『エレクション』
たとえば、アメリカ映画で「エレクション」というタイトルを目にしたとすれば、社会派映画かコメディ映画のどちらかだろう。まさか本作のように“ハード・ボイルド”というジャンルを選び取る映画作家など、世界を見渡したところでどのくらい存在するだろう。
その予想外のジャンルを激しく融合させ、観客がこれまで感じたこともなかった境地に連れ去ってくれるのは、またしてもこの男、ジョニー・トーである。アンドリュー・ラウ(『インファナル・アフェア』シリーズの成功&最新作『The Flock』ではハリウッド・デビューを果たす)と共に香港映画界の双璧を成し、職人的な堅実さと爆発的な発想力とを併せ持つジョニー・トー。彼が本作で調理するのは、香港マフィアの大ボスを決める伝統的な“選挙”である。
そこにはもちろん、前ボスによって推薦された候補者がいて、それに歯向かうべく実力行使(マフィアの実力行使ほど怖いものはない)に打って出る対抗馬がいて、それぞれがそれぞれの流儀で票集めに奔走し、組織が真っ二つに分裂しようかという状況に、地元警察までもが見かねて調停に乗り出してくるという果てしない迷走ぶり。
だが、次々と場所を変え、人と人とがリレー形式で怒涛のごとく連なっていく迷走ぶりが爆発的に面白い。ジョニー・トーは今回も香港ノワールの中にほんの些細な状況から度肝を抜かれるような展開とアクションをひねり出し、「ただそこに何十人かが座っているだけ」という絵の中でも確実に緊張感を持続させる。そして任侠を扱っているからといって決して残虐性が過ぎるわけでもなく、むしろ真逆の“しなやかさ”と“上品さ”を伴った語り口で観客に向けて硬軟織り交ぜたアプローチをかけてくる。
また、そこに伴う男臭さにも彼なりの美学がある。ただのオッサン俳優でも珠玉のキャラクターとしてきちんと輝かせるこの魔法は何なんだろう。彼は役者の持ち味を十二分に解き放つというよりもむしろストイックに引き締めることで、この放射状におびただしく展開する人物相関図の中で、集団だけでなく個人をも確実に輝かせている。しかもその旨味は、よくいう「化学変化」などではなく、全てがジョニー・トーの管理のもとで絶妙に配置されているかのようだ。
銃撃や大爆発だけがハード・ボイルドではない。そこに何も存在しない状態でも、ほんの僅かな空気のうごめきがハードボイルドを生み落とすことは可能なのだ。この神がかり的な流儀によって貫かれたエンタテインメント&職人芸は、もはやその足をアートの境地にまで踏み入れているといっても過言ではないだろう。
監督:ジョニー・トー 出演:サイモン・ヤム、レオン・カーファイ、ルイス・クー(2005年/香港)東京テアトル
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