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2006/09/20

『夕凪の街 桜の国』クランクアップ会見

平成16年度文化庁メディア芸術賞漫画部門大賞、第9回手塚治虫文化賞新生賞を受賞し、発行部数も25万部を突破した今もなお読者の大きな支持を受け続けている『夕凪の街桜の国 』。

既に書籍の帯(オビ)でも報告されていますが、この作品の映画化が着々と進行しています。撮影は7月18日からスタートし、東京近郊でセット撮影を行った後、8月11日からは広島ロケ、そして8月24日にクランクアップを迎え、9月19日にキャピトル東急にて記者会見が開かれました。

普段はこの種の会見には赴かない私も(人混みが嫌いなんです)、この作品ばかりは自分が長崎出身というバックグラウンドのせいか、あるいは磐石なスタッフ&キャスト陣の放つ有無言わさぬ魅力のためか、どうにも訪れずにはいられませんでした。多くのメディアでは抜粋しか伝えられないことと思いますが、このへなちょこブログではいっちょ会見の全発言を掲載してみようと思います。ちなみに2007年の夏の全国ロードショーを予定しているそうです。

*以下、敬称略でお送りします。

<会見参加者>
・加藤東司(企画プロデューサー)
・松下 順一(アートポート代表)
・中越典子(出演/利根東子)
・堺正章(出演/石川旭)
・田中麗奈(出演/石川七波)
・藤村志保(出演/平野フジミ)
・麻生久美子(出演/平野皆実)
・佐々部清(監督)
・こうの史代(原作)

**********

松下 順一(アートポート代表)
「製作委員会を代表して一言ご挨拶をさせていただきます。本日は『夕凪の街 桜の国』クランクアップ記者会見にお越しくださいまして誠にありがとうございます。そしてこの場をお借りしまして、多大なる応援をしていただきました広島市の皆様に感謝の言葉を述べさせていただきたいと思います。本当にありがとうございました。さて、本作は7月18日にクランク・インしまして、例年にない猛暑の中、8月24日にクランクアップいたしました。振り返ってみますと、この企画が弊社の中で上がりましたのが、約2年前の秋頃でした。こうのさんの原作を拝見して大変感動いたしまして、すぐさま社内を上げてで映画化に向けて動き出しました。監督として佐々部さんからOKをいただいた段階で映画の内容が見え始め、さらに役者の皆さんには、本日壇上にいらっしゃいます、田中さん、麻生さん、中越さん、藤村さん、堺さんにOKをいただいたことで、いよいよ全容が見え初め、たいへん安心いたしました。この映画自体は、被爆後の家族愛、兄弟愛、恋人どうしの恋愛といった人間愛の映画です。作品に関しては来年の1月にすべて完成する予定でございます。」

加藤(企画プロデューサー)
「私からは今後の予定をお話したいと思います。ただいま編集とCG等の製作を進めているところでございまして、その後、5月にはカンヌ映画祭への出品を考えております。それから夏に向けて、広島を中心とした全国キャンペーンを行い、8月末に全国拡大ロードショーとして拡げて参りたいと思っております。」

こうの史代(原作)
「今朝ここへ来る時に空を見たら綺麗なウロコ雲が出ていて、クランクイン前のお払いで撮影所の前の神社に行ったときにも綺麗な雲が出ていて、この映画は恐らくたくさんの目に見えない魂に支えられているんだろうな、と思いました。いい映画になると確信しております。なんか、こんな原作で申し訳ないんですけれど、本当にありがとうございます。よろしくお願いいたします。」

田中麗奈(出演/石川七波)
「この話を読んでいる時に、ほんとに一瞬の原爆で何年も何十年も苦しんでいる人がいることを知って胸が痛みましたし、同時に兄弟や家族の繋がりや、明るく生きていくことの素晴らしさなど、いろんなことを学びました。この映画の現場を通して私もいろんなことを学んだので、多くの日本の方にも見てもらいたいし、世界の方々にもこういうことがあったんだよ、こういうことを通してみんなが苦しんだり学んだりしてきたんだよ、ということを見てもらいたいです。まだ作品の出来上がりを見ていないんですが、私の想像以上にいろんなことを感じられる作品になっていると思うので、私もすごく楽しみです。ぜひたくさんの方に見ていただいて応援していただける作品になればと思います。よろしくお願いいたします。」

麻生久美子(出演/平野皆実)
「私はこの原作を初めて読んだ時に、この皆実(みなみ)という女性にとても惹かれてしまい、この役はどうしても演じたいと思いました。今まで女優と言う仕事をやってきた中で、『この役は私が絶対演じたい』と思ったのは初めてのことだったので、なんだかすごく不思議な縁を感じています。けれど実際に演じるにあたっていろいろ考えた時に、この皆実という女性は私自身から凄く遠いな、と思って、どうしたらその距離を縮められるのか、すごく悩んで、考えて、勉強もしたんですけど、それで結局行き着いたのは、彼女の気持ちを理解するということよりも、その理解しようとする姿勢や気持ちがいちばん大事なんじゃないかな、という思いでした。私はこの作品とこの役にめぐり合えて本当にかけがえのないものを手にしたと思っています。大好きな監督と素晴らしいスタッフ、キャストの方々と一緒にお仕事ができて本当に幸せでした。この作品がたくさんの人に愛され、100年後も200年後もずっと見続けてもらえる名作になるように祈っています。どうかよろしくお願いいたします。」

