« 「Be silent!」 | トップページ | 『愛の予感』 »

2007/08/12

『デス・プルーフ in グラインドハウス』

 作品ごとに既存の映画の枠組みを破壊するほどのプロジェクトをぶち上げてきたタランティーノ。今回彼がターゲットとするのは、60年~70年代に興隆を喫したB級専門館“グラインドハウス”。かつて常に3、4本の同時上映で低予算の映画にどっぷり漬かれたこの劇場にて、タランティーノはまさに自らの原点を成すおびただしい数の作品を吸収してきた。そしていま彼はこの記憶を昔話として懐かしむだけでなく、自らの作品によってその伝説を現代に再興させるべく、盟友ロバート・ロドリゲスと共に本プロジェクト『グラインドハウス』をぶち上げたわけである。

 これは全米公開時には、タランティーノ篇『デス・プルーフ』とロドリゲス篇の『プラネット・テラー』という2本の映画が『グラインドハウス』という1つのタイトルのもと同時上映されるというものだった。本編だけじゃない。合間のインターミッションには、これまた本格的に作りこまれた抱腹絶倒のフェイク予告編をも挟み込み、とにかく徹底したこだわりが劇場を沸かせた。しかし残念ながら、日本での公開はそれぞれが一本の映画としての独立した上での劇場公開となる。(ただし、多くのリクエストに応えて、配給会社がアメリカ公開時そのままのバージョンで上映する特別期間を緊急ブッキングするらしいので、詳しくは『グラインドハウス』公式サイトをチェックせよ!)。

 劇場が暗転する。カシャカシャとフィルムを回す音が響き始める。一本の光がスクリーンへと照射され、待望のタランティーノ最新作の上映が始まる。

 そこでまず飛び込んでくるのは、ノイズだらけの音楽、傷とホコリだらけでボロボロの映像、そして動物をあしらったチープなアニメーションだった。思わず「なんだこりゃ!?」と目を疑ってしまう観客も多いことだろう。この一発目の衝撃からして、観客はいつも通いなれた劇場とは違った非日常性へと一気に連れて行かれる。もはやそこはいつもの小奇麗な劇場なんかじゃない。「グラインドハウス」という名の、猥雑で、うそ臭く、罠がいっぱいで、あらゆる意味でスリルと興奮に満ちた、とびきりの空間がそこに広がっているわけである。

 そんな通過儀礼を経てようやく突入する本編『デス・プルーフ』を一口で言い表すならば、「スーパー・スプラッター・ホラー・カーアクション・ガールズ・ムービー」ということになるのだろうか。オープニングこそ、ガールズたちの気だるいトークが延々と続きふわあ~と眠気も助長させるが、まるでそんな反応をも見越していたかのように、あのカート・ラッセルが殺人鬼として姿を現してからは映画のトーンが180度変貌する。俳優としてイケてるのかイケテナイのか、日本人にはその魅力のほどがイマイチ伝わらないことでお馴染みの彼が演じるのは、“スタントマン・マイク”と名乗る変態スタントマン。どこが変態かというと、その犯行の手口がかなり変わっているのだ。

 酒場で狙いを定めたお気に入りの美女を愛車(スタントマン用のとびきり頑丈なやつ)の助手席へと誘い込み、いざアクセル全快!そして阿鼻叫喚の地獄ドライブの末、ニヤリと笑い、非情な急ブレーキ!衝突、横転などではビクともしない完全装備の運転席(タイトルの「デス・プルーフ」とは“耐死仕様”という意味)とは打って変わり、助手席はシートベルトもない無防備そのもので、もちろん美女は息絶えるどころか、そこは見るも無残なスプラッター地獄と化しているわけで…。

 つまり、過去の偉大なホラー・キャラたちがチェーンソーやら出刃包丁やら印象に残る凶器を手にしてきたのに対し、このスタントマン・マイクに「あなたの凶器は?」と問うたなら、はっきりと声高に「車です」と答えが返ってくるわけだ。史上初の「凶器が車」な殺人鬼の誕生である。言うまでもない、すごくビミョーな殺人鬼である。

 しかし事態はこのままでは終わらない。B級映画におけるヒロインたちがこのまま黙って血祭りに上げられるかと思ったら大間違い。やがてストーリーは急転直下、真昼の田舎道で『バニシング・ポイント』も真っ青の破格のカーアクションが展開した挙句、さらにとんでもない結末が待ち構えているのだ。

 結論から言うと、本当にくだらない。くだらなさ過ぎる。でも!でも!お前ら、なんて最高なんだ!!!その“くだらなさ”は勲章であると同時に、“B級礼賛”というテーマに行き着くための堅実な布石なのであり、タランティーノはまさに僕らがB級映画に接する上で最も「待ってました!!!」と号泣したくなるような爆笑&恐怖&カタルシスをこれでもかというほど詰め込んでくれる。

 そして驚くべきは、クライマックスに向けて劇場が一体化&加速化し、いつしか誰もが我を忘れ、気が付くと「ダーッ!」と天高くコブシを突き上げ絶叫していることである。それは決して夢やまぼろしではない。普通のお上品な映画館では到底味わえないこの度肝を抜かれる光景が、この映画の行く手には広がっている。そしてこの“くだらない”=“B級礼賛”=“ダー!”=“いわゆるひとつの奇跡”を体感した者だけが、まぼろしのB級専門館「グラインドハウス」の真髄を目撃することになるのである。

 劇場の扉は開かれた。あとはあなた自身が「グラインドハウス」の衝撃を後世に語り継ぐ役目を担ってくれることを願ってやまない。っていうか、これを観て何も語らずにやり過ごすなんてことは考えられない。駄作だとか、凡作だとか、傑作だとか、そんな言いたい放題の感想を遠慮せずにぶちまけてほしい。そのいずれをも貪欲に飲み込んで、この伝説はここ日本でも、いつしかモンスターのごとく巨大化していくことだろう。

 ちなみにロバート・ロドリゲス篇『プラネット・テラー in グラインドハウス』も超カルトなゾンビ・アクションに仕上がっているので、こちらも乞うご期待!


■この記事が参考になったら押してください→人気blogランキング

___________

過去レビュー】【DIARY

|

« 「Be silent!」 | トップページ | 『愛の予感』 »

映画・テレビ」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/137483/16085837

この記事へのトラックバック一覧です: 『デス・プルーフ in グラインドハウス』:

« 「Be silent!」 | トップページ | 『愛の予感』 »