『トゥモロー・ワールド』
『トゥモロー・ワールド』・・・。この大風呂敷を広げたような(あるいはちょっとディズニーランドっぽくもある)タイトルを目にして、「ああ、やばいなあ、いかにもB級の失敗作っぽいなあ」などと考える人もいるかもしれない。打ち明けるならば僕もまさしくその類の人間だった。映画を観る前から気合を入れずにはいられないこの心理状況。まあ、負け戦に挑むのも悪くはない。どんなにヒドイ映画だったか、後で友人に笑って話してやろうか。はっはっは。
しかしながら、これは上映開始たった5分で分かることだが、本作は紛れもない傑作である。
『天国の口、終わりの楽園』で若者の馬鹿騒ぎの奥に寂寥感をにじませ、『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』で前2作の教科書どおりの退屈な世界観を覆す極上のビジュアル感覚を導入したアルフォンソ・キュアロンは、2027年という現代から換算してみても“近からず遠からず”の未来世界を絶妙な距離感で視覚化してみせる。これほどの最新VFXを施された映像なのにも関わらず、この映画が観客に対して切り出すのは、「物語」ではなく「状況」だ。突如、能書きもなく幕が上がれば、そこはひたすら「状況」が横たわっている。ニュース映像、カフェ、淹れたてのコーヒーを受け取る、ふと立ち止まってカップにちょっとだけウイスキーを垂らす、そして…。
なんのことはなく1ショットで撮られるこのシークエンス。それも、これ見よがしな長回しではなく、後から気が付けばそうだった、というだけのことだ。さも、それが当たり前のように1ショット撮影=状況が展開する。この冒頭5分、我々は突如として何の説明書きもなく「状況」の中に放り込まれ、それは加速度的に展開していくのだ。
その精巧さを物語るために、僕はピエロ役を担うことにする。つまり、少しだけ本作の「状況」を紹介しておこう。
舞台は2027年の英国。人類が子供に恵まれなくなって久しい未来。最後に生まれた子供はもうすぐ成人、というくらいなので、もう20年近くもご無沙汰しているという状況だ。テロや暴動、それに移民問題なども手伝って、社会状況がカオスを呈している中で、主人公(クライヴ・オーウェン)はとある反政府組織の守護下にある移民少女の存在に触れる。彼女はひとつの秘密を抱いていた。このことが持つ政治的意味は大きい。だからこそ、反政府組織は来るべき時に備えて彼女の存在を隠し通そうとしている。その動向に気付き、主人公は彼女を連れ立って、一路、港を目指す。そこから出航する船に乗って、外の世界へと旅立つために。
と、これだけの内容が、本作では映像のみで伝わってくる。今ここで、これだけの能書きを垂れてしまった自分が何と気恥ずかしく感じられることか。
この「状況」を推し進めるべく、キュアロンは編集による効果を最小限度にとどめ、カメラを人間の目線に据えて映像を紡いでいく。よって普段の映像作品に観られるフィルム上を“縦一列”に縦断していく感覚はなりをひそめ、常に横に向けて滑らかに延長していくかのように自然な連なり見せる。その滑らかさが圧巻なのである。
そして回しっぱなしのカメラの前で、開きっぱなしのマブタの前で、次々にとんでもないことが起こっていく。暴徒に襲われ、車で逃走し、無限に広がる移民収容所でとめどなく歩き回る…そして激しい暴動、戦闘。とくにラストの8分間は壮絶過ぎて思わず息が乱れる。そして完全にカメラの存在を忘れてしまう。なるほど、カメラマンというものは、その存在を誇示する形で手腕を発揮することもあれば、その存在を完全に消す、といった主張もありうるのである。(その真価のほどは、『リアリティ・バイツ』『ニュー・ワールド
』の撮影監督エマニュエル・ルベッキがヴェネツィア国際映画祭で技術貢献賞といった形で賞賛されたことでも明らかである)
壮絶さだけではない。この映画のラストには、この世で最も愛され、また憎まれもした書物のエピソードが形を変えて出現する。戦場で垣間見られるそのあまりにも神聖なワン・シーンが、まさに奇跡の定義を塗り替える瞬間として刻印されている。
これだけの「状況」を描きながら、上映時間は1時間49分。それもまた、ある種の奇跡といえるのかもしれない。
■この記事が参考になったら押してください→人気ブログランキング
●恐らく2006年公開作において最も評価の分かれた作品『トゥモロー・ワールド』が3月21日にDVDリリース。60分を超える特典映像には、あの驚くべき長回しの撮影の裏側に焦点を当てたドキュメント映像や未公開映像も収録されるなど、この映画の虜となった人々にとって満足のいく内容になっています。
このブログ筆者の日記はこちら
その他の最新レビューは倉庫で探してみてください
| 固定リンク
「映画・テレビ」カテゴリの記事
- 『ミスト』(2008.04.29)
- 『スカイ・クロラ』(2008.05.15)
- 『TOKYO!<メルド>』(2008.05.31)
- 『やわらかい手』(2007.12.10)
- 『ザ・フィースト』(2008.02.03)
トラックバック
この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/137483/12704705
この記事へのトラックバック一覧です: 『トゥモロー・ワールド』:
» トゥモロー・ワールド Children of Men [travelyuu とらべるゆう MOVIE]
クライヴ・オーウェン、ジュリアン・ムーア、マイケル・ケイン主演
2027年 ロンドンのエネルギー省に勤めるセオは人類で一番若い
18歳の少年が死んだ事をニュースで知ります
この18年間新たな人類誕生をみない世界になっていました
セオは突然 前妻で今は反政府の主導者になっているジュリアンに
拉致されてしまいます その目的は妊娠した少女を
ヒューマン・プロジェクトに引き渡す為に政府発行の通行証を入手しろ
と言う事なのです セオにはその力は無いと拒否しますが
いつの間にか少女救出に力を貸すこと... [続きを読む]
受信: 2006年11月20日 (月) 23時13分
» 【劇場鑑賞127】トゥモロー・ワールド(原題:CHILDREN OF MEN) [ダディャーナザン!ナズェミデルンディス!!]
