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2007/02/15

『エクステ』

 そもそも大杉漣という俳優は、相手が映画学校の学生であろうともその脚本さえ輝いていれば喜んで飛び込んでいくというバイタリティの持ち主だと聞く。そんな彼が「この監督とはずっと組んでみたかった」とずっと熱い感情を抱き続けてきた人物、それが怪人、園子温(その・しおん)である。

 その念願は『エクステ』で叶った。彼らが裏で育みあう役者&監督の愛情関係はさておいて、さて日本国民はこの映画をどう観るだろうか。外見は近年あまりにもたくさん量産されてきた“ジャパニーズ・ホラー”。しかしこの映画が明らかに他とは違って見えるのは、怖さを通り越して笑える、いやそれ以上のあまりにたくさんの感覚を兼ね備えているからである。

 まずもって、ヒロインの栗山千明に襲い来る相手が他の追随を許さない。それは携帯の着信が示す死の到来でもなければ、井戸から這い上がってくるロングヘアーの少女でもない。恐怖の対象は、あろう事か“ヘアー”、つまり“髪”なのである。それもエクステンション・ヘアー(付け毛)。来るぞ!来るぞ!来るぞ!ほら、来たー!と緊張感が爆発すると、そこには毛がモワモワーっとやってきて観客は「ギャーっ」と…なるわきゃないじゃないか!爆笑だ。本当に笑った。そのあまりにシュールな映像に笑った。

 実は、園子温も、そして彼の才能に惚れ込んで出演を決めたという大杉漣にしても、この映画を“ホラー”の域に留めようとは露ほども思っていない。それは冒頭、波止場におびただしい毛が輸入されてくるイントロダクションを過ぎると、急に映画のトーンが少女漫画チックになって緊張感が解けてしまうシーンでも垣間見られる。栗山千明が自転車に乗りながら、普通の映画ではありえないような状況説明、そして自分の心の内をとうとうと語り倒すのである。「うわー、この映画、やっちゃったよ…」と誰もが監督の力量を疑問視し、これからの2時間、アイドル映画を見せられるのか?と心配にもなる。

 しかし、恐らく園子温作品をご覧になったことがある方にはすぐにピンと来るだろうが、これは全部フェイクだ。観客に「うわー」と不安にさせることで彼は一気に受け手のハードルを下げさせ、次の展開にはまたガツンと高次元のものを剛速球でぶつけてくる。緊張と弛緩の激しい交錯がとめどなく続き、観客は暑かったりも寒かったりもする満員電車に押し込まれたように、だんだんと判断の基準が曖昧となってくる。はたしていま目の前に展開しているシーンはギャグなのか、ホラーなのか、人間ドラマなのか。そうやって観客を“判断基準のカオス”へ突き落とすところが園子温のすごさなのだ。

 映画の中では、髪フェチの大杉漣が美しい髪を求めて変態性をあらわにすれば、美容師のタマゴの栗山千明は全く別次元の世界で姉との人間関係で悩んでいたりする。両者を結びつけるのは、アジアから輸入されてきた「エクステ」。かつては誰かの人毛であったらしいこの髪の毛をめぐり、栗山の働く美容室は大変な事態に陥っていく。大杉漣も役者生命をかなぐり捨て、北野武映画などからは想像もつかないくらいの“妖怪っぽさ”を見せ付ける。いつしか予想もつかないカタチで襲い掛かってくる髪の毛たち。その頃にはもうあまりに感覚が麻痺してしまい、とあるシーンではそれが『宇宙戦争』のワンシーンとダブって見えてしまったほどだ。

 同時に、本作は“関係性の映画”でもある。姉と妹、母と娘、上司と部下、使用者と使用される者。扱われる様々な人間関係がすべて“エクステ”に象徴されていく。そのアイテムの影には、我々のあずかり知らないアジアのどこかの予想だにしない悲劇が秘められているのかもしれない。

 そんな裏テーマにはまり込むと、これは昨年公開された園子温の『紀子の食卓』をメジャー風に置き換えたものなのではないか、という予測も膨らんでくるし、あるいはアメリカ産の新感覚ホラー『ホステル』が見せた新概念、さらにはドキュメンタリー『ダーウィンの悪夢』が見せた世界の裏側で起きているとんでもない事態をも彷彿とさせる。

 とどのつまり、この『エクステ』は単なるホラーとは説明しづらいほどに様々な感覚が散りばめられており、一方ではこんな深いものが作れるのかと感動してしまい、また一方ではこんな馬鹿なモノを作りやがってと、これまた無性に感動してしまうのである。

 それを証明するかのように、数多くの日本映画に出演している大杉漣はその後、園監督に「これまで出た作品でいちばん面白い」と太鼓判を押したらしい。

 だが、この映画はあまりにも先端を行き過ぎている。全国ロードショー映画としては10人に1人がその真の凄さを理解できるればいいほうなのではないかとも思う(その1/10に含まれたところで何の自慢にもならないが)。少なくとも公式サイトのトップページに宮藤官九郎が絶賛のコメントを寄せているところに「さすが!」という想いを禁じずにはいられないわけである。

もしも『エクステ』を観て園子温という人に興味を持ったなら、ぜひ『紀子の食卓』をご覧いただきたい。ある意味、『エクステ』よりもホラーで、『エクステ』よりも人間ドラマしてます。ジャンルの壁を崩壊させ、まさに“園子温の映画”というカテゴリーを決定付けた一作。

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