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2008/04/29

『ミスト』

 フランク・ダラポン監督の最新作『ミスト』は、『ショーシャンクの空に』『グリーンマイル』に引き続きダラポンが三たびスティーヴン・キングの原作に挑んでいるからといって、同系色の感動モノと思って臨んでしまうとうっかり鼻血が吹き出しねない。

 人間の持つ良心の深度を測るような作風を得意としてきたこの監督だが、同路線を追究したジム・キャリー主演作『マジェスティック』は力作ながらもヒットに恵まれず、長らく執筆していた『インディ・ジョーンズ4』の脚本はスピルバーグに手放しで賞賛されたものの、その後ジョージ・ルーカスの不評を食らい、あえなくボツ。ここ最近の心境は一面に広がったミスト(霧)そのものだったに違いない。

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2008/04/28

『幻影師アイゼンハイム』

 映画が始まるや、エドワード・ノートンが一点集中、凄い形相を浮かべて念力を送っている。どうやらそこはステージの上らしい。固唾を飲み見守る観客たち。やがて彼の目線の先におぼろげな光が形を現し始める…

 昨年のアカデミー賞で話題になっていた“The Illusionist”という作品が、『幻影師アイゼンハイム』という深夜アニメのような邦題で日本公開となる。今年の夏に『インクレディブル・ハルク』が待機するノートンが相変わらずのペロンとした“なで肩”ぶりで観客をいざなうは、19世紀末、ウィーン。突如現れた幻影師アイゼンハイムが、世界中を旅して習得したという驚愕のマジックで一大ブームを巻き起こしていく。

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2008/04/25

『愛おしき隣人』

300文字レビュー」とは、映画への想いをたった300文字に凝縮させる、とてもお手軽な文系スポーツ。というわけで、今回のお題は『愛おしき隣人』です。

トリアー、カウリスマキに並ぶ、北欧からの怪人が登場

個性派ぞろいの北欧から『散歩する惑星』で知られる鬼才ロイ・アンダーソンの新作が届いた。今回彼が仕掛けるのは、なんと「ストーリーが存在しない」物語。そこでは人々の見た悪夢がモザイク状に散りばめられ、ある女性は怒りに任せてラップ(?)を口ずさみ、ある男はマチャアキばりのテーブルクロス芸に大失敗。列車の音がうるさくて眠れない男がいれば、新婚夫婦の住居が突然車両となって発進し窓越しに大勢が「結婚おめでとう!」と祝福したりもする。すべては一時的。過ぎ去るともう二度と戻ってこない夢の嵐。最初は頭の中が「?」でいっぱいだが、ハマるとなんだか可愛らしくって愛おしくて、不思議ゾーンの魅力に火がついて止まらなくなる。

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愛おしき隣人
監督:ロイ・アンダーソン
出演:ジェシカ・ランバーグ、エリック・ベックマン、エリザベート・ヘランダー
(2007年/スウェーデン=フランス=デンマーク=ドイツ=ノルウェー=日本)
スタイル・ジャム、ビターズエンド
4月26日より、恵比寿ガーデンシネマほか全国順次ロードショー

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2008/04/24

ゼア・ウィル・ビー・ブラッド

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2008/04/23

『アイム・ノット・ゼア』

300文字レビュー」とは、映画への想いをたった300文字に凝縮させる、とてもお手軽な文系スポーツ。というわけで、今回のお題は『アイム・ノット・ゼア』です。

神様の人生を描くには、アヴァンギャルドな手法がよく似合う

ロックの神様、ボブ・ディランの人生が映画化!…といっても、そこでは名前も年齢も性別も違う6人の俳優たちがそれぞれ詩人、アウトロー、映画スター、革命家、放浪者、ロックスターとしてタスキを繋ぐ。まるで群像劇。でもこれらはすべて紛れもないディランの人生なのだ。一箇所に留まることを知らず、世界を変幻自在に渡り歩く存在。気がつくと彼はもう次なるステージへと昇っている。つまり、“He’s not there!”なのだ。彼のいちばんカリスマティックな部分を演じるケイトも印象的だが、急遽したヒースの体現する苦悩と孤独、それに黒人少年(彼もまたディラン)の神々しい屈託のなさが、ディランの知られざる側面に彩りを添える。

