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2008/03/10

『タクシデルミア ある剥製師の遺言』

 これは芸術か、冒涜か。

Taxidermia_2 
ハンガリーからとてつもない変態映画が届いた。その名も『タクシデルミア ある剥製師の遺言』という作品。祖国の歴史に翻弄された親子3世代の壮大かつ壮絶なクロニクルである。

 物語は第二次大戦期、不気味な田舎町で幕を開ける。一面に立ち込める霧。かすかに見えてくる山小屋。そこに現れし、ヒョロッとした兵士がひとり。彼こそこの映画の起点となる御仁、ヴェンデル・モロジュコヴァーニである。彼は戦場で祖国のために命を投げ出す…なんてことはなく、どうも上官らしき男の自宅で「早く風呂を沸かせ!」だの「メシつくれ!」だのと無条件にこき使われている様子。彼の楽しみと言えば、時々、炎を見つめてうっとりしたり、上官の太った奥さんとのいかがわしいことを夢想してはついつい絶頂に達し、月夜の空に絶叫してみたり、その最中に股間をニワトリに突っつかれたり。そんな不健康な状態がついついエスカレートしてしまい、さばかれたばかりの豚を見て発情してしまったりなど、もう、とんでもない精神状態へと追い込まれていく…

 この「祖父の章」からして、モロに男根丸出し(作り物なのか?ホンモノなのか?)の猥褻っぷり全快なのだが、最初の頃こそ「とんでもない映画に触れてしまった…」と困惑すら抱えるものの、“慣れ”とは本当に怖いもので、いつしかこちらもへっちゃらとなり、だいぶ開き直る余裕すら生まれてくる。そうしたら今度は映画のほうが仕掛ける番。それまでいかがわしさ満載だったのが一転して、とんでもない創造力と芸術性を爆発させたりもするのだから、本当に一筋縄ではいかない。

 続いて、兵士の子カルマンが現れる。彼が生きたのは主に冷戦期だった。街中が真っ赤に彩られた共産主義時代に、なぜか彼は国民的大食い競技の花形選手となり、“大食いチャンピオン”の称号を欲しいままにする。そしてずっと高嶺の花だった大食い女性チャンピオンとの婚約…。

 虚構か史実か、大食い大会の模様は壮絶を極める。まさに文字通りのバキューム(大食い)&リリース(嘔吐)。観客にとって一文の得にもならない描写の繰り返し。作品資料では『モンティ・パイソンの人生狂想曲』のクレオソート氏のスケッチが例に挙げられているが、いやいや、これはクレオソートを遥かに上回る、気持ちのいい(いや、悪い)ほどに妥協のない描写っぷり。もちろん体調の悪い人ならば“もらいゲロ”する可能性だって大きい。劇場はゲロまみれになりかねない。マジで危険な事態だ。

 でもでも、これは本当に奇妙なことなのだが、この無軌道な情熱が妙に胸を打つ瞬間があるのだ。彼ら大食いアスリートたちが栄光を夢見てロッキーさながらの練習を積む場面、恋人と甘い言葉をささやきあう繊細な場面、そして競技場で“バキューム&リリース”のスペクタクルに臨む場面、それぞれに胸を打つ瞬間がある。だって、これと同時代、アメリカやソ連は宇宙に向かって必死に全知能を結集させていたんだぜ。一方の彼らは果てしなく口と胃袋を動かし続ける…これはこれで別次元の“宇宙”を目指した人類史、といえるのではないだろうか?

 で、時は現代。遂にタスキは孫へとつながり、大食いチャンピオンの息子、ラヨシュはタイトルにもある「剥製師」となる。前2世代に比べれるとその存在感もかなり地味で、大きなことを成し遂げそうな気配もない。そこに現代の若者たちが抱えた苦悩が見え隠れする。しかし彼は彼で、偉大な親たちを超えて歴史に名を残そうと静かに目論んでいる。それがなんであったのかは結末に触れるので口が裂けてもいえないのだが、人生とはかくもひとつの作品なのあり、その作品を完成させるのはこれほど壮絶きわまりないことなのだ!最初っからすっかり振り切れていた限界インジケーターが更にグルリと一回転する強烈な描写に備えて、これからご覧になる方には心臓をバンバン叩いた上で、急停止しないよう最善の努力を払っていただきたい。

 実はこの作品、NHKも出資しているサンダンス映画祭の脚本コンペで受賞し、そのまま映画化への道を辿ってきたのだそうだ。しかし出来上がった作品があまりに強烈だったため、通例の「NHKでの放送」という道を断念せざるをえなかった。こんな映画が日本で公開されてしまう奇跡を享受しつつ、この猥雑さと芸術性を重ね着したかのような唯一無二の創造世界を、そして親子3世代に渡るハンガリー史を、思うがままに味わってほしい。ただし、心臓の強い人だけね。

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タクシデルミア ある剥製師の遺言
監督:パスカル・ジョルジ
出演:ツェネ・チャバ、トロチャーニ・ゲルゲイ、マルク・ビシュショフ
(2006年/ハンガリー=オーストリア=フランス)エスパース・サロウ
3月29日(土)、シアターイメージフォーラムほか全国順次ロードショー

一風変わったパーティームービー、あるいは嫌いなあの人へのサプライズ・プレゼントとして最適です!

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