« 『ブラッド・ダイヤモンド』 | トップページ | 子供向け映画のただならぬ現状 »

2007/03/30

『アポカリプト』

“アポカリプト”、それはギリシア語で“新たな時代、隠されていたものが明らかになる”ことを意味するという。

監督は、前作『パッション』でキリストが十字架に掛けられるまでを観客の眼前に極限までリアリスティックに提示したメル・ギブソン。彼が狙いを定めた次なるテーマが「マヤ文明」と聞くと、誰もがまた『パッション』の記憶を呼び起こし、俄かに腹の辺りを緊張させずにはいられないが、その条件反射はフィフティ・フィフティの割合で適当でも不適当でもない。というのも、『アポカリプト』はマヤ文明の日常をリアルに再現するのと同時に、『パッション』の趣向とは大きく隔たりのある驚くべきテーマパーク&ジェットコースター・ムービーに仕上がっているからだ。

それはマヤ文明が滅びの時を迎える直前の物語である。ジャングルの奥地にて平和に暮らすジャガー・パウの村に屈強な男たちの影が忍び寄ってくる。彼らは村を侵略すべくマヤ帝国からやってきた傭兵部隊。瞬く間に惨劇は巻き起こり、多くの住人は殺され、そしてジャガー・パウら男たちは奴隷としてマヤの中枢にまで連行されることになる。ここからはじまる未体験ゾーンはもう波乱尽くめ。前半部は意味も分からずただ長く険しい旅路を進み続け、そして後半部、傭兵部隊の手を逃れたジャガー・パウは、これまでの(奴隷としての)緩慢な動きを精算するかのようにジャングルを猛スピードで駆け巡り、執拗に追いかけてくる傭兵たちと壮絶なチェイスを繰り広げる。

「なんだ、せっかくマヤを映像化するのに、ストーリーはハリウッドそのまんまじゃないか!」といぶかる人も多かろう。しかしメル・ギブソンをはじめ製作者陣は360度想いをめぐらしたあげく、あえてこの時代劇に現代風エンタテインメントのメソッドをぶちまけている。それも一点の濁りもないストレートな娯楽性をこの緻密な時代考証を経た土壌に降り注がせることによって、観客は“食べ合わせの妙”というか、他の純ハリウッド映画では体験しえない思わぬ珍品グルメを食することとなる。

そして実に不思議なことだが、このテーマパークのアトラクションのごとき映画を140分も享受する中で、僕らは自分達が農耕民族を起源とする日本人であることを、頭ではなく、細胞レベルでどうしようもないほど自覚してしまうのだ。

その原因は主人公ジャガー・パウの顔面にある。何しろコイツきたら驚くほどロナウジーニョに似ているのだ(恐らく本作を体感する5人に4人はそう感じるはずだ)。ピッチにおいて人間の限界を超えた神技を披露するロナウジーニョと、生身の身体ひとつでジャングルを駆け抜け、木を上り、猛獣と格闘するジャガー・パウの躍動感とが恐ろしいほどに一致するとき、僕らは狩猟民族を先祖とする人種がいかにその身体能力をDNA的に受け継いで現代に至っているのかをまざまざと見せ付けられるわけだ。

これが農耕民族の体感速度だったならば絶対にこうはいかない。というか、後半のチェイスさえ成り立たないだろうし、この映画撮影のために開発された最新鋭のデジタルカメラも何の意味も成さない(むしろ定点カメラで充分だ)。ジャガー・パウらが野ブタと死闘を繰り広げる間に、我らが先祖たちはせっせと畑を耕し、種を撒き、その成長を気長に待ち続けていたわけなのだから。この映画はうっかりしてるとそういう余計なことまで考えてしまうくらいにあらゆる描写が人間の原始的な感覚を刺激しながら体内に流れ込んでくる。全米公開初週にボックスオフィス・ランキング1位を獲得した際にメル・ギブソンは「頭で考えるのでなく本能で感じてほしい」と語ったらしいが、まさに“毛穴”で観てほしいとさえ付け加えたくなるほどの古代エンタテインメントだ。

だが、こうした感覚刺激だけで終わればどれだけ楽だったか知れない本作は、ラストシーンで主人公の受ける計り知れない衝撃と共に、僕らをガツンと理性の側に揺り戻す。なるほど単なるお気楽映画の体をなして突き進んでいたのはこのためだったのか。いまさらながらにタイトルの「アポカリプト」の意味が鮮明に蘇ってくる。本作はむしろラストから周到に逆算して作られたエピック・ムービーだったのだ。

アポカリプト』は、6月16日より有楽町スバル座ほか全国ロードショー

●この記事が参考になったら押してください→人気ブログランキング

『アポカリプト』でジャガー・パウを演じたルディ・ヤングブラッド。いつかロナウジーニョの映画が作られる日がくるとすれば、主演は彼をおいて他にはいないでしょう。

|

« 『ブラッド・ダイヤモンド』 | トップページ | 子供向け映画のただならぬ現状 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/137483/14457781

この記事へのトラックバック一覧です: 『アポカリプト』:

« 『ブラッド・ダイヤモンド』 | トップページ | 子供向け映画のただならぬ現状 »