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2007/02/14

『デジャヴ』

 ジェリー・ブラッカイマー製作の映画には必ず“田舎道の傍らにある樹木に雷が落ちるプロダクション・ロゴが登場するのはご存知だろう。『デジャヴ』の冒頭ではそれが二度、繰り返される。つまり、しょっぱなから文字どおりの「デジャヴ」で幕を開けるわけだ。

 トニー・スコットがブラッカイマーと組むのはもう何度目だろう。そしてデンゼル・ワシントンと組むのは何度目か。映画に刻まれた彼らの絶妙なコンビネーションを観ながら「あれ、以前もどこかで観たような…」と考えこんでしまう自分がいる時点で、もうそれが思い切り“デジャヴ”なわけだが、彼らは観客のそんな反応すらもネタとして想定していたかのように、細かいことはウジャウジャ言わずに冒頭からぶっちぎりのダイナミズムで突き進んでいく。

 そしてストーリーは、構造としての“デジャヴ”から装置としての“デジャヴ”へと辿りつくわけであるが、これがとてもじゃないが一言で説明できない上に、配給会社からの「お約束」もあり、その後半部分は明かせない。

 そもそも初めは超自然的な“デジャヴ”を扱っているのかと思いきや、これが“ブラッカイマー印”の超科学的な“デジャヴ”なので驚いた。いや、それだけじゃない。前に『エネミー・オブ・アメリカ』でスコット&ブラッカイマーが組んだ時の延長線上でもあるかのように、“監視システム”を総動員させた驚くべきストーリーが繰り広げられていく。

 そして“監視”や“覗き見”といえばその元祖はもちろん「ヒッチコック」と来るわけで、ストーリーの構造には少なからずその古典的エキスが注入されている。それにプラスしての超科学。具体的に言えば、『裏窓』(1954)では骨折して身動きの取れないジェームズ・スチュアートがベッド際の窓から向かいのアパートの住人達の生活を覗き見ていたのに対し、あれからもう50年以上も年月が経ったいまでは、その方法も監視衛星を駆使してのgoogle earthばりの画面展開でもって360度あらゆる場所に視点を移すことが出来るのだ。それでいて『めまい』(1958)のような幻想的なテイストもあり。まったく、これだけの複雑な描写、ストーリーをきちんと分かりやすく一瞬で、しかも魂を揺さぶるような骨太演出で映像化してしまえるトニー・スコットは本当に恐ろしい奴だ。

 さらには本作の舞台はニューオリンズ。カトリーナによる被害は『守護神』のエンドクレジットでも色濃く刻まれていたが、『デジャヴ』では目の前の悲劇に対する救済、という意識がより強く伺える。水害後のいまだに手付かずになっている街並みを、その歴史を記録するかのようにフィルムに刻み、「被害にあった人々に捧ぐ」というデディケーションも忘れない。そして冒頭で巻き起こる船上テロは9.11の記憶をも彷彿とさせる。その生々しさは論議を呼びそうだが、アメリカ国内の2大悲劇をテーマとして扱い、失われた過去を取り戻そうと身を粉にして奔走するデンゼル・ワシントンの姿には、本作の製作陣が米クリエイターとして現代史に敢然と立ち向かおうとしている様が痛いほど伝わってくる。

 あ、ひとつ忘れていた。この映画のもうひとつの驚きは紛れもないヴァル・キルマーだ。今回の彼は脇役として最高の存在感を見せるのだが、ただ…ただ、この人はかつての二枚目の頃が思い出せないくらいに太ってしまった。ひと目見てから誰か分からず、「あれっ?」て思ってもう一度まじまじと見つめてしまった。

 こんな具合に、やっぱり本作にはいたるところに極上の“デジャヴ”が仕掛けられているわけである。

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