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2006/11/30

『007 カジノ・ロワイヤル』

9.11以降、アクション映画のあり方は大きく変わった。あらゆる意味で現実がフィクションを凌駕し、歴史的裏づけのない大量殺戮、一般人を巻き込んだ大爆破などはタブー視されるようになった。エンターテインメントとは時代の産物なのだとあらためて思う。爽快感の定義は時代によって大きく変わるのだ。

そんな中、老舗007本舗がその方向転換に生き残りを賭けたことは懸命な判断だったといえる。原作小説はとうに底を突き、あのまま加速していたら、それこそ次の相手は火星人とかになっていたに違いない。そして20世紀のロミオとジュリエットとまで呼ばれ(僕がそう呼んでいるだけだが)決して結ばれることはないと思われていた「007」ブランド(MGM)と「カジノ・ロワイヤル」映画化権(ソニー)とが、製作会社の統合により運命の再会を果たしたことも、この流れをいっそう加速化させる原動力となった。

というわけで、007シリーズ最新作の土台となるのは、原作の第一作目にあたる「カジノ・ロワイヤル」(イアン・フレミング作)。そこでは殺しのライセンスを得てまだ日の浅いボンドが“洗練”とは程遠い無骨さで危険に立ち向かう。まさに前任のブロスナン時代とは180度違った世界観。気になる時代背景は、原作の「冷戦初期」から「現代」へと華麗にスイッチング。つまり今回の作品を外観すると、こういうことになる。

「突然ですが、前のボンド(ボンド像)は事実上リストラされました。でもどうかご安心を。当シリーズはいったんリセットされ、007誕生の瞬間からもう一度、歩き出します」

とは言うものの、すべてが心機一転というわけでもなく、ジュディ・デンチは直属の上司M役を続投し、一方で秘密道具開発担当のR(Qを演じていたデスモンド・リュウェリンが死去したのち、モンティ・パイソンのメンバー、ジョン・クリースがその後任者Rを担っていたのだが)は姿を消した。監督にはピアース・ブロスナンが007役に初登板した『ゴールデンアイ』(95)でメガホンを取ったマーティン・キャンベル。その後、『マスク・オブ・ゾロ』でも評価を得るが、続編『レジェンド・オブ・ゾロ』(05)では見事に失速し、今回は汚名挽回をかけた登板となった。そして何より、新ボンドに任命されたダニエル・クレイグにとってみれば、まさに世の審判を仰ぐかのような複雑な心境だったに違いない。

だがフタを開けてみれば、万事快調。全英、全米ともに大ヒット。この調子で日本でもそれなりにヒットするだろうから、僕としてはこれで安心。好きなことが書ける。

この映画はとある陰謀を追っかけたリレー形式で話が進む。前半部には2段構えの息の長いアクションが組まれ、次に訪れるハイライトにはなんとカジノでのポーカー対決が据えられる。カードをめぐるやりとりの狭間に踏んだり蹴ったりの分刻みの小イベントをこなしつつ、基本的には各出演者の演技合戦がメインを占める。ここまでの流れはポール・ハギスによる脚本の筆致もあってか、実に見事な腕前。というか、なんだか不思議な新食感。

特に鏡の前で自らを叱咤激励するボンドの思わぬ素顔や、聡明なボンド・ガールを演じるエヴァ・グリーンがふと見せる哀しい表情は、まさにハギス起用の成功を確信させる名シーンだ。

しかし、この最大の見せ場を脱して残り時間を確認したときに、かすかな不安がよぎった。ここから007チームが全身全霊を込めてお贈りする大どんでん返しショーとなるはずが、「~週間後」という時間経過と、いくつかの言葉だけの説明による小ビックリとが詰め込まれ、これまで順調に観客をリードしていたリレーがプツンと事切れる。そしていざストーリーが大きな波に到達しようとするとき、そのタイミングが極めて散漫になる。プロットの複雑性をストイックに追い求めた結果、作品が観客をリードする立場から逆にリードされる立場へと転落してしまったように、少なくとも僕にはそう感じられた。

今回の日本公開で見守りたいのは次の2つ(これを書いているのは日本公開の前日です)。

①果たしてボンドの路線転換が観客にどれだけ理解されるのか(原作シリーズの弟一作目『カジノ・ロワイヤル』を現代版に描くということ、またこれまでのボンド像がリセットされるということ、あるいは「ジェームズ・ボンドが007になるまでの物語」というキャッチは、幾ばくか観客を混乱させることがないかどうか)。②クライマックスのプロットを観客がどう観るか(クライマックスをリードするのは製作側か、それとも易々と先を読んだ観客か)?

あとは③として「ダニエル・クレイグは受け入れられるか?」としたいところだが、すでに答えは出ているようだ。本作で世界中の多くの観客がダニエル・クレイグ大好きっ子と化しているように、僕も今のところ彼の佇まいが大好きである。日本人にしてみれば、あの青い眼はこれまでの現実離れしたボンドにも増して宇宙人的に見えるんだけど、そんな何考えてるんだか分からない男がふとした瞬間に物凄く人間くさい仕草を決め込んで、観客の側にズズズッと譲歩してきたりする。そのギャップ作りの巧さがこの俳優の特権性を感じさせる。来年にはニコール・キッドマンとの共演作が2本も待機しているが、2006年10月に公開された主演作『レイヤー・ケーキ』は小品ながら拾い物の快作なので機会あらばぜひご覧あれ。

次回の007『BOND22』(仮題→007シリーズは正式なタイトルが決まるまでこのような仮題で制作進行される。ちなみに、この順番に1967年版『カジノ・ロワイヤル』と1983年の『ネバー・セイ、ネバー・アゲイン』は含まれていない)は2008年に公開予定。再び原作から離れオリジナルの脚本が展開することとなるが、果たして今回のようなストイック路線の継続で行くのか、それともかつてのSF路線に舞い戻って火星探索でもやらかそうというのか、不安は募るばかりだ。けれど、少なくともクレイグならば火星においても健さんばりの人間臭さで任務を遂行してくれるかもしれないなあと、朦朧とした頭で漠然とそう考えている。

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ダニエル・クレイグ版『カジノ・ロワイヤル』DVDが遂に5月23日に発売決定。ピーター・セラーズ主演の幻のコメディ映画『カジノ・ロワイヤル』とはくれぐれも間違われませんように。

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