『ナショナル・トレジャー2』

 前作はあまり真剣には見ていなかったが、前にWOWOWでチラッと見かけたときに結構ちゃんと作られていて驚いたことがある。ここで言う「ちゃんと」は、イマジネーションをCGに頼り過ぎずにまとまりよく転がしていける演出力、構成力があるかどうか、ということだ。これだけ詰め込み型、企画先行型でありながら、外せないポイントで一個一個綺麗に得点を重ねていた。

 で、この1作目のポイントは、彼らが命がけで探求する財宝を、視覚的に「見せるか」「見せないか」ということだった。結論として彼らは「見せた」。その対極にあるのが2003年に原作が出版され、2006年に映画化された『ダヴィンチ・コード』なのかもしれず、ルーブルに始まりルーブルに終わるこの作品は遂にその具体的な“トレジャー”を視界にさらすことはなかった。そして両者は製作者側にとっても意識せずにはいられなかったみたいで、『ナショナル・トレジャー リンカーン暗殺者の日記』にはメガネにジャケット姿のニコラス・ケイジが、思わずトム・ハンクスのように映るシーンがいくつか見受けられる(それは大方、髪型のせいだと思われるのだが)。まあ、2004年の暮れに公開された『ナショナル・トレジャー』自体が、そもそも「ダ・ヴィンチ・コード」のヨーロッパ的謎解き要素をアメリカンにアレンジしたものとも受け取れるし、映画版『ダ・ヴィンチ・コード』がお世辞にも良い出来だとは言えなかった結果を受けて、その反省要素を巧みに反映させたのが、今回の『ナショナル・トレジャー2』と言うこともできるだろう。ストーリーでは負けるが、映像では負ける気がしない、といわんばかりに。

 本作は、アメリカ史をさかのぼったところの始点、リンカーン暗殺を中心に、自由の女神、英国女王、ラシュモア山に至るまで様々な伝説を捲くし立てて、縦列に並べて、まるでベルトコンベアーのように猛スピードで繋げていく。後から考えると勢いだけで、決してそのひとつひとつを掘り下げず、なんだか狐につままれたような感じもしてしまうのだが、観ている内はそれなりに流れに乗って面白く観れるので、文句はない。僕が子供だったら意味も分からず「インディ・ジョーンズ」が現代に降臨したかのように熱狂したかもしれない。

 ただ哀しいかな、僕はもう大人なのだ。そして大人としてのポイントはやはり、上記で示した「見せる」「見せない」の境界線だろう。1作目と「見せる」というスタンスを取った本シリーズは2作目でもとことん見せる。財宝も見せるし、現職大統領だって登場する(まさかあの「13」という数字にまつわる映画の出演者がそのままの役を演じているとは。ちなみに『オーシャンズ13』ではない)。

 エド・ハリス、ジョン・ヴォイト、ハーベイ・カイテルと、これほどの俳優陣を並べられれば、映画ファンも文句はないだろう。でも製作陣はまだまだ攻めの手を緩めない。さらにダメ押し。昨年のアカデミー女優賞をかっさらった『クィーン』のエリザベス女王こと、ヘレン・ミレンも登場するのだ。

 本作でニコラス・ケイジがバッキンガム宮殿に忍び込むシーンではエリザベスが登場することはない。その代わりに場所を変えて、ヘレン・ミレンはエリザベス女王とは全く違った存在感で姿を現す。そして彼女がビクトリア女王の書簡を手にするシーンがあるのだが…時と時間を越えて、エリザベスとビクトリアが握手を交わしたかのようなこの演出。ワザとやってんだろう。思わず笑みがこぼれる。

 そんなヘレン・ミレンやジョン・ヴォイト、それにエド・ハリスといった大俳優たちが、よりにもよって終盤、水浸しになりながら這いつくばって演技しているのだから、こんな優越感はない。それだけでも充分に楽しめし、けっこう高齢な出演者(ハーベイ・カイテルなんてもう68歳なのだ)たちには、心から「お疲れ様!」と伝えたいところだ。

