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2007/10/04

『いのちの食べかた』

『オフサイド・ガールズ』を配給したエスパース・サロウという会社がまたまた画期的な作品を公開する。今度はドイツのドキュメンタリー。その名も『いのちの食べかた』。テーマとなるのは「わたしたちの普段口にする食物っていったいどこから来るの?」といった素朴な疑問だ。

選別されていくヒヨコ、プール一杯に浮かんだリンゴ、収穫を待つトマト、地下深くにある岩塩採掘場、皮を剥がれ内臓を吸い取られる牛、豚、鶏、魚。

この映画が僕の心を掴んだ点は数多くあれど、その中でも3点を挙げてみる。

●そこには言葉が存在しない

ここで映し出されるのは、食物に関するおびただしい数の「エピソード1」である。時には場内がシンと静まり返るようなビザールな(しかしそれが現実なのだ)映像もあり、いや、それ以上に思わず「これ、なに?」と凝視してしまう映像が多いことに驚かされる。そこで唐突に映し出される映像がいったい何の作業現場であるのか、常人たる僕らには皆目検討もつかないのだ。もちろん僕らは、頭の中に「?」を飽和させながら、ドキュメンタリーとして当然あるべき“説明(ナレーション)”が映像にかぶさってくるのを待ち構えることだろう。しかしそのときが訪れることはない。というよりもまず、本作で言葉が用いられるのはクレジット部分だけ。僕らは、ここに映し出される作業過程をただ淡々と目撃し続けなければならない。待っていても誰も助けてはくれない。そこでいったいどんな作業が行われているのか、自分の知恵を総動員して想像力を働かせるのみなのだ。

「言葉(説明)を廃する」というこの試みは、面白いことに、あらゆる映像を均質化することに大きな成功を納めている。つまり、僕らはたとえば轟音を響かせ血が飛び散る生々しい精肉シーンであっても、はたまたのんびりとしたトマトの収穫映像であっても、決して言葉に煽られることなく、まったく同じ温度感で、同じ驚きでもってそれらに間向かうことができる。そこには「植物だから」とか、「動物だから」とかいった差別化も存在しない。すべてが人間の口に運ばれる「いのち」として等しく写し取られている。そうした意味で、この手法は頭の中から「センセーショナル」という概念を巧みに奪い取り、あとに残るのは僕らと食物との粛々とした対面なのである。

●生命VS効率主義が生み出すアート

そうした映像を淡々と見つめている中で、ある共通点に気がつく。それが動物であっても植物であっても、あらゆるところにベルトコンベアの姿が見られ、またあらゆるところに“効率化”を象徴する流れ作業が顔を出す。右から左へ。後ろから前へ。河の流れのごとくに「いのち」が運ばれていく。まさに、生命VS効率主義。そうした“せめぎあい”が生み出す映像はもはやアートといっても過言ではないほど、美しくもあり、生々しくもある(ある人はこれらの映像にユダヤ人収容所を想起したりもするかもしれないが、この作品自体にはそのような意図は決してなく、“それそのものを提示する”ことに徹している)。

そうした中で、作業場の人間たちが時折「あっ」とヒヨコを手からこぼしたり、気まずそうな表情をしながらサンドイッチを頬張ってみたりする様子が映し出され、観客の胸を無性にかきむしる瞬間がある。規則的なアートをかき乱すこの人間の予定不調和ぶりが、結果的にそれも含めて、より強靭なアートを織り成しているというか、そうした集合体が他でもない、この『いのちの食べ方』という映像作品であるというべきか。

●インターネットでは知りえない知識

そして最後にいちばん衝撃的だったことは、こんなにもネットが普及し、情報と知識が飛び交う世の中で、僕らは結局、重要なことなんて何一つ知らなかったんだな、ということだ。ネットで検索すれば何だって答えが見つかる現代社会で、自分たちがいつも口にする食物がいったいどうやって運ばれてくるかなんて、こんな身近すぎる疑問をどうしていままで放っておいたのか。それは「興味がなかった」から?それとも「あえて知らずにいたかった」から?もちろんこの映像だけですべてを知ったような気分に浸ることは危険ではあるが、それでも「知る」ことで僕らの中で始まるものがあるとするならば、やはりこの映像作品の与えてくれる知識は「体験」にも近い衝撃と可能性を秘めている。少なくともウィキペディアを検索しただけではこの映像体験は得られない。

何はともあれ、この映画を体験してからというもの、あらゆる食物に感謝を忘れなくなった(もうひとつ言及すると、これらの作業に従事する人々への感謝も忘れまい)。今だからこそ気がつく。幼い頃から染み付いてきたあの言葉がなんと壮大な意味を含有していたことか。だからいつも心を込めて口にしようと思う。大切な言葉。

「いただきます」

いのちの食べかた』は、11月、渋谷シアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー

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食物についてもっと「言葉」で知りたいと思われた人には、ドキュメンタリー作家・森達也さんの書かれたこの本がお勧めです。

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