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アイム・ノット・ゼア
監督:トッド・ヘインズ
出演:クリスチャン・ベイル、ケイト・ブランシェット、マーカス・カール・フランクリン、
リチャード・ギア、ヒース・レジャー、ベン・ウィショー
(2007年/アメリカ)ハピネット/デスペラード
4月26日より、シネマライズ・シネカノン有楽町2丁目ほか全国ロードショー

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2008/04/20

『紀元前1万年』

300文字レビュー」とは、映画への想いをたった300文字に凝縮させる、とてもお手軽な文系スポーツ。本日の執筆者は「ひまわり親方」さん。お題は『紀元前1万年』です。

さらばエメリッヒ、炎の向こうで悠久のダンスを踊れ。

ウホホホホ!俺、マンモス、追いかける!デッカイ鳥に突つかれる!サーベルタイガーにギロッと睨まれる!紀元前1万年は毎日が波乱万丈。でもやっぱ怖いのは人類だった。獰猛な民族の襲来で平和な村はあっという間に崩壊し、多くの村人は奴隷としてピラミッドのある大都市へ…って、これ、『アポカリプト』そのまんまじゃん!その上、使用言語はもちろん英語ってんだから、さすがエメリッヒ、ハリウッドのエンタメ文法もここまで極まれば逆にアッパレだ。そしてエメリッヒ映画のトレードマーク「演説シーン」の登場に座席から転がり落ちた。うはっ、こ、これは…凄すぎる。リアリズムの時代にこれほど我流を貫けるとは。ある意味、伝説だぜ、ウホホ。(ひ)

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紀元前1万年
監督:ローランド・エメリッヒ
出演:スティーブン・ストレート、カミーラ・ベル、クリフ・カーティス
(2008年/アメリカ)ワーナー・ブラザーズ映画
4月26日、全国ロードショー

ぜひこの2作を見比べてみて!『アポカリプト』の監督メル・ギブソンは、ローランド・エメリッヒ監督作『パトリオット』で主演も果たしているのだが・・・。どうしてここまで似通ってしまったのか。

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2008/04/19

『大いなる陰謀』

300文字レビュー」とは、映画への想いをたった300文字に凝縮させる、とてもお手軽な文系スポーツ。というわけで、今回のお題は『大いなる陰謀』です。

せめて2、3年早く出逢えたら、こんなに哀しくはならなかった

新たな軍事作戦を推し進める気鋭の共和党議員がジャーナリストに特ダネを優先提供する。その瞬間にも戦場では若き兵士たちの命が危険にさらされ、また大学の研究室では、教授が生徒に“ある教え子の話”を切り出していた…。主演作『大統領の陰謀』で国家に挑んだレッドフォードが、今度は現代社会のジレンマを3つのステージで切り崩す。原題は“Lions for Lambs”。獅子(勇敢な兵士たち)が羊(彼らを利用する政治家)のために犠牲となる皮肉を表している。ヒューマニズムは冴え渡るが、全てはタイミングが悪かった。大統領選が過熱する中、この手の主張は語り尽くされた感が強い。トムの不人気も相俟って、着想・製作から公開までのタイムラグが残念でならない。

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大いなる陰謀
監督:ロバート・レッドフォード
出演:ロバート・レッドフォード、メリル・ストリープ、トム・クルーズ、
マイケル・ペーニャ、デレク・ルーク
(2007年/アメリカ)20世紀フォックス
4月18日より日劇ほか全国ロードショー

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2008/04/18

『オーケストラの向こう側』

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 たとえば、ポール・トーマス・アンダーソンの傑作『マグノリア』において9人の主人公たちが誰一人損なわれることなく演技という名のハーモニーを奏でる様子に、“オーケストラ”という言葉を当てはめたくなる人は多いだろう。あるいは今夏公開の『クライマーズ・ハイ』で、北関東新聞社の編集部が一丸となって怒涛の渦に巻き込まれていく様子は、僕にとって“クライマックスに向けてボルテージ上がりっぱなしのオーケストラ”以外の何者でもなかった。

 三谷幸喜がミュージカル舞台「オケピ!」の題材として目をつけるまでもなく、かくもオーケストラには群像劇の要素で満ち満ちている。それぞれが独立した個性でありながら、いざ指揮者がタクトを降り上がるとそこには瞬く間に統制された集団芸術が立ち上がる。この劇的なまでの結束力はオーケストラ最大の魅力といっていいだろう。