堺正章(出演/石川旭)
「今回、石川旭という役をやらせていただきました。映画の中で、私の家族は全員が被爆して、その多くが短い命を散らせていったという中で、私の役だけが関東に疎開していて被爆をまぬがれたと、そういう役なんです。被爆してこの世を去った方たちの苦しみも当然でございますが、それを受けなかった一人の男というのが、どういう気持ちで昭和20年の8月6日の報を疎開先で知り、それから60代まで生き続けてきたのか、という役どころなので、最初は複雑な気持ちに包まれ、どうやって演じればいいんだろうと悩んだんですが、実際に佐々部監督とお会いしたら「佐々部イズム」と申しますか、非常にまっすぐな方で、ああ、この方に着いていけばだいじょうぶだろうと、心の拠り所を持つことが出来ました。世界で唯一の被爆国である日本がそれから61年経って、みんながどんな気持ちで生きているんだろうか…中には怒りをそのまま拳に振り上げて表現した方もいらっしゃいますが、本当は言いたいんだけど言えないジレンマや悔しさといったものをずっと抱えてきた方もいらっしゃると思います。この映画はそんな気持ちの集大成だと思います。日本だけでなく、ぜひ世界の方々にも見ていただきたいです。よろしくお願いいたします。」

藤村志保(出演/平野フジミ)
「広島で被爆した方々、長崎で被爆した方々、その方たちの気持ちを理解することは、どんなに理解しようとしても限界があると思っております。私の演じる役も何一つ恨みがましいことを言わずに生きてきた人間ですけれども、一言、映画全体のメッセージになるかもしれませんが、「原爆で死ぬのを見るのはもう嫌なんよ…」と語るシーンがあるんです。これは特別に強いメッセージではないのかもしれませんが、私はこのセリフが、フジミがフジミとして生きてきた中での大事なメッセージなのだと思い、そのときのシーンは、いまでもありありと思い出しますが、監督のご指示、そして私の気持ちをとてもとても大事にして演じたいと思いながら演じさせていただきました。監督とご一緒させていただくのは『カーテンコール』に続いて2度目でしたけれど、先ほど堺さんがおっしゃいましたように、まっすぐな、そしてなんとも言えない優しさのある人間性がこの映画の中に反映されて、わたしたちに、世界の人たちに、生きていくことの大切さを訴える映画になると思っております。皆様もどうぞ宜しくお力添えください。」

中越典子(出演/利根東子)
「私は利根東子(とね・とうこ)という役をやらせてもらいました。本当に伝えたいことはいっぱいあるんですが、私が撮影で広島入りしてまず感じたことは、広島の空気の東京とはまた違った澄んだ美しさであったり、空の広さだったり、撮影中にみんなで一緒に眺めたちょっとぼやけた夕陽だったり、そういうものに凄く感動したんです。そういうものにいろんなパワーがあるんじゃないかと私は思いました。佐々部監督とは『四日間の奇蹟』以来の2回目だったんですが、その再会は嬉しい反面、私は一年でどれだけ変われたんだろうという不安もあって、複雑な気持ちもありました。けれど、なんていうんでしょうか、不思議なくらいに気持ちがよかったんです。凄く哀しいお話で、人間が作り出してきた辛い歴史といったものを感じる物語なのに、それが希望に変わる、そういう明るさを感じて、私自身、とても刺激的でとても前向きな気持ちにさせてくれた作品となりました。ひとりでも多くの方に見ていただいて、いろんなことを感じていただいて、そして前向きに上を見上げて生きていってほしいと思っております。」

佐々部清(監督)
「撮影前のスタッフに対して僕は『この原作を映画化するスタッフになれたことに誇りをもってやろう』と言いました。俳優の皆さんにも『誇りを持って参加してください』と言いました。初めてです、自分の映画でそんなことを言ったのは。僕はこれまで日本語の、日本人のための映画を撮り続けてきました。なので海外の映画祭など全く興味は無かったのですが、この映画だけはぜひ世界の人に見てほしいと思っています。それはこれが日本人にしか撮れない被爆の映画だと思っているからです。そんな思い、誇りをもってこの映画に取り組んだつもりです。2月の頭には完成となります。ぜひこの映画を応援していただければと思います。」

記者
「こうのさんにお伺いします。ご自身の作品が映画化されることのお気持ちはいかがでしょうか。そして監督にお聴きします。漫画を映画化するというご苦労はどのようなものでしょうか」

こうの史代(原作)
「まず自分の描いたものが本に載ることすら珍しい状態だったので、映画化されることになるなんてビックリしたんですが、撮影を見学させていただきながらも、『だんだん“本当の話”になりつつあるな』という不思議な感覚があって、これが公開されると、もっと“本当の話”になっていくんだろうな、と思っています」

佐々部清(監督)
「漫画の原作を映画化するにあたり、小説の時もいつも思うんですが、原作の根底に流れるものは絶対に曲げちゃいけない、と心がけています。ですから、こうのさんが原作で伝えたかったことはこの映画でも変わりなく描けていると思います。ただ、この原作は複雑で、僕も一回では理解できなくて何度も読み返しました。漫画には『何度もページを戻れる』という素晴らしい特性がありますが、映画は戻れないものですから、観客の皆さんが2時間通して見る中でページを戻らなくても分かるように伝えなければ、と心がけました。それから、漫画はキャラクターが非常に具体的ですから、映画化されたものが原作のイメージが違ったりすると必ずインターネットで叩かれたりもするものですが、その点については僕は覚悟してますし、あまりその点にこだわるのはやめようと思いました。俳優さんによっては原作の髪型と違ったりしていても、そこにあるのは、田中さんであり、麻生さんであり、堺さんであり、中越さんであり、藤村さんであり、みんなひとりの人間としての個性があるので、それがいちばん生きることを考えながらお芝居を撮っていくことを心がけました。」

記者
「監督と田中麗奈さんにお聴きします。本作は原爆という非常に大きなテーマを扱っていますが、演じる、監督する上でプレッシャーなどはありましたでしょうか?そして、広島ロケで直接その場に足を踏み入れて何か感じられたことがあればお聞かせください」