2027年
子供が誕生しない未来
そう遠くない明日
人類だけが地球から消え去る
唯一の希望を失えば、人類に明日はない
[続きを読む]
受信: 2006年11月21日 (火) 19時36分
» トゥモロー・ワールド [eclipse的な独り言 ]
昔、「エグゼクティブ・デシジョン」というカート・ラッセルとスティーブン・セガ [続きを読む]
受信: 2006年11月26日 (日) 17時30分
» ビリオンダラー・ベイビー@トゥモロー・ワールド [憔悴報告]
『トゥモロー・ワールド』は、過去数年に渡っての最強の娯楽映画である。
今劇場で観なければあなたは負け犬だ。
すぐに映画館に行きたまえ。
話はそれからにしよう。
[続きを読む]
受信: 2006年11月27日 (月) 12時00分
» トゥモロー・ワールド(鑑賞後記1)「絶望」と「誕生」 [Tod&Pig E-OWLFans. -映画・小説-]
冷戦が終わり、20世紀終わりから民族紛争が始まる。911も起き、アメリカ一国体制が続いている、21世紀が撮す未来『トゥモロー・ワールド』テロ、紛争、宗教、子が生まれぬ究極の高齢社会。その地獄の未来で、人の信念が起こす汚れ、死が連なる中で、『産』という奇跡を剥...... [続きを読む]
受信: 2006年11月28日 (火) 00時47分
» 映画/トゥモロー・ワールド [ サ バ ペ]
映画「トゥモローワールド」
原題:CHILDREN OF MEN
監督:アルフォンソ・キュアロン
原作:
出演:クライヴ・オーウェン,ジュリアン・ムーア
キウェテル・イジョフォー,マイケル・ケイン... [続きを読む]
受信: 2006年11月29日 (水) 21時59分
» ★「トゥモロー・ワールド」 [ひらりん的映画ブログ]
2006.11.18公開初日のナイトショウ(0:00〜)で見てきました。
原題は「CHILDREN OF MEN」=「人類の子供たち」って意味。 [続きを読む]
受信: 2006年11月29日 (水) 23時46分
» 「トゥモロー・ワールド」見てきました [よしなしごと]
SF映画かと思っていた「トゥモロー・ワールド」を見てきました。 [続きを読む]
受信: 2006年11月30日 (木) 02時26分
» トゥモロー・ワールド(CHILDREN OF MEN) [MR.G in 我々はネコだ、抵抗は無意味だにょ]
『トゥモローワールド』公式サイト
腹がよじれるほどの傑作。
X-MEN IIIもスーパーマンリターンズもアッサリ吹き飛ぶ。
脚本と映像、どちらも至高の一品。
絶対に映画館でやってるうちに見るべき、DVDなど待たずに。
映画好きなら何をおいても見ておかなければならな... [続きを読む]
受信: 2006年12月 3日 (日) 19時53分
» 『トゥモロー・ワールド』 [シネマトカピクニック]
はじめに:私の周囲の人々によるこの映画に対する評価の高さと、自分の評価との差異にとまどう、いや、差異にとまどうというか、その差異の所以を自分ではっきりつかめなかったことにずいぶんと悶々とさせられました。ゆえに、いつも以上にまとまらないままに書いています。..... [続きを読む]
受信: 2006年12月17日 (日) 22時03分
» トゥモロー・ワールド 07078 [猫姫じゃ]
トゥモロー・ワールド CHILDREN OF MEN
2006年 英 アルフォンソ・キュアロン 監督クライヴ・オーウェン ジュリアン・ムーア マイケル・ケイン キウェテル・イジョフォー クレア=ホープ・アシティ チャーリー・ハナム
う〜ん、、、...... [続きを読む]
受信: 2007年4月13日 (金) 13時07分