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2008/04/14

『つぐない』

長文がうんざりの方は300文字でサクッとチェック。

 イアン・マキューアンの原作はかなり分厚い小説なのだが、『プライドと偏見』をご覧になった方には既にお分かりと通り、ジョー・ライトという監督はまだ30代の若さながら、これらの小説における文体を見事な映像詩へと変換していく。ふと目にしたポスターなどからクラシックなイメージを思い浮かべる方も多いだろうが、それはちょっと違う。文芸=クラシックという思い込みの向こう側にジョー・ライトの秀でた才能は華々しく開花し、息を呑むほどの芸術性と“フィクション”を俯瞰する大仕掛けは観客の心を深遠な領域にまでいざなってやまない。

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2008/04/12

チャン・イーモウ発言録

ちょっと前になりますが、3月21日の「NEWS23 金曜深夜便」にチャン・イーモウが出演していました。そこでの発言が最新作『王妃の紋章』のみならず、自身が開閉会式の総合演出を手がける北京オリンピックについても触れていてたいへん興味深いものでしたので、手元で書きなぐったメモを頼りに発言のいくつかをまとめてみたいと思います。

「中国では男尊女卑の歴史が続いてきました。その中で女性が反旗を翻そうとすると、待っているのは決まって悲劇でした。今でこそ北京などの大都市では男女平等が浸透していますが、地方ではまだまだ封建社会が残っています。私の作る映画はこれらの女性に向けた心からのエールということができるでしょう。」

「中国における経済発展は映画製作の規模を格段に大きくし、私の映画づくりも変化を余儀なくされてきました(ちなみに『王妃の紋章』の制作費は50億円)。しかし私が手がける大作映画はハリウッドの商業映画とは違います。私は大作にも芸術的な創意工夫が不可欠だと思っている。世界はいまどんどん小さくなっていて、すべてが似通ったものになってきている。そんな時こそ芸術には独自性が必要です。そう考えたときに、自分たちの民族の特色へと目がいくのは当然のこと。なにしろ私たちには5千年の歴史があるのですから。」

「もちろん中国でものづくりをするためにはある程度の妥協が必要です。わが国には検閲という制度がありますから。芸術家は何でも好きなように表現できるわけではない。芸術家にとって妥協はとても辛いものです。しかしそこであきらめては何も生まれません。なにか実現困難なものにぶつかったとき、自分にグッと負荷をかけて問題を粘り強く解決に向かわせる。これがもっとも大切なことなのです。」

「私はオリンピックを政治的なイベントとは考えていません。開閉会式の総合演出にあたって意識していることは、“本番は一度しかない”ということです。映画のように何度も撮り直すことはできない。本番で“絶対失敗しないもの”に仕上げていくということが私にとって最大の責務だと思っています。その中身は数万人の演者を動員するスケールの大きなものになりますが、大切なのは“規模”ではありません。質の高さです。質の高い表現を生み出せるのであれば、私にとって演者はたったひとりでも構わないのです。」

「私の映画作りの中心は今も昔も変わっていません。人間の原始的で本質的な感情を表現すること。ただそれだけです。大切なのは人間の心。それらの前では豪華絢爛な美術でさえ単なる舞台装置にしか過ぎないのです。」

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2008/04/10

『王妃の紋章』

300文字レビュー」とは、映画への想いをたった300文字に凝縮させる、とてもお手軽な文系スポーツ。というわけで、今回のお題は『王妃の紋章』です。

さすが王朝の家庭崩壊はスケールが違う

近年、絢爛豪華な武侠映画が続く中国の巨匠チャン・イーモウ。今度の新作は後唐時代に君臨した“黄金の王家”の物語だ。王が王妃に毒を盛れば、王妃は義理の息子と密かに不倫。果てにはその兄弟たちも家庭崩壊の泥沼に足を突っ込んでいく。さすが北京オリンピック開会式の総合演出を務めるイーモウ、数万人規模のエキストラを軽々と動員してみせる演出力は計り知れない。飛び交う弓矢、飛び散る鮮血、空から舞い降りる忍者軍団。でも、ここまで渾身の力を込めて描かれるのが、たかが“(王朝の)ホームドラマ”という 落差に、あきれを通りこしてむしろ拍手を送りたくなる。これは中国へのラブレターであり、壮大な『家族ゲーム』でさえあるのかも。

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3月21日の「NEWS23」にイーモウ監督が出演していました。そのときの発言録はこちら