佐々部清(監督)
「はい、確かにプレッシャーはありました。自分がこういう素材を扱っていいんだろうか、とか悩みました。これは今公開中の『出口のない海』の時も同じだったんですが、どうしても何らかの“殻”を作らなければ映画が進まないものですから、これによって批判を浴びたりするときには自分が進んで受け入れようと思っていました。それから、こうのさんの原作自体が被爆や差別というものを声高に語っているものではありません。そこに書かれているのは、家族の情愛や友情、思いやりといったものです。基本的にそれらをベースにしたものならば僕がデビューからずっと撮り続けてきたものですので、その背景として被爆や原爆といったテーマが浮かび上がるものにすれば、これは自分でもやれるのかな、と思いで作ってきました。僕は山口県の生まれですので、広島には何度も足を運んでいます。平和祈念資料館にも行きました。ですが、今回のような気持ちで訪れたのは初めてですから、襟をただして取り組もうと、背筋の伸びる想いをさせられた思いがします。ただ、撮影中は暑さと天気との闘いで、こんなに天候に恵まれない現場は初めてだというほどに長梅雨にたたられ、そっちのことで頭がいっぱいでした。」

田中麗奈(出演/石川七波)
「私は原作と脚本を読んで、まず何よりも先に『演じてみたい』という気持ちがあったんですが、ただ、戦争を知らない時代に生まれてきた私がこれを演じるにあたって出来ることはなんだろうと考えました。現代に生きる七波(ななみ)という役はすごく明るく前向きに生きている子なんですが、ただ私が伝えなきゃいきないのはそれだけじゃないな、と思って、何がいま私にできることなんだろうと思って、まずはこの作品の重みを知ることだったり、原爆だったり、命の重みだったり、こういう作品に出演することの取り組み方というものを感じようと思って、それでまず、広島に行って、その街並みを一人で歩いてたんですけれど、そこでは単なる役を演じるからということではなく、誰かの子供として、誰かの子供として、いのちを受け継いで生きてるんだ、ということを感じたいと思いました。それで両親も一緒に着いてきてもらったんですが、平和祈念資料館や撮影の場所になるようなところにも一緒に回ってもらって、その後いろいろ家族と話をしました。その場で大勢の人が亡くなったという単なる想像ではなく、ひとりひとりちゃんと夢があっただろうし、目的もあっただろうし、恋もしていただろうし、ということを等身大の人間として感じるとすごく胸が痛くて辛かったです。それを受けて、じゃあ、自分でいま何が出来るんだろう、と考えました。被爆者の娘の役なんですが、そんなトラウマがありながらも、そういうことを乗り越えて命を生かそう、毎日を明るく生きよう、という希望を伝えられたらいいなと思いました。最初にガーンときて、それを乗り越えるという作業は私にとって非常に大変で、成長させられたという思いもありますけれど、そうやって自分が感じたことをそのまま演じました。…すみません、長くなりました」

*****************

以上が会見の全容となります。

広島フィルム・コミッションでは、広島ロケの様子が掲載されています。原作漫画は随分前に読んでいたんですが、この日の会見では資料の中に一冊ずつ同封されており、「マスコミの皆さんには、この映画について記事にされる前に、ぜひこの原作を一度読んでいただきたい」と監督からの熱いメッセージがありました。

もう既に多くの方々がこの原作に触れてらっしゃることと思いますが、『夕凪の街 桜の国』は、原爆をテーマにした作品ながら、その舞台は戦後の日本で、親、子、孫といった3世代にわたる心の流れを静かに描いた戦後クロニクルでもあります。でもその素晴らしさといえば、なんと言えばいいのか、一口で非常に“爽やか”なんですね。なんの辛らつな主張があるわけでもなく、心に染み入るような語り口で、最初は慣れない作画のタッチ(ちょっと少女漫画っぽいですしね)が、読んでいるうちにとても味わい深く感じられてくる。大きく3部に分かれている展開のしかたが非常に大胆で、視点が切り替わるたびに多くの発見があり、実際、ほんの細かいコマにも見逃せない情報が詰まっている。この会見が行われた夜に原作をパラパラめくっていたら勢いがついて、気がつくと3回も読み返していました。もちろん、発表されたキャストや佐々部テイストを頭に思い浮かべながら。何度読んでも本当に面白い。そして、読後感はとても爽やか。まあ、夜中の4時に頭の中を爽やかにさせていてもしょうがないんですがね。

素晴らしい作品となるよう、期待しています。

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2006/09/16

靴を脱いで、お邪魔します。

トム・ヨークによく似た係員は、鏡の前で何度も練習した風な好感度の高い笑顔を浮かべ、自信たっぷりに「窓側の席をご用意いたします」と言う。それでは機内で立ち回る際に何かと都合が悪いと思い、「あいるさいど、ぷりーず」と僕がリクエストすると、彼は「ノーノーノー」と人指し指を左右に振った。そんな些細なジェスチャーが精神的にこたえる。僕は魔法でもかけられるのかと身体を反射的に翻したりもしたが、係員はそれを意にも介さずに改めてこう告げた。

「つまり、あなたはラッキーなんです。まあ、機内に乗り込めば分かりますから」

**********

空港内は閑散としているのに、手荷物チェックには長蛇の列。ちょうど僕の前には韓国人の老夫婦が並んでおり、見送りの友人を何度も振り返っては「カムサムニダ!カムサムニダ!」と手を振っていた。列にはターバンを巻いた人や、チャドルを着込んだ人や、意味もなく「サンコンさん」と名づけたくなってしまうような人などが盛りだくさん。いろんな肌の色の人が並んでるもんだ。ここでは自分も例外なくマイノリティであり、空港職員の目からすれば、きっと僕とこの老夫婦は一括りにされてしまうだろう。あわよくば親子として一瞥されてしまうこともあるかもしれない。

