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2007年1月 7日 (日)

『それでもボクはやってない』

『硫黄島からの手紙』に圧倒されてから劇場から出たときに、目の前にドドンと『それでもボクはやってない』のポスターが貼ってあった。スクリーンでは真っ暗闇で泥にまみれて判然としなかった加瀬亮の表情が、ここでは透き通るようによく見える。近くにいた青年が「あ、この人、憲兵役の人じゃん」と声を上げる。しかし隣にいる彼女は、いまだに何のことかさっぱり分かっていないようだ。『硫黄島からの手紙』の映画館にはそんな光景がそこかしこに転がっていた。まさに『それボク』にとって格好のアドバータイズメント効果。

恐らく『Shall We ダンス?』から11年ぶりにメガホンを撮った周防正行にしても、硫黄島の一兵士に加瀬を抜擢したクリント・イーストウッドにしても、きっと彼に惹かれたいちばんの理由はそのイノセントな“透明感”だったのではないだろうか。あの『硫黄島』では犬も殺せなかった憲兵が、この現代劇では“痴漢”として処罰されようとしている。思い起こせばこの俳優ときたら、その透明感ゆえにいつでも気の滅入るような境地に立たされ続けているような気がしないでもない。

事件は唐突に発生する。就職活動中の男性が満員電車の中で“痴漢”として現行犯逮捕されてしまったのだ。身に覚えのない彼は必死に無罪を主張するが、いったん点いてしまった火は消し難く、彼はあれよあれよという間に警察署へと連行される。ほぼ同時刻に別の路線で同じく現行犯逮捕された中年サラリーマンは早々に罪を認めて罰金を支払い、昼頃には「すみませんでした」と難なく釈放。一方の主人公は「絶対やってない!」の一点張り。はじめての留置所、再三にわたるトリッキーな取調べ、「勝ち目はありませんよ」とアドバイスする当番弁護士。そんなネガティブ要素にくじけそうになりながらも、母親、親友、元恋人、ベテラン弁護士、同じ冤罪事件で闘っている人々の協力を得て、やがて運命の裁判が幕を開ける。

・・・なんて聴くと、主人公の置かれる苦しい立場に気が滅入ってしまう人も少なくないだろう。現に僕が本作をマスコミ試写したあとにいちばん多く聴いた感想が「もう電車には乗りたくない」といったものだった。普段から映画を見慣れている人たちが映画の評価そっちのけでそんな本音を語ってるわけである。それはそれで凄くないか?

この映画は、加瀬の演じる主人公は本当に痴漢か否かを捜査するミステリーでもなければ、真犯人を探すサスペンスでもない。冒頭に表示される「十人の真犯人を逃すとも一人の無辜(むこ)を罰するなかれ」という文言を何度も反芻するかのように、本作は冤罪を証明しようと奔走する被告側の目線でひたすら展開する。

そもそも周防監督は、“とある痴漢冤罪事件”の記事に本作の着想を得たという。その後の取材を進める中でぶつかった裁判制度の不思議。冤罪の実証があまりに難しい日本の裁判制度を観客と共に噛み締めるべく、周防は2時間23分にも及ぶ時間を駆使して社会派エンターテインメントを繰り広げる。そして彼の映画作家としてのマジックは、観客にとって気が滅入るようなシークエンスでこそ炸裂する。

それは、たとえば『Shall We ダンス?』をはじめ周防作品でお馴染みの“クローズドな世界への侵入”であったり、そこで出逢う面白キャラクターであったり、主人公が壁にぶち当たるごとに段階的に豪華俳優が投入され異なる色彩を添えもする。さすがに“笑い”の要素はこれまでに比べ格段に薄いが、やはり周防印の手法はここでも健在どころか、ますます職人芸を思わせるソフト&柔軟な語り口で観客を惹きつける。まるで時が止まったかのようにピンと張られた糸は最後まで切れることがない。物語的な面白さと知的好奇心、そして法廷の醸し出す静謐な雰囲気(しかしそれは紛れもなく“人が人を裁く場”であることに後から身をつまされるわけであるが)とで、我々の視線は時間を忘れスクリーンに釘付けになっている。

さらには、周防の問題意識を観客が共有するためには、本作で「ああ面白かった」と満足してしまっては失敗となってしまう。重要なのは、いかにエンタテインメントとして完結しながら、いかに観客の意識を完結させないで終わらせるか。それが社会派としての使命なのだ。この場合、映画は実社会を見渡す“眼鏡”でなければならず、主演としてそのセンターに立つ加瀬亮は、やはり“無色透明”の存在でなければならなかった。

彼の身体の向こう側に日本の司法制度が透けて見えてくる。終幕と共に観客はパッと眼鏡を外される。ある人は電車に乗って帰宅せねばならないだろう。その場にいるのは被写体としての加瀬でなく、自分であり、友人であり、家族である。

「電車に乗るのが怖くなったよ」

誰かの本音の感想がまた耳に響いてくる。周防の無色透明な語り口で難なく乗り切れた2時間23分。しかし冤罪と隣り合わせの現実社会はあまりに厳しい(もちろん冤罪がなくならないのは、痴漢犯罪そのものがなくならないからに他ならず、それを決して許してはならない)。

加えて2009年からは裁判員制度が導入され、『12人の優しい日本人』の世界がいよいよ現実化する。冤罪の実証が極めて難しい痴漢事件において、いきなり“裁く立場”に置かれたとき、我々の身には加瀬とは異なった、また新たな次元のジレンマ(物語)がはじまるのである。

映画の公開に合わせて周防監督が本を出しました。映画版のシナリオを完全収録。さらには元裁判官と周防監督との対談など盛りだくさん。3年に及ぶ取材期間を経て構築された映画版の精神的バックグラウンドを、映画で描けなかった部分まで活字化しています。

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