる。高校生の間にその対流が3回めぐってきた。1回目、2回目は苦痛でしかなかったが、3回目のそのときはカウントダウン的な高揚感と共に、幾ばくかの寂寥感が残った。

本作『夜のピクニック』(9月下旬より丸の内プラゼールほか松竹・東急系にて全国ロードショー)は、とある高校の「鍛錬歩行祭」という夜通し行事を舞台にした物語である。原作は恩田陸さんの同名小説。第2回本屋大賞を受賞(第1回は「博士の愛した数式」が受賞し既に映画化、第3回は「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」が受賞し、監督・松岡錠司、主演・オダギリジョー、脚本・松尾スズキがという布陣でで映画化が進んでいるというから、この大賞と映画化との間には既に切っても切れない関係性が築かれているといっていいだろう)。

はっきり言って、高校3年生が主人公ということで、こちとらとっくにオッサンの域に足を踏み入れた実感を容赦なく突きつけてくる描写も多々あったが、おおむねのところで、単なる不特定多数を狙ったブロックバスター系作風でない、感度の高い青春映画に仕上がっていた。まずはそこのところの心意気と、若きキャスト陣の意識の高さと、そして長澤雅彦監督の表現の引き出しの多さを買いたい。

出色なのはオープニング。行事が始まる直前だから寂寥感などさらさら無く、高揚感だけが彼らを支配する。その様子を目の当たりにして、こちとら「あー、まずいなー、まずいなー」とすっかりノリについていけなさそうな予感充分だったのに、主人公らが坂を登ってスタート地点でもある学校の校庭に足を踏み入れた瞬間(どうして学校というものはああいった坂の上に建てられている場合が多いのだろうか)から視界が一気に拡がり、そこには出発を待ちわびる何百人もの生徒&スタッフの様子がなんと圧倒的な長回しで綴られていく。もちろん音声は後から乗せているのだろうが、資料によるとここに集まった何百人ものキャスト(キャスト&エキストラ)にそれぞれに詳細な演出メモが手渡され、このショットにおいてどのように動くかが明示されていたという。まずはここのシーンを瞠目することから、この映画と観客(とりわけ青春時代をとうの昔に終えたオッサン連中の)とのコンタクトが始まっていくわけだ。

序盤の無駄なエネルギー消耗、あるいは根拠の無い高揚感は、やがて後半に掛けて(つまり高校生のエネルギーが消費されるにしたがって)どんどん静けさを讃えてきて、個々の会話に焦点が絞られ、普段は気恥ずかしくて口にさえしない本音トークを、その環境が巧妙に引き出していく。

とりわけヘトヘトになりながらも歩く高校生らが交わす「あたしたち、なんで歩いてるんだろうね」という本音のセリフが、いちいちその歩行祭だけに留まらない、今後の人生とも共鳴しているかのような奥深いニュアンスを感じさせる。

長い長い行列だった大集団は、いつしか個々の最小限の連なりとなりトボトボとそれぞれの速度で道程を歩む。徐々に明かされるひとつの秘密。そして叶えられるひとつの願い。ここにきてようやく若者とオッサンとの心象風景が像を結んでくる。心地いい風と空気がよどみなく流れる、待ちわびた時間の到来である。

クライマックスではメインキャストが「ゴール!」と絶叫するのと同時に、カメラがさりげなく入退場門上に掲げられた「スタート」の文字を映し出す。なるほど、この種の行事で「スタート」と「ゴール」とが共存関係にあるのはよくあること。しかしそういうのは便宜上のもので、「ゴール」が次の「スタート」の始まりであるとはこの瞬間まで考えもしなかった。

思わず北野武の『キッズ・リターン』の名セリフ「バカヤロウ、まだ始まってもいねえよ」を思い出す。ここだけを抜粋すると相当青臭いセリフではあるが、もちろん映画にはそれに至るまでの醸成過程というものがある。

結果的に『キッズ・リターン』の名セリフがそれとして広く認知されたように、僕は『夜のピクニック』におけるこのほんのささやかなカメラの動きを、決して忘れないだろう。

公式サイトはこちら

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