王妃の紋章
監督:チャン・イーモウ
出演:チョウ・ユンファ、コン・リー、ジェイ・チョウ
(2006年/中国)ワーナーブラザーズ
4月12日(土)東劇ほかにて全国ロードショー

【メモ】朝日新聞(4月11日夕刊)によると、『王妃の紋章』の原案は「劇作家曹 禺(ツアオユイ)の『雷雨』。革命前の資本家一家の崩壊を描いた著名な戯曲で、中国の演劇学生なら一度は演じたことがある」ものなのだそうです。つまり、チャン・イーモウはこの原作世界を思いっきり唐代へ放り込んでしまったわけですね(なので、この物語は史実にあらず)。残念ながら「雷雨」の翻訳版は絶版となっているようです。

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『フィクサー』

アカデミー賞 助演女優賞(ティルダ・スウィントン)、獲得!

300文字レビュー」とは、映画への想いをたった300文字に凝縮させる、とてもお手軽な文系スポーツ。というわけで、今回のお題は『フィクサー』です。

長文レビューはこちら

今度のクルーニーは“フィクサー=もみ消し屋”

NY最大の法律事務所。とある企業訴訟の担当者が良心の呵責に耐え切れず、クライアントに反旗を翻す。すかさず事務所はフィクサーを送り込み事態の収拾を図るのだが…。ストイックかつ骨太な作風で知られる“ジェイソン・ボーン”シリーズの脚本家トニー・ギルロイの初監督作。今回のクルーニーはオーラを消し去り、正義に目覚めた同僚をなだめつつも営利主義の中枢で激しい葛藤に苛まれる仕事人を見事に演じる。利益のためなら善悪をいとわぬ現代社会を打破することは可能なのか?いつしか焦燥しきった彼が息子に託す希望の言葉が深く胸に突き刺さる。『シリアナ』『グッドナイト&グッドラック』に続くクルーニーの“迷えるアメリカ”3部作、その決定版と言える一作。

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フィクサー
監督:トニー・ギルロイ
出演:ジョージ・クルーニー、ティルダ・スウィントン、
トム・ウィルキンソン、シドニー・ポラック
(2007年/アメリカ)ムービーアイ
4月12日、みゆき座ほかTOHO系全国ロードショー

ブッシュ政権下のアメリカにおいて『シリアナ』『グッドナイト&グッドラック』、そして今回の『フィクサー』といった重厚なメッセージを含んだ作品群を送り出してきた製作会社“セクションエイト”。ジョージ・クルーニーとスティーブン・ソダーバーグが立ち上げたこの会社も遂に解散してしまいました。これについてクルーニーは「だんだん会社としての組織に束縛されるようになってきた」と理由を述べていますが、僕にはもうひとつ背景があると思います。つまり、既にアメリカをはじめ世界の人々は「世の中がおかしい」と気付きはじめた。この状況を受けて彼らは、もはや着火点としてのセクションエイトの役割は終わりを迎えたと判断したのではないでしょうか。

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『つぐない』

300文字レビュー」とは、映画への想いをたった300文字に凝縮させる、とてもお手軽な文系スポーツ。というわけで、今回のお題は『つぐない』です。

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2008/04/09

『フィクサー』

長文がうんざりの方は、300文字レビューでサクッとチェック。

 長年の脚本家畑から本作『フィクサー』で念願の監督業へと進出したトニー・ギルロイ。その名前はキアヌ・リーヴス、アル・パチーノが競演した『ディアボロス/悪魔の扉』(97)や『プルーフ・オブ・ライフ』、はたまた『アルマゲドン』などでも知られてきたが、2002年『ボーン・アイデンティティー』に始まる“ジェイソン・ボーン”3部作すべてに関わったことでそのストイック且つ骨太な作風を世界中に知らしめた。といっても『ボーン』シリーズはどれも二人以上の脚本家が関わっていて、映画が大ヒットを飛ばすに連れてトニー・ギルロイの役割は細かいライティングよりむしろストーリーを構成する“統制役”に移っていったようだ(スプレマシーとアルティメイタムの時間軸を絶妙にズラすアイディアもトニー・ギルロイによるものだった)。