 『ダ・ヴィンチ・コード』とは違って映画発のアイディアなので、宗教論争の火種になるようなこともまるでなし。終盤のシーソーゲームも、先人が仕掛けた罠だとは主張されるものの、まるでいずれはディズニーランドでアトラクション化されることを予測したかのような仕掛けっぷりで、これはまた先住民も先見性に長けすぎていたことよのう、と感心すらしてしまう。

 いや、ここまでマーケティング主義に彩られながらも、それをうまい具合に反転させ、何か重要な線引きの部分で映画としての面白さを充分にクリアしているのだから、その化学変化たるやたいしたものだ。こんなのを見せ付けられると、ブラッカイマー作品も安易に捨て置けなくなるじゃないか。彼の子猫ちゃんに成り下がらず、きちんと本領発揮したジョン・タートルトーブ監督にも感心した。

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『やわらかい手』

「300文字レビュー」とは、映画への想いをたった300文字に凝縮させる、とてもお手軽な文系スポーツ。というわけで、今回のお題は『やわらかい手』です。

酸いも甘いも噛み分けた彼女の笑顔が忘れられない

愛する孫を難病から救いたい、でもお金がない…。ってなわけで、平凡な主婦マギーが職探しに立ち寄った先は、なんとロンドンの風俗店!しかしそこでの“接客業”が男たちの間で大ブームとなってしまうのだから、世の中は本当に素敵な奇跡で満ちている。伝説の女優マリアンヌ・フェイスフルが苦難の自分史を投影したかのような神々しい演技を見せれば、『アンダーグラウンド』の主演が記憶に残るマイノロヴィッチも、いかつい体格で飄々とした存在感を注入。危なっかしい題材はいつしかサナギから見事な蝶へ。泣いて、笑って、ラストにはとびきりの勇気と希望をくれるこの人間賛歌、まさに「第九」に匹敵する2007年屈指の“映画締め”と言えよう。

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やわらかい手
監督:サム・ガルバルスキ
出演:マリアンヌ・フェイスフル、ミキ・マノイロヴィッチ
(2006年/イギリス=フランス=ベルギー=ドイツ=ルクセンブルグ)
クレスト・インターナショナル
12月8日よりBunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー

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『グミ・チョコレート・パイン』

「300文字レビュー」とは、映画への想いをたった300文字に凝縮させる、とてもお手軽な文系スポーツ。というわけで、今回のお題は『グミ・チョコレート・パイン』です。

男の子の下半身は、かくも壮大なファンタジーなのだ

江口寿史のエッチな表紙でお馴染みの青春小説が遂に映画化。しかも大槻、KERA、電気グルーヴとそのまま「ナゴム」と称したくなるほどの布陣で。昼飯代を映画とレコードに注ぎ、根拠もなく「俺は周りのやつらとは違う!」といきり立ち、ヒロインには名前さえ覚えてもらえず…でも下半身はいつも元気ハツラツ!出口の見えない干からびた現代と86年の笑っちゃうくらいダメダメな青春とを絶妙に切り返しながら、映画館で、バンド練習で、閉め切った部屋で、ひとり燃え上がってた“オレ”が今の“俺”に精気を与える。「青春とは心の持ち方を言う」なんて誰が言ったか忘れたが、本作は単なるノスタルジーだけじゃない。泣きたくなるくらいカタチある青春群像の傑作だ。

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監督・脚本:ケラリーノ・サンドロヴィッチ
原作:大槻ケンヂ(「グミ・チョコレート・パイン」角川文庫刊)
テーマ曲:電気グルーヴ(「少年ヤング」Ki/oon Records)
出演:石田卓也、黒川芽以、柄本祐、金井勇太、森岡龍
(2007年/日本)東京テアトル

