『トゥヤーの結婚』
一口に「モンゴル」と言ってもいろいろある。かつてチンギス・ハーンによってユーラシア大陸を広く征服したモンゴル民族も、いまでは「モンゴル国」や中国の「内モンゴル自治区」のほか、周辺の旧ソ連の国々などにも跨って分布している。
『トゥヤーの結婚』はその中でも「内モンゴル自治区」に生きる女性について描いた中国映画だ。この地では牧草地の砂漠化に伴い、都会へ移り住むことを余儀なくされたモンゴル民族も数多い。しまいには政府までもが強制移住を促進し、この映画撮影に使われた場所の住民たちも、終了後まもなく移住させられてしまったという。激しく変化を遂げる中国では、『胡同のひまわり』や『長江哀歌』といった作品群と同様に、『トゥヤーの結婚』でも、フィルムに刻まれた尊い面影が、いまはもう存在しないのだ。
この地に生まれた母親を持つワン・チュアンアン監督は「私はモンゴル文化が大好きです。だからこそ、この消え行く文化を映像に残したいと思いました」と語っている。そんな個人的な想いに端を発した本作が、なんと2007年のベルリン国際映画祭でグランプリを受賞してしまった。グローバルスタンダードもへったくれもないこの映画がグランプリだなんて、これは監督自身にとっても心臓が止まるほどのサプライズだったに違いない。
主人公トゥヤーは働き者のお母さんだ。年齢は30歳くらいだろうか。2人の子供がいて、かなり年配に見える夫は作業中に事故に見舞われ、下半身が麻痺している。
トゥヤーも子供たちも一緒に羊を放牧し、その合間に何キロも離れた井戸まで水を汲みに行く。変化の激しいこの地で生きていくことはとても過酷なことだ。そしてトゥヤーもまた身体を酷使しすぎて変調をきたしてしまう。医者からは「もう無理ができない」との宣告。このままだと家族は共倒れになってしまう。夫はほとんど言葉を発しないながらも、その物言わぬ表情が自責の想いを強く物語っている。そんなある日、義理の姉(夫の姉)がやってきて、トゥヤーに「あんた夫と別れなさい」と言う。
「まだ若いんだから、動けない夫や子供たちのことは私に任せて、再婚して幸せになりなさい」
それは義理の姉からの精一杯の言葉だった。
夫婦は離婚を決める。
働き者で面倒見のよいトゥヤーのもとには何人もの求婚者が現れる。だが、優しい彼女には元夫や子供たちのことが見捨てられない。なのでせっかくの訪問者たちにもとんでもない条件を出してしまう。
「元夫と子供たちを一緒に養ってくれるならば、求婚を受けます」
困惑の表情を浮かべる男たち。まるで「かぐや姫」のワンシーンがカタチを変えて現れたかのようだ。他のどんな好条件を出されても首を縦に振らないトゥヤー。彼女の中で「元夫と子供たちの養育」は絶対なのだ。モンゴルの大地で繰り広げられるこの結婚大作戦は、やがて予想外の哀しみとささやかな幸福と笑いに彩られ、モンゴル語で“トゥヤー”があらわす“光”という意味さながらのおぼろげな光を放ち始める。眼前に広がっていた“超ローカル”な風景は、それを受け取った観客の中でそれぞれの“普遍性”へと到達していく。
かけがえのない家族。この地で精一杯に生きていく幸福。
それは国が違っても決して変わらないものだ。
ふと中国のことを思う。
経済発展の裏側でドラスティックな取捨選択を施していくこの国。たとえばオリンピック開催のためにフートンの街並みはいまこの瞬間にも破壊され、山峡ダム建設という国家プロジェクトのために長江流域に住むおびただしい人々が立ち退きを余儀なくされた。
『トゥヤーの結婚』に付随する“強制移住”はこれらとは事情が違うが、あえて夢見がちなことを言うならば、フートンや長江、そして内モンゴルについても最も幸福なのは「何かを捨てること」ありきの政策ではなく、「どちらも救うこと」という方向性だったろう。それはちょうどトゥヤーが求婚者たちに提示する「元夫と子供たちを養育すること」という条件と似ているかもしれない。
本作は中国映画なので間違っても政治的な主張を付加することはないが、ワン・チュアンアン監督のモンゴルへの想いは、思いもかけず、映画撮影という瞬間的な魔法によってフィルムに結実することとなった。そこには消え行く風景、消え行く文化がなんら損なわれずしっかりと記録されている。
もしかすると彼は、トゥヤーが無心になって追い求めた、そして政治には決してなしえなかった“どちらも救う”という最高の選択肢を、たとえフィルムの中だけでも、高らかに行使したかったのではないだろうか。
何かが消え行く瞬間を「REQUIEM」ではなく、あえて「MARRIAGE」として明日につなげようとする、そして歴史に刻み込もうとする映画作家の祈りにも似た感情に、思わず胸が熱くなった。
『トゥヤーの結婚』は、2月23日よりBunkamuraルシネマ他にて全国順次公開
*後日談ですが、本作の主演、ユー・ナンは、『マトリックス』のウォシャウスキー兄弟による最新作『スピード・レーサー』にも出演しているんだそうです。
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こちらは「モンゴル国」で生まれたささやかな佳作。幼い子供(ナンサ)と大自然とのオーバーラップになんだかいろんな想いが浮かんでは消えていき、エンドクレジットで号泣してしまいました・・・。
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