それはそれで取るに足らないことだろうが、いずれにしても、こういう人種のるつぼにまみれていると、自分がここにいてはいけないような気がし、途端に走り出したい気持ちに囚われてしまう。また、係員に手荷物カバンを指差されて「ラップトップ?」と尋ねられているのになんのことやらさっぱり分からず途方に暮れた表情をしている先の韓国人男性を目にすると、こちとら束の間の即席家族を(一方的に)築かせてもらったせいか、「父さん・・・」などと遠い目で見つめてしまう。

そうしているうちに持ち物検査の順番が回ってくる。2、3人前になって各人が靴を脱いでトレイに乗せていることに気がつき、慌ててシューズの紐を解く。ソックスに穴が空いていないことを切に願いながら、慎重に靴を脱ぐ。よかった、穴は無かった。

たかが靴を脱いだだけ。それだけで全裸にされたかのような敗北感が身を支配する。床が冷たい。その上、金属探知機をくぐるとき無性に「ごめんください」と言いたくなる。日本の古きよき文化を多少に捻じ曲げた感じで放出しようとするそんな危険な衝動に対し「否!」と唱え、なんとか思いとどまる。

探知機は鳴らなかった。「ごめんください」とも言わなかった。けれど、警備員には止められた。前にいた韓国人のパパ(期間限定)は何もなしにスルーしたのに、なんで俺はこうしてボディチェック受けねばならんのか。「手を上げて」と言われて、言われたとおりに万歳をする。上半身のチェックが終わってからもういいだろうと思っておもむろに手を下げると、「ダメダメ、上げたままで」と言われて精神的にかなりヘコんだ。

ほとんどの男性はこのチェックを受けていたのだけれど、これは単なるボディ・タッチのゲームでもなんでもなく、警備員の態度は紳士的ながらも、その表情は真剣そのものだった。自分はいまマジで「危険か、否か」を判別されているのだ。そんなことを考えると、なんか「こそばゆい」を通り越して、今にも泣きそうな半笑いを浮かべてしまう自分がいた。

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2006/09/13

ヒースローにて

イギリス滞在中、イスタンブールで英国人が死傷する爆弾テロがあり、こりゃあ帰国日(8月29日)の空港はたいへんなことになるだろうなあ、と予感していた。

ブリティッシュ・エアウェイズの離発着はヒースローの第一ターミナルで(これはブリティッシュ・エアウェイズの便に関して乗換えがスムーズにいくようにとの取り計らいらしい。他の航空会社を利用した場合、日本からの到着、日本への出発のほとんどが第3ターミナルとなる)、ヒースロー・エキスプレスを使うとパディントン駅からだいたい15分くらいで到着できる。普通、旅行会社で航空券を購入する場合、「だいたい3時間前までには着くように」と釘を刺されるのだが、この日は用心に用心を重ねた結果、15時45分のフライトなのに12時前には空港に到着。

で、実際の空港内はというとそんな殺気だった気配もなく、のんびりと時間は流れている様子。時折、リアル銃を構えた警官が隊列を組んで現われ、「泣く子はいねかー?」となまはげのような要領で怪しい人々を吟味して歩くのだけれど、何しろここはイギリスなので、その例えが適当かどうかは分からない。と、突然、リアル銃を構えた警官が顔を真っ赤にして叫び出し、何事かと振り返ると、利用客が荷物をベンチに置いたままトイレかどこかに行こうとしたらしく、「ダメダメ、荷物からは離れないで」と念を押されていた。一瞬張り詰めた緊張感は映画で言うスローモーションのようでもあり、そのシーンが過ぎるとあたりは元のスピードに踵を返すように戻っていった。

その後、ニコリとのしねえインド系の係員に「チャックイン時間は、だいたい2時間半前です」と無情の宣告。1時間くらいベンチでボーっとして過ごす。どこか売店を覗きたくとも荷物があるから離れられない。先ほどの警官は今では二階の位置に陣取って眼下の人々の往来に目を尖らせている。その目線に気付きもしない利用客がときどき軽々しく荷物を置き去りにし、案の定、頭上からの咆哮を浴びる結果となる。もちろん咆哮は咆哮なのでなんて言ってるのかは一向に理解できないのだけれど、怒られている本人はなんとなくテレパシーで分かるようで、打ちひしがれた表情で「分かりました」と最後は首をうなだれる。

チェックイン。カウンターの係員はトム・ヨークによく似た人だったが、別段ユラユラした話し声を駆使するでもなく、しっかりと明るい口調での対応。そして機内に持ち込める手荷物は一個までとのお決まりの説明を受ける。そのサイズには厳しい制限が設けられており、「あそこにあるボックスに入るかどうか試してみてください」と言われ、え、それ、どういう意味?と頭を悩ませていると、なるほど、そこには制限どおりの寸法で作られたプラスティックのボックスが備え付けられており、その上から手荷物を入れ込んで「はい、手荷物がちゃんと隠れました」と証明することで持ち込みが許可される、という大岡裁きにも似た寸劇がやりたいらしい。っていうか、こんなちっちゃなサイドバッグがNGなわけがねえ。ちなみに、このチェックを受けるまで、僕はそのボックスのことをゴミ箱だとばかり思っていた。

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2006/09/10

やったね、ジャ・ジャンクー(弟63回ヴェネツィア国際映画祭閉幕)

8月30日より11日間に渡って開催されていた弟63回ヴェネツィア国際映画祭が閉幕。『パプリカ』や『蟲師』といった邦画のコンペ出品も話題となったものの、多くのメディアはスティーブン・フリアーズの『The Queen』こそ本命と、その製作姿勢とクオリティを絶賛していましたが・・・果たして結果やいかに?