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『ペルセポリス』

「300文字レビュー」とは、映画への想いをたった300文字に凝縮させる、とてもお手軽な文系スポーツ。というわけで、今回のお題は『ペルセポリス』です。

イランのちびまる子は、カンヌで審査員特別賞を受賞

かつて隆盛を極めたペルシアの都をタイトルに冠した自伝グラフィック・ノベルを、著者自らが長編アニメーション化。イランで生まれ、革命後の厳格化した戒律に不満をぶちまける少女マルジが、いつしか「もうここにはいられない!」と国外へ旅立つまでの幼少・青春期を、歯に衣着せぬユーモア&とびきりの家族愛で描き出す。とりわけ道の真ん中で“Eye of the Tiger”を熱唱する場面では、ロックが世界の裏側で本来の輝きを取り戻したかのような高揚感に思わずグッとくる。そんな猛々しさも含め、すべての感情をモノトーンの色調が瞬時にあったかく包み込んでいく不思議…和製アニメとはまた一味違った可能性がとても刺激的な95分だ。

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ペルセポリス
監督:マルジャン・サトラピ&ヴァンサン・パロノー
声の出演:キアラ・マストロヤンニ、カトリーヌ・ドヌーヴ、ダニエル・ダリュー
(2007年/フランス)ロングライド
12月22日より、シネマライズほか全国順次ロードショー

きっと、どんな分厚い研究書よりも、よっぽどイランについて知識を深めることができる画期的なグラフィック・ノベル。主人公が“マルジ”(著者のマルジャン・サトラピ自身)という名で、背丈もちっこくて、ちょうど日本の“ちびまる子ちゃん”に置き換えて観て(読んで)しまう自分がいました。国と時代が違えば、まるちゃんだって“punk is not dead”のTシャツを着込んで、通りの真ん中でSurvivorの“Eye of the Tiger”を熱唱していたかもしれないなあ・・・なんて思ってたら、なんだか遠いイランがとても身近に感じられてきました。

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『やわらかい手』

長文がうんざりな方は、300文字レビューでサクッとチェック

 英国を舞台にしたヒット映画の傾向には、「1、スタイリッシュなクライム・ムービー」「2、貧困、逆境との対決」「3、文芸路線」という3つの潮流が挙げられる。では、ベルリン映画祭で観客から驚愕と絶賛を持って迎えられた『やわらかい手』はどうだろう?

 物語は、ロンドンのとある病院からはじまる。

 ベッドに幼い男の子が横たわっている。傍らに付き添う両親は、まだ20代そこそこなのにかなりやつれた様子だ。追い討ちをかけるように医者からの宣告が下される。

 「息子さんは予断を許さない状況です。しかしオーストラリアにその道の専門家がいます。今ならベッドに空きがある。…決断のときです」

 彼ら夫婦には、もはやオーストラリアへの渡航費と滞在費を払えるだけの金銭的余裕が残されていなかった。やつれた表情にさらに深い皺が刻まれる。

 だが彼らの苦悩をずっと見つめてきた人がいた。病に苦しむ幼子のおばあちゃん、マギーだ。愛する孫のために既に自宅を手放していた彼女は、すかさず老体に鞭打って就職活動を始める。斡旋会社では「その年齢では無理です」とあえなくシャットアウト。しかしトボトボと歩く道すがら、運命の瞬間が訪れる。気がつくとそこはロンドンの歓楽街、ソーホー。見るからにいかがわしい店が立ち並ぶその一角に張り紙を見つけたのだ。

 「接客係募集」

 てっきり「ウェイトレスか何か?」と応募する彼女に、いかつい店のオーナーは「両手を出してみて」と言う。言われたとおりに差し出すマギー。しばらく鑑定が続き、一言。

 「うん、悪くない」

 彼女はなんとこの店で、男たちを手でイカせる商売に従事してしまった。ワンコイン投入でランプが光ると、壁に空いた丸い穴から隆起物が顔を出す。大きいの、小さいの、イビツなの、様々。はじめは苦悩の日々だったが、「孫のため」と割り切ると怖いものはなくなっていく。これまで何のとりえもなかったマギー。しかし運命とはおかしなものだ。いつしか男たちは彼女のサービスに行列を成すようになった。「Irina(イリーナ)」という芸名も与えられた。顔の見えぬミューズに逢うため、今晩も男たちが大挙する。彼女はいまや、街の伝説になろうとしていた…。

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 気がつくと、長々とストーリーを語ってしまっていた。それもこれもこの映画のせいだ。なんという運命の流転。なんという皮肉なサクセス。個性あふれる登場人物に、予断を許さぬ驚愕の展開。もちろんこの“ブラックユーモア”を許容できない人にとっては苦痛な部分も多いかもしれないが(しかもこの映画が知的なマダム層の支持を集めるBunkamuraル・シネマで上映されるというのだから、支配人はなんと冒険心に満ちた御仁なんだろう)、この映画はそのリスクを侵してあまりあるほどのパンチの効いた人間ドラマであり、肉厚のハードボイルドの側面をも併せ持つ。

 ハードボイルド…?

