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2006/12/16

『ヘンリー・フール』

以下の文章は筆者が勢い余ってしまったため、ガンガンと映画の詳細に触れております。皆様におかれましてはどうか大人の判断でお読みください。

Henryfool_2
生涯でいちばん好きな映画だし、せっかくだからレビューに残しておこうと検索したところ、DVDがリリースされてないためにあえなく断念(ビデオのみのリリースらしい)。

ご紹介したいのは1997年のハル・ハートリー監督作、『ヘンリー・フール』。日本での公開は1999年。六本木の開発のために泣く泣く幕を閉じた“六本木シネ・ヴィ・ヴァン”の閉館記念作品でした(実際にはこの映画はあまり客が入らず、閉館直前の1、2週間は急遽シネ・ヴィ・ヴァンで観客動員記録を樹立した『CUBE』がリバイバル上映されたことを覚えています)。僕は六本木ヒルズを見上げるたびにそのときのことを思い出して、いささか恨めしい気持ちになってしまう。

ストーリーは、ゴミ収集人のサイモン、そして定職にもつかず世を彷徨い続けるヘンリー、というふたりの主人公を軸として展開する。

自称“作家”のヘンリーは、自ら「歴史的大作となるだろう」と豪語してやまない自叙伝『告白』の執筆に執念深く取り組む毎日を送っている。彼はある日、友人サイモンの隠れた文学的才能に誰よりも早く目をつける。

「いまはまだスペリングすら最悪だけれど、こいつはいつかきっとブレイクする」

そう信じた彼は、サイモンへいろいろとアドバイスを施し、いつの日かサイモンは本当に“時の人”となってしまう。ひとりの隠れた才能が花開いた。これは本当に喜ばしいことだ。しかしひとりだけビミョーな気持ちを抱えた男がいた。

もちろん、ヘンリーである。

サイモンの成功とは裏腹に、ヘンリーはといえば執筆中の『告白』も一向に完成の目処が立たず、サイモンが試しにそれらの著作に目を通したところ、それはお世辞にも傑作とはいいがたい、つまりはっきり言って、“駄作”なのだった・・・。

ここに登場するのは、「ひょんなことから自分の才能に花を咲かせた人間」と、「やりたいことは決まっているけれどその才能が認められない人間」の二種類ということになる。

「あなたはいったいどちらの人間ですか?」と聞くのはとても酷なことだろうか。

きっと“成功者”ばかりで溢れかえった世界なんて混沌としているに違いない。この世のバランスを考えると、成功を掴み取れる人間はほんの一握りに決まっている。じゃあ、あとに残された人間はどうなるのか。多くの人たちは、使い物になるかどうか分からぬ自分の才能を、生涯に渡って背負って走らなければならないのである。

つまり、“サイモン”は成功者で、その他の多くの人間はみな“ヘンリーの側”ってことだ。

この映画のラストシーン、ヘンリーは何十冊にも及ぶ歴史的大作(自称)『告白』をカバンいっぱいに詰め込んで、それを両手に抱えながら全速力で走り続ける。走り続けたまま、音楽が高鳴り、そして画面はフッと暗転。その真剣な表情もあってか、ヘンリーの姿が初めてカッコよく映った瞬間だった。

取るに足りない(かもしれない)才能をカバンいっぱいに抱えながら、僕らは日々、走り続けている。それがホンモノなのかどうかなんて誰にも分かりゃしないし、それは時間の流れや時の運だけが証明してくれる。人間、誰もが成功したいって願うけれど、本当に美しいのは、“才能が花開く”どうこうよりも、人がガムシャラに突っ走る姿そのものではないだろうか。少なくともラストシーンのヘンリーからはそんな感慨が湧きあがってくる。結局、自分が自分にしてやれることは、突っ走る自分をただ信じてやることだけだと思うのだ。

僕がひどく落ち込んでいたときに、この映画が勇気を与えてくれた。いまでも落ち込んだときにはこの映画のラストシーンを繰り返し見る。すべての凡人に勇気を与えてくれる佳作だと思っている。

そう、佳作でいいんだ、傑作じゃなくたって。

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