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2006/12/20

『ハッスル&フロウ』

 2005年度アカデミー賞において主題歌賞受賞&主演男優賞(テレンス・ハワード)ノミネートを果たした快作ながら、日本ではものの見事にレイトショーへとスルーされたヒップ・ホップ・ムービー。あるいは、『8マイル』、『ゲット・リッチ・オア・ダイ・トライン』に続く、ラップで輝ける人生を掴み取ろうとする男の物語・第3章(そんなシリーズ物ではありません)。

 といっても、こちらの主人公は40手前のしがない男だ。

Hustleandflow_2 

 メンフィスのストリートでポン引き(ハッスル)稼業を営む主人公D・ジェイ(その名前のせいで、もちろん作中では「ああ、あれか、レコードをキコキコ回すやつか」と小馬鹿にされたりもする)が、やがて地元出身の大物ミュージシャンに認められようと一念発起し、スネオヘアーばりの宅録機材を駆使してで即席メンバーと共にコツコツとデモテープを作り上げる、というストーリーだ。

 そもそもこの時代に“テープ”という響きこそが世代のギャップを感じさせるところ。もちろん『いまどきカセット・デッキなんて誰も持ってねえぜ』ってな周りのツッコミも忘れない。

 湯水のごとく金を費やして作られた有名ミュージシャンのミリオンセラーよりも、「宅録」という響きにこそ敏感に反応する奇特な人も少なからずいるのではないだろうか。そういう観客にとって、この映画はまさに至福の時間を与えるものに違いない。

 部屋の壁は卵のパックで防音し、教会のオルガン弾きの若者をメンバーに引き入れ、幼なじみのエンジニアをアドバイザーに迎え、浮浪者から買い求めたキーボードがやがてキーとなるシンプルな和音を奏で始める。それに乗っかる女性コーラス、そしてオッサン主人公のぎこちないラップ…いや、それはやがて極上のフロウを醸成し、メンバーはひとえに恍惚な表情へと包まれていく。

 この世界で最も簡易なレコーディング風景は、まさに人生の高みを手繰り寄せていくかのような力強さと手応えを兼ね備え、まさに見てる間は鳥肌が立ちっぱなし。また音楽に魅せられた者たちがそれぞれに情熱を吐露する描写では、情けないまでに赤裸々な負け組みの想いが、(同じ“負け組み仲間”としての僕の)胸を締め付ける。

 そして運命のラストの20分がやってくる。

 このくだりがなければ、本作は「力のこもった音楽映画」としてごく平凡に処理されただろう。これに抗うかのように、監督のクレイグ・ブリュワーは、最後の最後で、この映画と即席メンバーとの間に流れる極上のフロウを、“伝説”の発芽としてパッケージングする。

 すべての人々が大成功を納めるほど世の中そんなには甘くない。しかし、人から人へといくつもの媒介を経ながら、その影響力は少しずつ拡がりを見せていく。その伝染力は決して偽りではない。そうやって何かが芽吹いていく瞬間を克明に刻もうとするこの映画の意志を、僕は最大限に評価したい。それは夢物語でもなんでもなく、誰ものごく近場にある、平均的な夢のかけらなのだ。観客はそれを握り締めて劇場の外へと帰っていくだろう。そしてこの映画を体感したすべての人々の身体の中で、D・ジェイのフロウは永遠に対流を続けるのである。

ハッスル&フロウ
監督:クレイグ・ブリュワー 出演:テレンス・ハワード アンソニー・アンダーソン タリン・マニング(2005年/アメリカ)

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突拍子もない設定ながら、最後にはビシッと崇高な音楽精神へ。ずっと昔にやりのこした夢がムクリと顔を起こし、ウズウズと胸を高まらせる。そんな遅れてきた少年のような感覚に満ちた傑作です。

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