なんとサプライズ。中国映画『三峡好人(Still Life)』が金獅子賞を受賞しました。『プラットホーム』『青の稲妻』で有名なインディペンデント映画作家、ジャ・ジャンクーの作品です。ちなみに本作は映画祭コンペ部門のサプライズ・エントリー作品。そういえば昨年も『Takeshis'』がサプライズ・エントリーされてましたね。

『三峡好人』は、中国の三峡ダム開発に翻弄される人々を追った作品。94年に始まったこの世界最大規模のダム建設は、実に約113万人もの人々に立ち退きを迫り、彼らの人生を大きく変えていきました。激変していく中国の象徴をカメラに納め続ける、まさにジャ・ジャンクーならではの作品と言えるでしょう。ちなみに、2006年11月17日より開催される第7回東京フィルメックスでの特別上映が決定しています(11/17 18:30~)。もちろん、日本での劇場公開は決定済み。配給はジャ・ジャンクー作品ではお馴染みのビターズエンドです。

中国映画といえば、つい先日、ロウ・イエ監督が検閲を通さずにカンヌへ出品したとして5年間の映画製作禁止を言い渡されたばかりで、今回の受賞結果は暗にそれについての抗議を臭わせる、というのは明らかに言いすぎですが(笑)、ちょうど同じ時期に世界の注目が中国映画界に向けられることを考えると、そこで生じる世界中の微細な反応が中国映画人を救うための原動力になりうるかもしれません。

その他の主要賞は…

銀獅子賞(監督賞)アラン・レネ“Private Fears in Public Places”

主演女優賞 ヘレン・ミレン“The Queen”

主演男優賞 ベン・アフレック“Hollywoodland”

審査員特別賞 “Daratt”マハマット=サレー・ハルーン

ヘレン・ミレンの主演する“The Queen”は、こうタイトルだけ見ると、エリザベス1世が登場するような時代モノとも思われがちなんだけど、時代設定は意外や意外、1997年。それも衝突事故でなくなったダイアナ妃をめぐって騒然となる王室内で、ブレア首相とのやり取りを経てエリザベス女王がひつとうの決断にたどり着くまでを描いた作品。

英国のブレア首相は、まさに映画祭期間中に「1年以内に退陣しまーす」と宣言したばかり。ヴェネツィアでこの作品と共に退陣報道を知った人たちはデジャブでも見るように奇妙な気持ちに襲われたことでしょうね。

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2006/09/08

DRAGON'S DEN

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かつて日テレ系で放送され、深夜枠からゴールデンにまで伸し上がった番組「マネーの虎」をご記憶だろうか?現在、BBCではその英国版がオンエア中で、初めて観たときには目を疑ってしまった。その名もズバリ「DRAGON'S DEN」。虎がドラゴンに翻案されているというだけでもその文化のギャップが面白いが、日本で民放が企画・放送していた番組をあちらの公共放送が踏襲しているという点も面白い。もちろんスタジオは、日本の明るく赤裸々な感じから一転して、英国らしいシックで落ち着いた雰囲気へ。もちろんドラゴンたちは、愛想笑いなどしないし指摘も単刀直入だから、ちょっと怖い。

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2006/09/06

ステージを温めておく

結局、ステージでパフォーマンスを繰り広げていたミュージシャンの名前は分からなかった。MCは身体の大きな黒人の男で、「黒も白も金持ちも貧乏もない、みんな平等なんだ!」としきりに繰り返して観客を熱くさせていた。だがその直後、「ひとつジョークを言ってもいいか?」と問いかけ、「ノー!」と必死に声を上げる観客をものともせず、「バイクはどうして座って乗るかわかるか?」と切り出し、「それは、立って乗ると“TWO TYRE (too tired)”だからだ!」とのたまった。「オーッ!」と悲痛な叫びがそこかしこで巻き起こる。さっきまでの熱い雰囲気が台無しだった。

「ステージを温めておく」というフレーズはよく耳にするが、MCのダジャレを受けて登場したのは、ボブ・マーリーの息子、キマーニ・マーリーだった。

Hidepark_3 会場に歓声がこだまする。父にトリビュートを捧げるパフォーマンスの数々。それまで芝生に寝転がっていたオーディエンスが「おおっ!」っとステージ前に集結し、といっても激しい音楽ではないので、みんなで身体を揺らしながら、陽が落ちていく時間帯を泳ぐように体感した。

もうすっかりどこか見知らぬ草原にでもやってきたかのような解放的な気分だが、次の瞬間にハッとさせられる。

ここはロンドンのど真ん中なのだ。

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ハイドパーク礼賛

もうね、ノッティングヒルをある種の地獄と例えるならば(その例えもどうかと思うが)、ハイドパークは天国だった。早めにノッティングヒルを脱出してよかった。何せここでは自由に空気が吸える。一人あたりの敷地面積も充分確保できる。

そこではなんとも平和的な「カリビアン・ショウケース」というステージが繰り広げられていた。

無料ライブなので、無名のミュージシャンばかりなんだろうなと思っていると、ヒップホップにジャズにゴスペルにサンバに多種多様なジャンルがひっきりなし。のんびり寝転びながら眺めていると、目の前で小さい子供達がフリスビーをやり出した。つまり、僕がステージを眺める目線の途中で、常にフリスビーが飛び交っているわけだ。それは1度たりとも思うようには飛ぶことのないフリスビーだった。投げ方が悪いのか、それとも品質の問題なのか。

