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2008/02/08

『フローズン・タイム』

 『トレインスポッティング』や『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』と同じく、『フローズン・タイム』を世界の映画シーンに全く新しい風を吹き込んだ革新的ブリティッシュ・“ポップ”ムービーとして捉える向きも多いだろう。

Cashback

 しかし写真家としても名を馳せるショーン・エリス監督は、外面的な“ポップ”感覚にのみこだわった上記の2監督とは明確に一線を画し、その糸口こそ「失恋」という青臭いテーマではあるが、結果的には、「時間」、「記憶」、そして「意識」という観念を驚くべき映像でつかまえた、独自の“哲学”にまで高めている。

 哲学と言っても、何もここで「カントがさ…」とか「フーコーのやつめ…」などと小難しいことを持ち出そうってんじゃない。ここで描かれるのは誰にでも経験のある、ごく身近なことだ。

 たとえば、失恋。失恋してなんだか茫然自失になって、時計を眺めていてもちっとも秒針が進んでくれない、って時があるだろう。さっきからもう30分くらい経ったかなと思うとまだ1分も進んでいなかったり。この映画の主人公ベンはまさにそんな若者だ。「ハチミツとクローバー」よろしく、美大で画家志望の彼は、ガールフレンドにフラれたショックから不眠症に陥ってしまう。眠りたいけれど、眠れない。彼女との思い出が頭によぎるたびにベッドに深く深く沈みこんでしまうような感覚…これはかなり重症だ。そんなベンが、よせばいいのに、よりにもよって深夜のスーパーでバイトを始める。彼にしてみれば、自分の不眠時間に金を支払ってくれるなんて素晴らしすぎる…といった感じだった。バイト仲間は深夜ならではの一筋縄ではいかない連中ばかりで、店長ときたらスキンヘッドで演説好きの熱血漢(もちろん嫌われ者)。

 多くの人が寝静まった深夜帯。ベンの眼前には手で漕いで泳げるほどの膨大な時間が横たわっている。周りには自分勝手なヤツラばかり。彼がどうやって時間を使いこなすかは、彼の自由。これはまるでリハビリテーションのような空間ではないか。そんなこんなで彼はついに限界を超え、ひょんなことからひとつの真理にたどり着く。

 つまり、「時間」とは自分の意識の内で発生するもの。時計で計れば同じ分量でも、とびきりの楽しい時間は驚くほど速く過ぎ去り、逆に悩みにくれているような時間は苦痛なほどゆっくりと停滞する。ベンは自らの意識をコントロールすることで“時間を止めること”を覚える。

 深夜のスーパーで、人知れずフリーズした時間たち。

 その間、この世界の中で動いているのは、ベンたったひとりだけだ。彼くらいの若者なら一度は妄想してしまうちょっとエッチなことから、仲間への華麗なるいたずら、そして気になる女性の表情にふと見とれてみたり…そんなことを続けるさなか、彼はやがて、その凍りついた世界に生きる女性たちをデッサンしはじめる。ライフワークのように、真剣に…。

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 果たして彼の超能力はホンモノなのか、それとも重度の不眠症による錯乱状態に等しいのか…はっきりいってそんなのはどうでもいいことだ。なぜなら、この映画で最も心を奪われるのは、“一瞬を切り取る”という行為が崇高なまでに美しく描かれているところなのだから。そしてベンならずとも、僕らはその“一瞬を切り取る=時間をフリーズさせる”ことがこの日常の中で可能であることを、各々の経験から知っている。

 日々、時計の刻む時間に縛られた僕らは、ふとした拍子にその鎖を振りほどき、意識を自由に操作することで、些細な風景の中に奇跡的なまでの一瞬を見出したり、「この一瞬を忘れまい」と意識的に時を止めることができる。この世の中では、誰もが時の支配者となれるのだ。

 そして本作がショーン・エリスによって生み出されたことが、もうひとつの意味を付与してくれる。それはベンのような画家の卵であったり、エリスのような写真家であったり(付言すると、映画監督だって1秒間につき24枚の連続写真を活写するという意味では列記とした写真家なのだ)、芸術家と呼ばれる人たちがいかにその“一瞬”に己の感性のすべてを賭けて勝負を挑んでいるか、ということについて心がズキズキと痛むほど繊細に伝わってくるところだ。

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彼らはまさにベンの超能力のごとくに時間を操り、驚異的な感性で奇跡的な一瞬を作品に納めている。彼らが世の中に提示するあらゆる作品は、まさに邦題どおりの“フローズン・タイム”ということができるのだろう(原題は“CASHBACK”)。

 これは間違ってもSF映画というわけではない。むしろ芸術家という“タイムストッパー”たちの意識の流れを、僕らが最もわかりやすいかたちで具象化して提示してくれた極上の映像作品といえるだろう。

 ちなみに、ベン役のショーン・ビガースタッフを忘れてはいけない。彼の顔、どこかで見覚えが…と思っていたら、出演作に『ハリー・ポッターと賢者の石』とあったので驚いた。彼はハリーの所属するクィディッチ・チームのキャプテン、オリバー・ウッド役として1&2作に出演していたのだ(3作目になると彼は魔法学校を卒業してしまう)。彼のイノセントなたたずまいは、ひょっとすると出演者によっては変態映画とも受け取られかねなかった『フローズン・タイム』を、とびきり透明感のあふれるものへと昇華させてくれた。

 また、スーパーのバイト&店長で結成された即席フットサルチームが因縁の戦いに挑むくだりが、『ハリー・ポッター』のクィディッチを示唆してるのかなぁと思いきや、いきなり吹き出してしまうほどピンポイントで『グラディエーター』化していくのも、ご愛嬌ってことで。

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