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2007/09/18

『パンズ・ラビリンス』

『アーサーとミニモイの不思議な国』が正真正銘の子供向けファンタジーだとすれば、アカデミー賞で3部門の受賞(撮影賞、美術賞、メークアップ賞)に輝いた『パンズ・ラビリンス』は大人向けのダーク・ファンタジーということになる。これが観る前にイメージしていたよりもずっと過酷な描写をふんだんに盛り込んでおり、とくにこの映画の克明に描きこむ“傷”に関しては子供が直視できないくらいに生々しいものがある。改めてギレルモ・デル・トロをはじめとする作り手の強靭な創作意志に圧倒された次第。

このなんとも重々しい雰囲気に足がすくみながらも、視線がおのずと作品の内部へと導かれていくのは、映画の幕が上がると同時に飛び込んでくる深い闇があまりに深遠な映像美を生み出しているからであり、気が付くと僕らは1944年スペインの暗黒時代にどっぷりと入り込んでしまっている。

ある日、少女オフェリアは身重の母につれられて山奥の山荘に連れられていく。そこにはクーデターの残党を殲滅すべくフランコ軍が駐屯しており、オフェリアの新しい父親はそこの大尉を務めている。敵の息の根をとめるためには手段を選ばぬ非道な父。彼は少女に一瞥もくれず、やがて生まれてくる実子が男の子であることだけを信じ、寵愛を注ぐ。だんだんと母の息が乱れていく。出産の時は近い。医師はどうやら難産になりそうだと大尉に告げ、彼は「そのときはお腹の息子の命を優先せよ」と命令をくだす。そんな中、オフェリアのもとへ妖精が舞い降り、彼女が実はラビリンスの王女の生まれ変わりであると言う。存亡の危機を迎えたラビリンスを救うには彼女の力が必要であり、そのためには彼女が真の王女であることを証明せねばならない。かくしてオフェリアは、妖精にいざなわれるままに3つの試練に立ち向かうことになるのだが・・・。

この導入部の第一試練あたりはどこか『千と千尋の神隠し』を思わせる。両者ともにドロにまみれて真っ黒になってしまう場面では少女の冒険に付き物の儀式性さえも感じられてことさら興味深い。だが中盤から後半にかけてその差異は決定的なものとなっていく。残酷な死と隣り合わせの暗黒時代、お腹の大きな母親、義理の父親との冷たい関係、迫り来るレジスタンス、政府軍による容赦ない殲滅作戦…。

この映画は僕らに、人間こそが悪魔以上に恐ろしい生き物であるということを痛いほど見せつける。その地獄の中で大人たちは血で血を洗うやり方で世の中を変えようとしている。対する少女は、彼女の目にしか映りえない“ファンタジーの世界”でもって自分なりに世の中を変えようと奮闘する。それは大人たちの目から見ると非現実的な、「逃避」にしか見えないのかもしれないが、当の少女からしてみると、この眼前の血にまみれた「大人たちの現実」こそが別世界の異様な光景なのであり、守護神“パン”によっていざなわれるラビリンスこそが自分の辿るべき道なのだと意を決するのも頷ける。

スペインが見舞われた血にまみれた現実。そして少女のいざなわれる世にも不思議な現実。

両者のリアリティは観客の中でもすっかり混濁しはじめる。そして大人たちの突き進んでいく“現実”のあまりの凄惨さに、観客さえもが少女の選び取るファンタジーに拠り所を求めてしまう…という思考の流れが、極限状況の中で生まれたファンタジーの根源的な力をより鮮明に浮き彫りにしていくのである。

いや、そもそもすべてのファンタジーはこうした絶望の中で生まれた、身を切るほどに切ないものなのかもしれない。かつてこの世に存在したすべての戦火の子供たち(それはアンネ・フランクらをはじめとするような)の魂がこの主人公オフェリアの身体に集約されているかのような気がしてならない。

いつの時代でも歴史は繰り返される。そして子供たちはいつも自分たちのやり方で勇気を振り絞る。この映画はファンタジー特有の美しくも幻想的な映像を期待して臨むと心臓が張り裂けんばかりの手痛い返り討ちを食らうが、その光景を真正面から真摯に受け止めた者だけが、その闇の向こう側に美しい一筋の光を見出すことになるのだろう。

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パンズ・ラビリンス』は、10月6日恵比寿ガーデンシネマほか全国ロードショー

ギレルモ・デル・トロの代表作『ヘルボーイ』。ジャンルは根本的に違いながらも、ギレルモ・デル・トロのキャラクター造形へのこだわりは『パンズ』と共通するものが感じられる一作です。彼が映画の中で動かす非人間的な生き物って、どうしてこんなに異様で、かつ愛らしいんでしょう。

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