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2007/07/23

『ブラック・スネーク・モーン』

この夏、クレイグ・ブリュワー監督(『ハッスル&フロウ』)の最新作『ブラック・スネーク・モーン』が日本上陸する。って、いきなり言われても、そもそも「『ハッスル&フロウ』って何?」という人がかなり多いことだろう。だってこの作品、日本ではレイトショーのみの公開だったんだもの(アメリカではアカデミー賞主題歌賞を獲得するほか、助演男優賞などにもノミネートされる注目作でした)。たしかに日本人には分かりにくいし、宣伝も難しい映画だったのかもしれない。でもこれがとてつもない興奮と感動を巻き起こしてくれる…あ、それは言いすぎだとしても、絶対に観て損はない画期的な音楽ドラマだった。

そんなブリュワーが今回挑むのは“ブルース”の精神世界。その起源となる“鬱屈した想い”が時と形を変えて現代に再臨し、やがてそれらが音楽へと昇華されていく瞬間を見事な手腕ですくいとっている。

主演は“説教俳優”ことサミュエル・L・ジャクソン。共演には『アダムス・ファミリー』に出ていた面影はもうほとんど消滅してしまった女優(というか“怪優”の域に近いのでは?)クリスティーナ・リッチ。脇役で音楽界から映画界にも侵食をはじめたジャスティン・ティンバーレイク。

舞台となるのはアメリカのディープな南部。サミュエルが演じるのは、愛妻に捨てられたばかりの逆上男。対するリッチは、幼い頃に受けたトラウマによってセックス依存症に陥ってしまった女性の役だ。

こんな歳も肌の色も違うふたりが偶然にも出逢い、そしてどういうわけか、サミュエルがリッチを鎖に繋いで「こいつの依存症を叩きなおすことが我が使命なのだ!」とばかりに熱血漢を振るう。それはビジュアル的に言えば、変態的で、倒錯的で、とても奇妙な共同生活。しかしサミュエルは指一本たりともリッチには触れず、まるで伝道師にでもなったかのようなストイックさで調教を続ける。

そしてふたりの鬱屈した想いがある臨界点に達するとき、大音響が鳴り響く。嵐と共に舞い降りるギターの洪水。サミュエルのショータイムが幕を開ける。説教俳優が遂にその必殺技をギターへと持ち替え、おのれの想いをブルースのナンバー「ブラックス・ネーク・モーン」へと昇華させるのだ。その姿がなんだか言いようの無い高揚感を巻き起こし、肌の色とか、言葉とか、宗教的な垣根を越えて、どうしようもなく心が泣いてしまう自分がいる。まるで歴史上にブルースが生まれ落ちた瞬間を、いまこの場で追体験したかのような衝撃。なんてこった!最初はとんでもない変態映画かと思ってたのに、いまはこんなに感動してるなんて!

そしてこの物語では、やがてサミュエルのブルース魂がクリスティーナ・リッチへと受け継がれ、彼女までもが、か細い声で自分なりのブルースを口ずさみはじめる。

実は『ハッスル&フロウ』でも主人公の魂が他の誰かに受け継がれる瞬間が印象強く描かれていたのだが、なるほど、たしかにこの「伝える」という展開は音楽にとって非常に重要なファクターを占める。ヒップホップであれブルースであれ(いまのところブリュワーが取り組んでいるのはこの2ジャンルだが)、最初に何か起源があって、それを他者へと浸透させる展開を経てこそ、はじめて神話が神話として価値を持ち始めるのである。

とりわけリッチが懸命に歌い続ける理由が本当に切なくて、またグッときてしまう。この映画は突拍子もない展開が相次いだかと思うと、次の瞬間には人間の驚くほど繊細な部分にカメラを向けて感情のバルブを自在に操作する。そうやって観客と映画の間に流れるビートを驚くべき大胆なテクニックでシンクロさせていくのだ。

ちなみに、「ブラック・スネーク・モーン」は“真っ暗闇の家に黒蛇が入り込みガラガラと唸ってやがる”という(うる覚えなのだが…)歌詞の内容から付けられたタイトルだ。恐らく、先の見えない真っ暗な人生に怯える感情を歌ったものだとは思うのだが、今の僕にとってみれば、この映画こそが真っ暗闇の向こう側から突如ガラガラと現れた恐るべき映画である。やはりどんなに気後れしそうでも手探りして触れたものはギュッと握ってみるべきだ。その手ごたえは、万が一にも宝石かもしれないのだから。

小耳に挟んだ情報によると、この監督、次回作では“フォーク・ミュージック”を取り上げるとのこと。彼が描く至高の音楽神話をもっともっと観てみたい。切にそう願っている。

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サミュエルの歌声をも収録したサントラCD。彼は本作で歌声を披露することに微塵のためらいも見せず、「だってブルースは魂の叫びなのだから」と演技と同じセオリーでやってのけたんだとか(Amazonの視聴コーナーで聞いてみてください)。

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