 たとえば、マギーが最初の仕事を終えて手を洗うシーンに注目したい。洗っても洗っても汚れが落ちない気がして、しまいには気が狂ったようにバシャバシャとやってる彼女。ハッと我に返り、顔を上げるとそこには鏡がある。青ざめた顔。見慣れた自分の顔が今では丸っきり別人のように見える…。これは世にあるハードボイルド映画において数限りなく繰り返されてきた常套的なシークエンスである。やむにやまれず殺しの稼業を請け負ってしまった男が最初の殺人を犯し、狂ったように手を洗いながら「血の匂いが消えねえ」とつぶやく。ふと顔を上げると、そこにはやっぱり鏡がある。マギーの場合はこれにややアレンジが加わり、手についた血もここでは思いのほか白濁していたわけだが、その精神は紛れもないハードボイルドから受け継がれたものだ。

 おばあちゃん+ハードボイルドという組み合わせの妙。この化学変化的なジャンル融合が物語を勢い良く回転させはじめる。

 まさに生き残るために何でもやる。愛する孫のためにすべてを投げ打ってみせるその姿に、観客は段々と圧倒されていく。そしていつしかマギーの表情は自信に満ち溢れている。これまで何のとりえもなかった彼女が今では眩いばかりの神々しさを身にまとい、寝たきりの孫に向かって「大丈夫だから!」と優しく笑う。その表情の頼もしいこと。冒頭でオドオドしていた彼女はどこへ行ってしまったんだろう。

 またマギーを演じるのが伝説の女優マリアンヌ・フェイスフルなのが興味深い。音楽&女優のキャリアを順調に築きながらも(ミック・ジャガーの恋人でもあった)、60年代のどうしようもない潮流からかドラッグ中毒となり第一線よりフェイドアウト。その後、直面した“どん底”の生活は本作でマギーが経験するそれに比しても劣らない壮絶なものだったと言う(更にフェイスフルはこの映画の製作と前後して乳ガンが見つかり闘病を余儀なくされたが、いまでは再び復活を果たしている)。

 ちなみに店のオーナー役を演じるのは、エミール・クストリッツァ監督作『アンダーグラウンド』で主演を務めたミキ・マノイロヴィッチ。無骨で感情表現の苦手そうな風貌ながらも、やがてマギーに対して複雑な想いを抱きはじめるコミカルな心象模様は、暗くなりそうな危うい場面でもフッと緊張を笑いに変える。これまた映画を見慣れた人にとってはお決まりのパターンとはいえ、あまりのタイミングを心得た演出に胸が熱くなる。

 結果的に本作は、最初に想定していた感触とは全くの別世界へ到達する。誰も死なないし、殺されない。陰気なのに、なぜだかとてもあったかい…。

 なにせこれは通常の発想にスパイラルを加えた作品だ。製作にはEU5カ国の製作会社が参加し、監督はドイツ出身。主演女優は型破り。「2、逆境との対決」などといった枠には到底おさまりきらない。結果的に冒頭で掲げた3つの法則など木っ端微塵に吹き飛ばしてしまうことになるが、気分はいたって最高。この規格外の快作―世界で最も平和なハードボイルド映画に、最大級の賛辞を送りたい。

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やわらかい手』は、12月8日より、Bunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー

若き日のマリアンヌ・フェイスフルはこういうことになっていた。一曲目の「AS TEARS GO BY」はミック・ジャガーとキース・リチャーズが手掛けたフェイスフルのデビュー曲でもある。

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