それでも子供達は楽しそうに円盤の飛んでく彼方を予測してガムシャラに走り、いちばんちっちゃな男の子に関して言えば、いちいちみんなとは反対の方向に走り出し、みんなと50メートルくらい離れた見当違いにもほどがある地点で「あれ!みんなどこ!?」などと我に返る始末だった。

しばらくして、彼らはクタクタに疲れて帰っていった。「疲れたね、でも楽しかったね」。彼らの中でフリスビーとは、投げるスポーツではなく、もはや“走るスポーツ”と化していた。

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2006/09/05

ノッティングヒル・カーニバル

バックホリデーのこの日、パディントンから30分くらいあるいたところにあるノッティングヒルでカーニバルが行われた。この日に向けてはニュースなんかでも「スリに注意!」だとか「交通機関を使うよりは、歩いた方が目的地まで早く着ける場合があります」などとコメントされており、バックの映像としては「地下鉄になだれ込む人が多すぎてとにかくとんでもないことになっている映像」が使用されていた。

こんな近場でどでかいイベントやってんのに、これは顔を出さないわけにはいかないでしょう!そんなわけで勢い勇んで乗り込んだノッティングヒル。ここまでたどり着くだけでも物凄い人の波に揉まれながら、時には悲鳴をあげそうになりそうなほど黒人のお兄ちゃんたちに囲まれてしまったりもし、何とか騎馬警官の跋扈する「ヒル」なエリアに足を踏み入れる。よく分からんが、これがノッティング「ヒル」ってことなのかな。もちろん騎馬たちときたらボロボロとクソの散布に余念がない。ったく、クソも踊ってやがるぜ。

ということで、やっとこさ目的地まで到着したわけだ。じゃあ、さっそくカーニバルを拝ませてもらおうか!

で、そこで得られた結果としては・・・

Noting

・何も見えなかった。

・カーニバルの「カ」の字も見えねえ。

・つーか、人多すぎ。

・散布されたクソ、多すぎ(おいおい、騎馬警官!)。

・もういいかげん、お腹がすいてきた。

・マークス&スペンサーでラップサンドを買って食べた。

・ぜんぜんカーニバルっぽくないけど。

・おいしかった。

・もう帰りたい。

そんな感じで、お腹が満たされると変に弱気になってしまいました。こういう思考回路を経て、俺的ノッティングヒル・カーニバルは早くも終了(イベント自体は夜まで続いたいたようです)。

その後、敗北感に苛まれて首を垂れながらハイドパークを歩いていると、おやおやもういっこ、比較的のどかなイベントを発見しました。

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2006/09/04

バンクホリデーの過ごし方

イギリスには年に8回の法定休日がある。NEW YEAR'S DAY、GOOD FRIDAY(イースター前日の聖金曜日)、EASTER MONDAY(イースター後の月曜日)、MAY DAY(5月の第1月曜日)、SPRING BANK HOLIDAY(5月の最終月曜日)、AUGUST BAK HOLIDAY(8月の最終月曜日)、CHRISTMAS DAY(12月25日)、BOXING DAY(12月26日)。

今年のAUGUST BANK HOLIDAYはレディング明けとなる8月28日。当然、多くの店はCLOSEDとなる…とばかり思っていたものの、郊外の小さな町ならばまだしも、ロンドンの街でこれが適応されると思ったら大間違いだった。試しにボンド・ストリートまで歩いて行ってみると、多くの店がOPEN状態。さっそくHMVに乗り込んで、ブリティッシュ・コメディのDVDを物色。

Little ・LITTLE BRITAIN 2ND SERIES £21.99
・THE LEAGUE OF GENTLEMEN 2ND SERIES £7.99
・THE LEAGUE OF GENTLEMEN 3RD SERIES £7.99
・FATHER TED BOX £39.99
・YES,PRIME MINISTER £8.99
・THE BEST OF PETER COOK & DUDLEY MOORE £7.99

以上のタイトルを抱えて店内をウロウロしていると、HMVの店員が寄ってきて軽くマークされているような気がして、こちらの極度の被害妄想かもしれないが、精神的にはアウェイの雰囲気漂う時間帯が続く。かとおもうと、店内に聞き覚えのあるイントロが流れ始め、BEN E.KINGの「WHEN THE NIGHT~♪」という歌いだしと共に、後ろの店員も「WHEN THE NIGHT~♪」と口ずさみはじめる。「STAND BY ME」である。なかなかいい歌声だったので何か一言声をかけてあげればよかったが、彼のヒゲ面がそれを微妙に妨げる。

というわけで、合計£94.94。日本円で2万2000円くらい浪費してしまった。レジでは女性店員に「あら、THE LEAGUE OF GENTLEMEN!私も好きだったけど、もうお腹いっぱいよ」と祝福を受ける。微妙な気持ちがさらに高ぶる。

Bolly 去り際、CDランキングの30位くらいの、はっきりいってそんなステータスなんてどうでもいいところに、その名も「bollywood」という3枚組みCDを見つける。40年代~80年代までのインド映画音楽の数々が「DISCO」、「ROCK & ROLL」、「KITSCH」の3カテゴリーに分類。そのカテゴライズもどうなんだ。もちろんこれも購入。どういうわけか「£6.99」のものと「£8.99」のものとがあり、その2ポンド分の差異が肉眼ではまったく確認できない。まあ、日本でもそういうディスカウントショップってあるけどさ。ここは間違いなくHMVなんだからさ、ちゃんとしようよ。

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2006/09/02

天使のような子供たち

ようやっと会場を出てレディング駅への道のりに乗ると、目の下に涙模様のメイクを施した黒ドレス姿の女性がいて、誰構わず罵っている現場に出くわす。彼氏のような人が懸命にたしなめているが、彼女はその行為が天命だと勘違いしているのか、一向にやめる様子はない。

