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2007/11/24

『マイティ・ハート 愛と絆』

 悲惨な事件だ。かつて日本人の青年が巻き込まれたあの事件を思い出す。ほとんど報道されることはなかったが、彼のご家族はいったいどんな心境でこの哀しみの日々に耐え続けたのだろう。あの頃、テロや自己責任といったセンセーショナルな言葉に翻弄されるあまり、僕はそういった部分から意識的に目を遠ざけていたように思う。

 『マイティ・ハート』は、パキスタンでアルカイダと思われる組織に拉致・監禁、そして殺害されたウォールストリート・ジャーナルの特派員ダニエル・パールと、彼の無事を信じて待ち続けた妻マリアンヌの日々を描いた物語だ(世界的に有名な事件なので、ここまで書いてもネタバレには当たらないだろう)。

 本作をより感動的で、悲壮感たっぷりで、あるいはもっとサスペンスフルな味付けで描くことは可能だったはずだ。しかしブラッド・ピット率いる製作会社プランBはそれらの選択肢がはなから眼中になかったかのように“当たる映画”の境地からは最も遠い方法論を選び取った。最優先事項は観客の満足ではなく、原作「マイティ・ハート」を著したマリアンヌ・パールに対していかに誠意を捧げられるかに尽きる、といった様相。数々のハリウッド大作でそれと間逆の映画作りに身を浸してきたブラッド・ピット&アンジェリーナ・ジョリーにとって、そういう気持ちで映画に臨んだことなど初めてだったかもしれない。

 まるで個人と個人の“契り”のように生まれたこのプロジェクトは、監督にマイケル・ウィンターボトムを起用した時点で、その方向性(ドキュメンタリー・タッチ、長回し、即興性)が決定的となった。こうやってエンターテインメントから遠く離れた地点で決してブレずに題材を突き詰めることで、いつしか観客も重い腰を上げ、じっと目線を同調してくれるはず…。『マイティ・ハート 愛と絆』は、作り手がそういった瞬間を堅く信じることによって成立している映画である。

 アンジェリーナ・ジョリーが肌を褐色に染めてまで演じたマリアンヌ・パールは、時折こらえきれずに泣き叫ぶことはあっても、決して絶望に屈することはない。ウィンターボトムは彼女にいかなる困難が降り注ごうとも、音楽を高鳴らせたり緊張感を増幅させたりなどする演出は取らず、いまこの瞬間にも消え行こうとしている命と、彼女の子宮の中ですくすくと育ちゆく命とを並存させることによって、観客がその状況から何かを掴み取る手がかりを与えようとする。

 これは憎しみの映画でもなければ、あからさまな赦しの映画でもない。何度も言うが、どこかで心揺さぶるクライマックスが用意されているわけでもない。ひとりの女性が人生の困難を乗り越え、現在も世界のどこかで力強く生きている。そして彼女の人生は、失った命、生まれ得た命らとともに、いまもなお、力強く現在進行形なのだ。

 観終わったあとの思いは複雑だ。彼女の身に起こったことが観客の胸のうちで冷静に像を結ぶまでにはそれなりの時間がかかるだろう。僕の場合、その混沌の先にまず浮かんだのは原作「マイティ・ハート」の表紙だった。初めて目にした実物の彼女は、口元にキッと力強い笑みを宿していた。それは人生の絶望を経験した人とは到底思えないような神々しさであり、どうすればあんな表情に達することができるんだろう、と不思議を通り越して、衝撃さえ感じたものだった。

 プランBが、マリアンヌと親交のあるジョリーが、そしてウィンターボトムが抱いていた思いも同じではなかったか。そして、本作を媒介に彼女の人生を追体験することで、なぜあの表情に至ったのかがおぼろげながら伝わってきた。

 この映画はつまり、絶望の中にあの表情を探す旅だったのだと、そう思えてならない。

マイティ・ハート 愛と絆』は11月23日よりTOHOシネマズ六本木ヒルズ他にて全国ロードショー

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