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2007/07/12

オフサイド・ガールズ

Offside

「東京は、世界で最もバラエティに富んだ国々の映画を観れる素晴らしい場所だ」

そう評価されていたのはいつの日のことだろうか。

いつの間にか日本で公開されるイラン映画の数も激減し、スクリーンの中で垣間見られていたあの不思議な文化、風土が、いつしかアメリカ経由の「悪の枢軸国」というレッテルと共にテレビのニュースを席巻することが増え、その政治的演出の陰湿さに心が痛くなることが多かった。

仮に、僕の目の前にグリグリした瞳のイラン人が立ちはだかったとして、言葉も身振り手振りも分からぬ彼らと意思疎通して互いに笑いあう場面など全く想像ができない。しかしイラン映画の数々には、そうした彼らがスクリーンの向こう側で確かな温度で心を通わせ、互いに笑いあい、時には怒り心頭して罵りあう姿までもが映し出されており、そうした光景を目にするだけで、なにかこう、僕らと彼らの体内に流れる血が激しく共鳴しているかのような興奮に包まれてしまう。それは相互理解としてバーチャルの域を出ないのかもしれないが、仮にそうであっても、その可能性の息吹を感じさせてくれる分において、やはり映画は有効な手段だと信じてやまない。

で、久しぶりに出逢ったイラン映画が『オフサイド・ガールズ』。この素朴ながら素晴らしい出来栄えに久々に胸がときめいた。

それは、ワールドカップ最終予選「イランVSバーレーン」を控え、熱心な女性サポーターが何とか試合を見ようとスタジアムに潜り込んでいく映画だ。そう、実はここイランでは女性がスタジアムに入ることが禁止されている。彼女らがひとたび女性と分かるや否や、兵士が飛んで来てすぐさま拘留されてしまうのだ。

どうやらその規則の理由は、「スタジアムのような野蛮な場所に女性が紛れ込むとどんな酷い目に会うか分からない」ということらしい。これは“女性を大切に思うが故の規則”と捉える一方で、当の女性たちにしてみれば自分がカゴの中の鳥どうぜんにも思えてしまうわけで、目の色を変えてその権利を主張していいわけだし、実際そうしている人たちも大勢いる。

しかし、ジャファル・パナヒ監督はこの映画で目くじら立てて騒ぎ立てるようなことは一切しない。それどころか、性差のカルチャーギャップをむしろユーモアを交えて描き出し、そこで巻き起こる「?」な光景を束ね合わせた結果、それらのテーマを凌駕するほどの驚くべき人間ドラマを作り上げてしまった。

映画はスタジアムに向かうバス車内から幕を開ける。車道にはイラン国旗を振りかざした車両がひしめき合い、試合前からして既にボルテージは爆発状態。そして女性陣も負けてはいない。ある者は両頬にイランの国旗をペインティングし、ある者はキャップで髪を隠し、またある者は兵士の軍服を着込んで、それぞれにスタジアムへと乗り込んでいく。

その熱気にいざなわれるように、カメラはスタジアムへと入り込み、そしていざ試合開始!かと思いきや、彼女達は無下にも兵士たちに見つかり、ことごとくスタジアム内の留置エリアへ連行されてしまう。よって、この映画の中でカメラが実際のピッチを映し出すことはほとんどない。実際の試合中に撮影を決行したにも関わらず、その証拠となるのは群集の熱気だけ。なるほど、チェーホフの芝居がそうであるように、大事件は常にカメラの外で起こるというわけだ。

留置エリアはスタジアムへと続く通路の脇に設置される。次々と連行されてくる“サッカーのためなら怖いものなし!”のガールたち。その一人一人がキャラクター上の色彩を担い、またひとり交じり合うことでそこに不思議なカラーが生まれていく。そして肝心のカメラは、いつしか実際のピッチのことなど忘却し、「これこそが私の興味の対象なのだ」と言わんばかりに、そのたった3×4メートルの聖域(留置エリア)で織り成される極上の人間ドラマに照準を絞っていくわけである。

ここでもうひとつの重要となってくるのが、彼女たちを拘留する“兵士”の存在である。一見、このテーマからするとストーリー上の“ワルモノ”と見られがちだが、そんな単純な割り切れ方ができないところが、この映画が僕らの体内感覚を狂わせ、不思議な異国情緒に引き込んでいく要素となる。「どうして試合を見せてくれないの?」とガールズに責め立てられ、タジタジとなる兵士。彼らは職業軍人というわけではなく、元は田舎で羊を飼っていたり、商売を営んでいたりする普通の家庭に育ち、義務的に徴兵された人たちである。「規則は規則だから!」と説得する彼らの姿には、傲慢というよりはむしろ規則に振り回されしょうがなくそう答えざるをえない人間臭さが感じられ、彼らには「試合が見たい!」と主張する少女達の切実さが痛いほど分かるから、ふと感情が揺れた瞬間に、気が付くと兵士という衣服を脱ぎ捨てて、試合の様子を彼女達に伝える“実況者”に変貌していたりもする。

またある兵士は、携帯電話を持っている少女に「ちょっとだけ貸してくれないか」と頼み、遠くに離れて暮らす恋人に「元気だよ」と電話をかける。さりげなくこんなシーンを織り交ぜてくるパナヒ監督のマジック・タッチに、本当に胸が締め付けられて泣きそうになってしまった。

こんなにまで僕を熱狂させてくれた本作だが、ご覧のとおりのテーマ性により、今のところイラン公開の見通しは立っていない。イラン国民がこの宝石のような映画に触れられないなんて。それはこの映画における「サッカー観戦×女性」の関係性と似ているなと感じながらも、そんな思いつきは後回しにして、とにかく僕らはこの日本に暮らしているのだから、その恩恵を行使すべく、まずは男性・女性を問わずして、ぜひとも多くの人たちにこの素朴な傑作エンターテインメントを体験してほしい。

こういう言い方は性に合わないんであんまりしないんですが…今のところ、どんな酷暑も吹っ飛ばす、この夏いちばんのお薦め作品です!!

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