 そんな彼が『ディアボロス』で取材した法律事務所での実体験を10年近くも練り続けた成果が『フィクサー』だ。彼をサポートする製作者陣も名だたる面々ばかりが顔をそろえた。とりわけスティーヴン・ソダーバーグ&ジョージ・クルーニーのふたりに関しては、9.11以降の“迷えるアメリカ”の時代に『シリアナ』や『グッドナイト&グッドラック』といった骨太な社会派作品をぶち上げてきた功績がある。ふたりの製作会社セクションエイト(“section eight” には“兵役不適格”という意味がある)は「会社組織が大きくなりすぎ、映画作りを純粋に楽しむことができなくなった」ことを理由に既に解散してしまったが、その解散直前に製作された『フィクサー』はいわばセクションエイト作品としても“新しいアメリカ”に希望をつなげるための集大成に位置するものである。

 アメリカにとって、世界にとって、重苦しい時代が続いてきた。“自由”という尊い概念をそれぞれが際限なく拡大解釈し、これほど混沌とした空気が広がっていった時代は久しく存在しなかった。しかしいまこの瞬間、何かが変わり始めている予感が少なからずある。人々は既に多くのことに気づき始めている。「自分ひとりが行動しても世の中は変わらない」という無力感は少しずつ払拭され始めている。

 『フィクサー』で描かれるのは、こんな社会の流れを凝縮した司法社会だ。舞台となるのはニューヨークにある大手法律事務所。顧客である大手企業の利益を最大限に守るために多くの社員を動員して企業訴訟の対応に当たらせる。だが主人公マイケル・クレイトンの立場は少し違う。彼は華々しい法廷に立つことはなく、“フィクサー”という役回りに徹している。顧客の身に法律で対処できないような複雑な問題が発生したときにいち早く駆けつけ処理を施す、いわば“便利屋”みたいな役どころだ。

 上司からも重宝がられる彼だが、表舞台で活躍する同僚のように稼ぎが良いわけではない。それに彼は結婚に失敗し、副業にも失敗し、借金取りには返済の最終期限を突きつけられている。平静を装ってはいるが、内心は焦りと絶望で満ちている。

そんなときに事件が起こった。とある大企業に対する3000億円規模の集団訴訟を担当していた弁護士が精神に異常を来たし、法廷で全裸になろうとしたのだ。上司はすぐさまマイケル・クレイトンを急行させる。優秀な弁護士に何が起こったのか?留置所で面会した彼はクレイトンに驚くべき真実を打ち明ける。

 企業による悪質な隠蔽工作。

 その決定的な資料を目にした弁護士は、これまでのキャリアで積もりに積もった良心の呵責に耐え切れなくなり、遂にブチ切れてしまったのだ。興奮しながら怒りの咆哮を繰り返す弁護士。クレイトンは彼をどうにか説得し事態を収拾しなければならない。騒ぎを聞きつけて企業側の女性法律顧問が身を乗り出してきた。彼女は企業を守るためならどんな手段をも辞さない覚悟を決めている。彼女の配下ではきな臭い男たちがうごめく。いつしか出来上がってくる三者のトライアングル。そしていつしか、内部に足を突っ込みすぎたクレイトンの身にも危険が及び始める…。

 主演のジョージ・クルーニー、助演のティルダ・スウィントン、トム・ウィルキンソン。彼らがアカデミー賞にノミネートされた理由にはそれぞれの卓越した演技もさることながら、脚本の人物描写が秀逸さが挙げられる。ここには100パーセントの善人や悪人は登場しない。すべてがグレーな存在。とくに予想外にも助演女優賞を獲得したティルダ・スウィントンは企業側の法律顧問として自信満々の表情を浮かべながらもその裏側では圧倒的なプレッシャーに押しつぶされそうになっている。トイレにこもり、全身に汗だくになり、そして自分を鼓舞しながらまた職場へと戻る彼女を完全なるヒールとしてみなすことなどできない。観客は登場人物の誰にも増して“彼女の素顔”を目撃してしまうのである。

 これにはトニー・ギルロイなりのこだわりがあった。彼の愛する70年代の映画の多くは善悪の価値観が簡単に割り切れないものとして描かれている。分かりやすさではなく、もっとギスギスした人間関係から難産を経て生み出されてくる希望や絶望を人々が享受した時代だった。“ジェイソン・ボーン”シリーズの骨太さがどこか70年代回帰を匂わせていたのも、彼を始めとする映画人たちに“流行の30年周期”を意識させた部分があったのだろう。奇しくもアメリカ軍が正当性のグレーな大義名分を抱えてベトナムへと乗り込んでいき、おびただしい悲劇を呼んだ時代だ。時代も、そして映画も、繰り返している。

