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2007/05/20

『300 スリーハンドレッド』

 このとびっきりの歴史アクション大作に「スパルタ教育」という言葉の重みをつくづく思い知らされることになるとは思わなかった。『シン・シティ』のフランク・ミラーによるグラフィック・ノベル「300」として生まれ変わったスパルタ戦士の伝説的な闘いを、『ドーン・オブ・ザ・デッド』のザック・スナイダー監督が陰影の深いスタイリッシュな映像で描き出したのがこの『300スリーハンドレッド』である。

 古代ギリシア内のスパルタでは、男たちは幼い頃より厳しい試練を重ね、時に挫折する者、命を落とす者が続出する中で、その一握りだけが誇り高き最強のスパルタ戦士として戦場に赴くことが可能となる。

 スパルタ戦士は決して敵に屈しない。スパルタ戦士は決して恐怖を感じない。他国の兵士たちが市民の寄せ集めで数を成した軍勢なのに対し、彼らは高々とこう宣言する。

 「俺達の職業は“戦士”だ!」

 その言葉の重みは一目瞭然。何しろ彼らは一般人の2倍以上もあるかのような身長とムキムキの筋肉に赤いレスラーパンツとマントをキュッとタイトに着こなし、手元には身体がスッポリと隠れる巨大な盾と、長槍。そして銀色の兜の奥にはまるで野生の本能を取り戻すかのように鋭く光るふたつの目。そのあまりに屈強な姿には、敵兵が束になっても敵わないどころか、その多くは恐怖のあまりに敵前逃亡していしまいかねない。

 だが、そんな最強のスパルタ兵士たちにも絶対絶命の危機が訪れる。

 時は紀元前480年、スパルタは100万もの軍勢を擁するペルシアの侵攻を受ける。しかし反撃の是非を審議する司祭や議会には権謀術数が渦巻き、全くもって機能しない。スパルタ王レオニダスはこの状況を打破すべく、自ら選んだ300人の精鋭部隊と共に、すべてのペルシア軍を迎撃する決断を下す。かくしてレオニダスの咆哮と共に幕を開けた壮絶な戦闘は、“テルモピュライの闘い”として、今日にいたるまで長らく語り継がれることになるわけである。

 かといって本作に『トロイ』のような無尽蔵なまでにスペクタクルな感触はなく、むしろブルースクリーンの前での演技を中心にその周辺にCGやストップモーションといった技術を絵画のような触感として散りばめることで、原作グラフィックノベルに極めて忠実な世界観を獲得している。

 それは前作『ドーン・オブ・ザ・デッド』で『ゾンビ』を現代風にリメイクして大きな賞賛を得たザック・スナイダー特有の表現法でもあり、彼はこの2作の成功でビジュアルセンスとエンターテインメント性を両立させられる才能として絶対の評価を確立したといっても過言ではない。

 そしてスパルタ軍特有の密集形態“ファランクス”をはじめ、たった300人という少人数を有利に働かせた目の覚めるような軍略、またそれを信じて勢いよく打って出るスパルタ戦士たちの威勢の良さもさることながら、それに対抗する100万ものペルシア軍の存在感だって決して負けていない。

 スキンヘッドにピアスだらけのクセルクセス王をはじめ、忍者戦隊のごとき身軽な精鋭部隊や巨人のクリーチャー、果てにはゾウやサイといった豪腕舞台までもが地鳴りを起こしながら雪崩式に登場し、その闇にうごめくダークな色彩で観客を魅了してくれる。

 というわけで、“観る”“楽しむ”ことを最優先にした場合、『300』は途方もないカタルシスを僕らに与えてくれることは間違いない。だが、今のご時世として、アメリカ映画の中で「俺達は死んでも闘うんだ!」的なセリフにドキッと緊張してしまう自分がいることも否定できない。まあ、その反応も一種の現代病のようなものか。せめて“闘うこと”のビジョンをヒラリと超えてくれる画竜点睛でもあれば、こちらも大熱狂の拍手を惜しまないところだったんですが。

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