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2006/10/22

『デート・ウィズ・ドリュー』

かのモーガン・スパーロック氏が、マック・メニューだけで食生活を送るという無謀な行為をSHOW化(『スーパーサイズ・ミー』)してみたり、アラブ人嫌いな青年にムスリム地区に放り込んで共同生活させてみたり(『モーガン・スパーロックの30デイズ』)と、ドキュメンタリーの分野にあらゆる革命を起こしたのは記憶に新しいが、それと同一の方向性としてまたとんでもない映画が誕生した。

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「30日間のうちにドリュー・バリモアとデートする!」と勝手に決め込んだ男が、あらゆる手段を講じてその実現に奔走するという新作ドキュメンタリー映画…

その名も『デート・ウィズ・ドリュー』。

そもそもの発端は、クイズ番組で1100ドル獲得した最強の無職男ブライアンが、その賞金を元手にとんでもない挑戦を企ててやろうと考えたことだった(ちなみに最終クイズの答えも「ドリュー・バリモア」だった)。まずは自分の映像仲間を集め、幼い頃からのドリューへの想いを赤裸々に告白する。映像クリエイターをやってる彼らは、身近なコネを手繰り寄せたり、ドリュー宛てにこのプロジェクトの予告編ビデオを送りつけたり、偽造プレスカードを使って『チャーリーズ・エンジェル フルスロットル』のプレミアに侵入しようと画策したり、とにかく怖いもんなしとばかりにトコトンやる。そしてついにクライマックス、彼らがどんな運命を辿ることになったかについては・・・それは配給会社との“お約束”があるので、ここでは一切明かせない。

mixiなどやってる人ならば「Six Degrees of Separation」という言葉を一度くらいは聞いたことがあるのではないか。「世界の任意のふたりをつかまえて、その関係性を探れば、だいたい6人を介したところですべて繋がる」という考え方だ。

この映画では、主人公“ブライアン”から目的地“ドリュー”までの距離度がたびたび「介在人数」によって表現される。

「Aという脚本家がドリューのことを知っている。僕の友人の知人の知り合いがその脚本家だから、図式化すると、僕→友人→知人→脚本家→ドリュー、ということになって、つまい距離度は4ということになる!」

つまり、仮に男性がドリューとデートするという願望が成就する時、この距離度は一気に「1」となるわけだ。

このさりげないミッション構造が実に面白い。それはドリューへの愛情がどうとかいう下世話な内容を超えて、すでに「世界の距離感をいかにして捉えるか」というコミュニケーション計測器として完成している。

と同時に、それはこの世のあらゆる国、地域、社会、グループにおける“わたし”と“あなた”との距離でもある。もちろん、目に見える距離と実際の距離とはずいぶん隔たりがあるだろう。そりゃ、ほんの至近距離にいる“誰か”になかなか想いが伝えられず、すでに10年…っていう人もザラにいるだろうし、世界の裏側から昨日やってきたばかりの金髪美人と意気投合して明日には結婚してしまう人だっているだろう。

そしてもちろんこの映画は、主人公ブライアンからドリューへの純粋な想いと、それを実現させようとする計り知れない熱意とが源となって作られた意欲作だ。その想いがこの企画の核となり、90分間のアメリカンドリームを底抜けに楽しく、見ていて勇気の出るドキュメントに仕立て上げている。

普段なら辿り付くのが不可能な距離、それが距離度「1」として示される瞬間。それは、誰もが待ち望む「夢を掴み取る瞬間」なのである。

個人的には、かつてドリューと交際したことがあるという『グーニーズ』(85年)の悪ガキ役、コリー・フェルドマン(!)が登場したのがかなりツボでした。確かにオッサンになったけど、いやいや、あのときの面影は確かに残ってる!(『グーニーズ』の主人公マイキー役のショーン・アスティンは、『ロード・オブ・ザ・リング』のサム役としてスクリーンにカムバックしたけどね)

果たしてこの壮大なプロジェクトに、ドリューがいかにして応えるのか?この続きはぜひ本編で。

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