 また、『ノーカントリー』のハビエル・バルデムがいなければオスカーを獲得していたであろうトム・ウィルキンソンの狂気じみた演技が凄い。咆哮に次ぐ咆哮が映画のトーンに激震を刻む。これまで溜まっていた汚物を吐き出すかのように、彼は自分が正義と信じる限りを尽くそうと行動に出る。その瞳孔が開きっぱなしの目が、もう引き返せないギリギリの状況を伝えている。

 このふたりに比べると、今度のジョージ・クルーニーは影が薄い。感情を激しく吐露することはなく、受身の演技が延々と続く。彼は弁護士から驚くべき事実を聞かされるが、それは自分個人の力ではどうしようもないことだと気がついている。ここで正義の鉄槌を下して会社から放り出されるよりも他に大切なことがある。借金を返さねばならないし、別れたきりの家族のことだってある。こうしているうちにも期限は迫ってくる。目の前に抱えたヤマは一向に解決の目処が立たないどころか、あわよくば自分の生命までもが脅かされるかもしれない。こうした心の揺れが少しずつ少しずつ何かを醸成させていく。絶望。無力感。悪あがき。

 そんな中で、ひとつの奇跡的なシークエンスが静かに爆発する。クルーニーが助手席に座った息子に対し「自分が取るに足らない人間だなんて考えちゃダメだ。お前は必ずできる。輝かしい未来が待っている」というセリフを語りかけるのだ。これがとてつもない名シーンだった。息子は「分かった」というが、あんな小難しいことが幼い子供に分かるわけがない。あれは主人公が紛れもない自分自身(あるいは自分の分身としての子供)に向かって語りかけたものだった。もしかすると、彼と同様、何かに躓き一歩先に進めずにいるあらゆる現代人に向けてのメッセージですらあったのかもしれない。

 先述したようにトニー・ギルロイは脚本家出身だ。しかし彼は“誰にも思いつかないプロット”を生み出すようなアイディア人というわけではなさそうだ。宣伝で謡われている「ラスト10分の衝撃!」もフタを開けてみると、これまでに何度も目にしてきた“予想外の展開”が繰り返されているようにも思える。しかしそこで我々を驚かせるのは“予想外のジョージ・クルーニー”なのだ。形態の定まらない浮遊物として漂うこのキャラクターが、最終的にどのような態度を決めるのか。すべては彼の身体から繰り出される演技に委ねられている。

 いつしかトニー・ギルロイは何よりもその大切さを知っている脚本よりも演出に重きを移し、最終的に“役者の魂”に望みをつないでいく。それを象徴するのがほかならぬラストシーンということになる。詳細は避けるが、ここから映画が暗転するまでの間、ジョージ・クルーニーは一言も言葉を発しない。脚本家が言葉を捨て去り、演出に徹し、役者の崇高な魂が炸裂する。

 この三位一体が成り立つときに、“新しいアメリカ”へ向けたメッセージは確かに観客のもとへ手渡される。それは何かプレゼントと呼ぶにはラッピングさえされていない、あまりにもゴツゴツとした産物で、素直に「ありがとう」とは言い難いものかもしれない。しかし『フィクサー』がここで完結してしまっては意味が無い。これはむしろ“火種”となるべき作品だ。

 この映画は終点ではなく、始点に過ぎない。扉は開かれている。そこを押し開けて現実世界と果敢に対峙していくのは、他でもない観客自身の尊い役回りなのだ。

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フィクサー
監督:トニー・ギルロイ
出演:ジョージ・クルーニー、ティルダ・スウィントン、トム・ウィルキンソン
(2007年/アメリカ)ムービーアイ
4月12日みゆき座ほかTOHOシネマズ全国ロードショー

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2008/04/06

映画部#2

すべてが謎に覆われた話題作『クローバーフィールド/HAKAISHA』がいよいよ公開を迎えたということで、またもやひまわり親方と共に、夜な夜な映画部が開かれました。『クローバーフィールド』を観て悶々とした気持ちが抜けきらないでいるあなた、他愛のない井戸端会議をちょっとだけ覗いてみませんか?

