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2007/01/05

『愛されるために、ここにいる』

たとえば、物語に父と息子が現れたとき、それは見方によって「ある人物の“過去”と“未来”」という解釈が成り立つことがあり、それは親子を描く時に暗に示される永遠のテーマとも言える。

では、『愛されるために、ここにいる』はどうか。本作には、まさにその構図の発展形のように、息子、父、祖父の三世代が登場する。上の解釈を当てはめるならば、それはもちろん「ある人物の“過去”“現在”“未来”」ということになる。

映画とは不思議なものだ。こんなにもミニマルな世界の中で、ハリウッド式の視覚効果、あるいはドラえもんのタイムマシンなど使わずとも、“物語的手法”を用いて瞬間的に時空を超越することがある。もちろんこの効果が得られるのも、本作がストイックなまでに脂肪を削ぎ落とし、ほんの微かな描写の中にその何倍もの味わいを響かせるからだ。

主人公は中年の法務執行官ジャン・クロード。裁判所の要請に従い、家賃を滞納する人々の元に「立ち退き宣告」を届けに歩き回る日々を送っている。今日もまた法の執行が行われ、立ち退きを要求された住民は彼に泣いて懇願するが、それを聞き入れていては仕事にならない。

かつて自分と同じように執行官だった父はとうに介護施設の住人となり、いまでは周囲に気難しく当り散らすばかり。一方、前妻の元で育ったジャン・クロードの息子も同じ事務所に着任するが、まだ執行官の仕事に馴染めずにいる(つまり彼らは三世代とも同じ仕事に着任しているのだ)。

血の繋がった三者はそれぞれに悩みを抱え孤立している。そんな息苦しさの中、ジャン・クロードの密かな楽しみは事務所に聞こえてくるタンゴのリズム。窓際からダンス教室の様子を眺め、そして見よう見まねでステップを刻む。たったそれだけの楽しみ。もちろん彼には「このままでは駄目だ」ということくらい分かっている。

やがて彼は意を決して扉を押し開く。ダンス教室の生徒に加わる初老の男。そして飛び込んだ輪の中で、彼は親子ほど年の離れたひとりの若い女性に恋をすることになる…。

まあ、こうやって文字だけ読めば、フランス版『シャル・ウィ・ダンス?』のようにしか見えない。しかし本作は随所で教えてくれる。映画の良し悪しは予算ではない。要は人生のほんの2時間弱の余暇に、どれほどの宇宙を刻むことができるかだ。

この映画にはたった93分の敷地と、タンゴのリズムと、息子、父親、祖父をはじめとする数少ない登場人物しか存在しない。だが、その最小単位だけで「映画の教科書」とでも呼びたくなるほどの壮大な宇宙を形成し、世代の葛藤と人生の深みを温かく刻み込んでいく。

そしていつしか、それぞれの世代による「愛されるためにここにいる!」との心の叫びが静かな突破点に変わるとき、ジャン・クロードにとっての“過去”“現在”“未来”も大きな変容を遂げる。年老いた父親と同じく寂しい人生を辿るかに思われていた彼の運命は瞬く間に色彩を帯び始め、同時にジャン・クロードと同じ人生を辿るかに思われた若き息子の人生もそこでガラリと変容する。

何度も言うが、それはあくまで解釈上の話だ。決して表立って『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のようなタイムトラベルがお目見えするわけではない。そこにはただオーソドックスな人間ドラマが厳かに三世代の人生を讃えているだけだ。

タンゴの哀愁と官能のリズムは更なる高鳴りでもって作品を包むこみ、そのミニマルな世界観をパーフェクトに完結させていく。まさに普段見慣れた大風呂敷を広げた映画の毒素をガッポリと抜かれたようなデトックス効果が疲れた身体に心地よく沁みる。

たった一杯のお茶が、こんなにも美味しかったとは。

『愛されるために、ここにいる』は、2006年12月16日より東京ユーロスペースにてロードショー。

ステファヌ・ブリゼ監督は本作のサウンドトラックのために、アルゼンチン・タンゴと電子音楽のミクスチャーとしてヨーロッパで有名なユニット「ゴタン・プロジェクト」からクリストフ・H・ミューラーとエデュアルド・マカロフを招聘。「オーシャンズ12」や「Shall We Dance?」でも使用された彼らの斬新な音楽性(しかし本作では電子的な要素は封印)がテーマ曲を繰り広げる傍らに、カルロス・デイ・サルリの古典的なタンゴの味わいも官能的に横たわっている。

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