そんな光景に気をとられていると、10人くらいの子供達に「もう帰んの?」と声をかけられた。

「うん、そうだよ」と答えると、「じゃあ、リスト・バンドをちょうだい!ちょうだい!」とねだられる。予想でしかないが、多分、彼らは地元の子たちで、毎年こうやって無料でライブを見るためにあの手この手で策を練っているのだろう。

いくつかのイギリス映画で見た子供達のように凄く健気に思えてきて、「ああ、いいよ。でも、このバンド、取れる?」と手を差し出すと、みんな「サンキュー!」と大はしゃぎ。どうすんのかと思って見ていたら、これがまたなんとも万全の役割分担で、「おい!お前の出番だ!」とガキ大将っぽい奴が声をかけると、「ほらきた!」とばかりにいちばん歯の強そうなちっちゃい子が飛び出してきて、周りに「がんばれ!がんばれ!」と祝福を受けながらリストバンドの接着部分に懸命に歯を立てる。そうやって始まったリストバンド解除作業。「うーん!うーん!」と少年は必死になって歯を駆使。まるでこの日のために1年間、歯磨きを欠かさなかったかのようだ。

数分後、見事にバンドは少しヨレヨレな形で解除された。その代償として、私の手首は少年のヨダレでダラダラに。何度か狙いが反れて突き刺さった歯の感触も深く浅く残っている。そんな彼らといえば、獲物が手に入るとその態度も実にあっさりしたもので、次の獲物を探すために「わーっ!」っとすぐに消えていなくなった。

彼らは無事、パールジャムのステージを見れただろうか、と帰りの列車の中で幾度となく思い出す。あの歯の強そうな子。あんな頑張り屋さんが、結局、いちばん貧乏くじ引いてライブ見れなかったりするんだよね。まあ、そういう奴がいずれガキ大将になって、また下っ端の子に同じことさせるんだろうけど。

列車の中で何度かまどろむ。あまり意識はしなかったが、ずっと徐行運転が続いていた。到着間際になって「ちょっとしたトラブルがあって徐行運転を続けて参りました。でもだいじょうぶ。すぐに到着です」とアナウンス。

パディントンのホテルに帰宅すると、24時ごろからBBC2で「レディング・フェスティバル・ダイジェスト」がオンエア。見逃したパールジャムやMAXIMO PARKをブラウン管越しに体験。番組進行の部分はどうも会場からの生放送らしく、マイクが数々の雄叫びを拾っている。

さっきまで、あのテレビの中の風景にいたのに、いまはテレビを眺める側の人間になっている。このたったブラウン管一枚の仕切りを移動するのに、結構な体力を消耗したものだ。

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やがて陽も暮れはじめ

その後、SLAYER、BOY KILL BOY、KLAXONS、HOT CHIP、PKACEBOなどなど。特にSLAYERは、ファン層がヤバイ。そんな革ジャンみたいなの着て(しかも銀色に輝く突起物がいっぱい付いている)暑くございませんか?などと問いただしたくなるも、いったん「ああん?」と凄まれれば即アウトな感じなので、ここは何も触れずにおく。 一言たりとも歌詞が聞き取れなかったが、圧倒的な迫力と雄叫び。ヘッドバンギングのしすぎて首が取れそうになっている人を何人か見かけたが医者は必要なかったようだ。

Reading01 会場内では立ち上がって元気に絶叫を続ける人もいれば、相変わらず寝転がって死んだように眠っている人もいる。しかしいったん臓器に沁みる縦ノリのリズムが響き始めると、死人たちもムクリ起き上がりゾンビのように惰性で上下。会場のボルテージも上がる、上がる。

気になっていたHOT CHIPのステージも面白かった。メンバーが横一列に並んでリアルタイム・チャットでもしているかのような異様なパフォーマンス。結果的にそのシンプルで実直な感じがオーディエンスの中の何かに火をつけ、なんだか凄い盛り上がりに。それほど有名じゃないのかと思っていたら、彼らのアルバム「WARNING」は英国&アイルランドにおいて過去12か月内にリリースされたアルバムの中から最優秀作品を決定するマーキュリー・プライズにノミネートされるまでに評価されていた(→9月5日にARCTIC MONKEYSの“Whatever People Say I AM, That's What I'm Not”の受賞が発表されました。HOT CHIP、残念!)。ブリティッシュ・ポップスの中で明らかに異色の存在。

PLACEBOのギターの人は最後に楽器を木っ端微塵に破壊して帰っていった。実際、彼の家ん中もあんな感じなんだろうか。いや、意外と几帳面に整理整頓する性質と見た。

この日は日曜ということもあり、英国の鉄道ダイヤは通常と大きく異なる。しかも連日のテロ騒ぎで時々「点検作業」が相次いでいることも懸案事項の一つだった。そして、このおびただしい数万人の観客がいっぺんに帰途に着く終演時の大混乱を考えると、その心配はだんだんMAXになってきて、パールジャム、MAXIMO PARK、アニマル・コレクティブといった各会場の大トリを務めるアーティストのステージを泣く泣く断念して、レディング駅へ。

帰り道、何度か方向を間違えて何だかとんでもないところに出てしまう。改めて係員に道順を聞くと「いったんメイン・ゲートまで戻りなさい」という酷い通告。サヨナラしたゲートに何度か再会してしまう、なかなか縁の切れないダラダラ交際みたいな時間帯が続く。

その間、会場には「パールジャム!パールジャム!」とはしゃぐ人たちの群れがひっきりなしに押し寄せている。まるでレディングの盛り上がりはいまからが本番とでも言わんばかりの高揚感があたりを包み込む。パールジャムのステージは22時ごろから24時近くまであるらしいが、実際これだけを観にやってきているような小ギレイないでたちの観客も多し。他のアーティストなんて眼中にないってか。「一日券」の使い方も様々である。

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BSSがやってきた

Bss レディング3日目ラインナップの中で楽しみにしていたカナディアン・バンド、BROKEN SOCIAL SCENEがBBC1ステージにやってくる。このグループのメンバー数は常に流動的で、とある最大観測時には17人くらいにも膨れ上がっていたんだとか。

前ステージのヒップホップ・グループGOLDIE LOOKIN CHAINがかつてない盛り上がりを獲得している側から、「あ、すみません…、あ、踏んじゃった、ほんとすみません…」とスゴスゴ前方へ移動。ようやくGOLDIEのステージが終わり、さあ立ち去ろうとする観客とは全く逆流する形で更なる前方へ。くっそう、あたりは背が高い奴ばっか。なんとか場所をキープしようと、狭い足位置で小刻みに座標調整。ステージではメンバーがチューニングを開始。その間じっと待ちわびる群集は、たびたび見舞われる飛来物のせいで頭上注意に余念がない。ちょうど頭2個分くらいのピーチボールならまだしも、ときどき水の入った紙コップまでもが飛んでくる。突如「ビシャーッ!」と激しい音がして隣の男を見るとなんだか激しく濡れている。男は極めて冷静に「耳に入った…」とタオルで耳を丁寧に拭いていた。

これらの水は係員がたびたび群集に投入しているものだ。内部で誰かが脱水&悶絶せぬように、おのおの勝手に補給してくれい、ということなのだろう。でも時々、それが後ろまで行き渡らぬままに、一口飲んでそのまま頭上に放り投げる輩がいる。水リレーを放棄するとは、こんちきしょうめ。

Bss02 そうやって戦々恐々としている間に、ステージ上にはズラリ8人くらいのホーン部隊が並び、これまでのレディングの縦ノリとは一味違った響きが、彼らの壮大なパフォーマンスの開始を告げる。続いてゾロゾロとメンバーが出現。大所帯バンドなだけあって奏でられる音が分厚い波となって耳に届く。同じカナディアン・バンドのMETRICのエミリー・へインズがゲストボーカルとして参加したり、ホーンやストリングスを足したり引いたりと、曲によってガラリと編成を変えて届けられるお馴染みのナンバーたち。頭上では相変わらずビーチボールやら紙コップが飛び交っている。グルグルと会場の熱気を確かめるように形を変えて繰り返されるメロディーを受けて、隣にいた男女グループが円陣を組んで何やら聞き取れぬ掛け声を掛け合いながらグルグルと回転し始める。当然、そこにも紙コップが投げ込まれる。びしょ濡れになる彼ら。しかし回転をやめる気配はまるでない。それは惰性なのか、それとも本能なのか。

ちなみにBROKEN SOCIAL SCENEは、現在アメリカで公開中の映画『HALF NELSON』の音楽も担当。公式サイトでも楽曲が聴けるので、ぜひチェックされたし。

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2006/09/01

ラストステージだなんて知らなかった

Hots_1 まさか帰国してから、彼らの解散宣言を知らされるなどとは思ってもみなかった。そしてその解散宣言はなんと僕の目の前で行われたのだという。今になって思えばそれなりに会場が動揺していたようにも思えなくもない。情けなくも彼らが何を喋っているのかよく分からなかった僕は、ただ「凄い演奏だなあ」と口を開けて見ているばかりで、きっと自分の耳が「separate」や「decided」などというキーワードを拾ったとしても、まさかそれが「解散」に直結する言葉だとは思いもしなかっただろう。でもいま振り返ると、この日のHOPE OF THE STATESのパフォーマンスはその決意のほどが頷けるくらいに圧倒的なクオリティだった。遠目で眺めていたせいか、バンドの音が完全一体となって身体に飛び込んできた。どんなに激しく爆音を奏でようと、音の粒子が鋭く会場に突き刺さろうとも、それらを形容するには「繊細」の一言しか思い浮かばない。演奏が始まった時にはまだ余裕があった会場(テント張りになっているのだが)が、いつの間にか人で埋め尽くされていた。彼らは身体でリズムを刻むでもなく、腕を上下させてタイミングを計るでもなく、まるで峠から遠くの落雷でも眺めるかのように荘厳な表情で、じっとステージを見つめていた。

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ダイブ禁止

Fr_1 リーズ出身の“Forward Russia”は、つい最近になって日本版が発売されたばかりのパンク・ロックバンド。とにかくヴォーカルのハイテンションかつキーの高い歌声&マイクのコードをグイグイと首に巻きつけるパフォーマンスも相俟って、後から確認すると一枚たりともきちんと撮れた写真はなかった。でも、それでこそForward Russiaなのだし、画像に行儀よく写りこんだ彼らの姿など誰が見たいものか。 彼らはいつもライブでバンド名の略称「FR」を記号化した「¡ !」とプリントされたTシャツを着用しており、この日に会場のあちこちで撮った写真を見返すと、そこにやたらと同じTシャツを着た輩(ファン)の写りこんでいるのを確認することができた。

YOU TUBEで目にしていたとおり、彼らのライブにダイブは付き物で、オーディエンス側からステージに向けて次々にダイブ人間がベルトコンベアーのごとく運ばれてくる。なんかこんなシーンをチャップリンの映画で見たな。そのダイブの流れを察知し素早く5人がかりで体勢を構える屈強な係員たち。まるで湖で釣ったブラックバスをその場で放流するかのようにキャッチ&リリースは繰り返される。

Dive_1 ちなみに会場には、気休め程度の注意事項として「ダイブ禁止」のマークが貼られてある。このキュートな感じは、むしろ「ダイブ奨励」と受け取れなくもない。

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