映画部#2
「クローバーフィールドは9.11を克服できたか?」

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2008/04/05

『クローバーフィールド/HAKAISHA』

300文字レビュー」とは、映画への想いをたった300文字に凝縮させる、とてもお手軽な文系スポーツ。というわけで、今回のお題は『クローバーフィールド/HAKAISHA』です。

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2008/04/03

『パーク アンド ラブホテル』

 「その公園は、ラブホテルの屋上にある」

 きっとこのワン・アイディアの創出をきっかけにストーリーが広がっていったであろう『パーク・アンド・ラブホテル』は、先のベルリン国際映画祭で最優秀新人作品賞に輝いた。これは新人監督のビギナーズラックなどでは決してない。熊井出監督の確かな映像手腕は冒頭から落ち着いた色調のままストーリーを純化させ、観客を不思議な手触りの世界へと引き込んでいく。

 舞台は新大久保にあるホテル街。

 屋上に公園を乗せたラブホテルはその一角にある。ビル郡の上空に浮かぶまるで空中庭園のような公園には日々たくさんの人々が安らぎを求めて集まってくる。退職後の大人たち、学校帰りの子供たち、楽器を持ち寄ったジプシー風のミュージシャンたち。すぐ真下で大人たちの情事が繰り広げられているなんて誰も気にしない。そこにはいつも緩やかな時間が流れている。

 オーナーはりりィ演じる“艶子さん”。いつも無表情で飄々と振る舞う彼女は、かつて夫と共にこの不思議なホテルを建造し、今ではひとりで切り盛りしている。そんな彼女のもとへ「オムニバス」の形式にのっとって3人の女性が訪れる。家族を捨てた父親を探す少女、月までの距離をウォーキングしようと躍起になる主婦、関係を持った男の精液を緻密に採取する謎の研究者…彼女たちはそれぞれ艶子さんのラブホテルで充分な休息時間を経て、そしてまた人生の荒波へと漕ぎ出していく…。

 本作で忘れられないのが言葉を廃したひとときに垣間見せる巧みな映像表現である。なんという純度の高さ。とりわけ少女がポラロイドですくい取った街の風景に思わず涙してしまった。そこには映画ながらに“動かない映像(=スチール)”が映し出される。何気ないが、大切な風景。言葉が無くとも、その連なりがおのずと少女の心を物語ってくれる。

 あえてマジックアワーに撮影された公園シーンも深い陰影を残す。日の入り前、空が魔法のようにオレンジ色に染まる数分間、艶子さんが利用者に「おうちへかえりましょう」と呼びかける。皆が重い腰を上げて帰途に着く。誰もいなくなった公園。沈んでいく夕日。一息ついて、パッと街灯にあかりがともる・・・。艶子さんにとってその単調な繰り返しが実は毎日を推し進めていくための原動力であることに気づかされる。少女のポラロイド写真のように。主婦の長い長いウォーキング記録のように。研究者のひそやかな研究のように。

 と、これら宝石のような描写の数々に目を奪われながら、僕はふと、この新感覚の人間ドラマに、“ロードムービー”を当てはめながら観ている自分に気がついた。

 そもそもラブホテルとは「数時間何千円」で休憩を求める場所。3人の女性たちはまるで長距離に疲れ果てふと立ち寄った宿場で羽根を休める“旅人”のようでもあり、全く移動しない艶子さんはホスト役として彼女たちをつなぐ媒介者ということができるだろう。

 艶子さんは相手の顔を直視することはほとんどない。それはロードムービーにおいて運転手と同伴者がずっと前方を見つめて平行な視線を保っているのに似ている。艶子さんはいつもその独特の目線から率直で重みのある言葉の数々を生み落とし、歩けなくなった女性たちを少しずつ別の風景へと導いていくのだ。

 そんな艶子さんがラスト近くで、ひとりの旅人にグイと顔を真横に向けさせられるシーンがある。目と目が見つめあい、ふたりは初めて向かい合って言葉を交わす。徐々に明かされる事実。なぜこんな生活を続けているのか。どうしてこんなホテルを作ったのか。そしてなぜ彼女は一人ぼっちになってしまったのか。

 なるほど、不動の人だと思われていた艶子さんは、実はいちばん長い距離をたったひとりで歩んできた旅人でもあったのだ。そして3人の女性との交流によって彼女自身の心も知らず知らずのうちに大きな心の移動を遂げている。かくも人間は旅人なのであり、進む人、留まる人、すべてがみな旅人なのだ。

 『パーク・アンド・ラブホテル』は、PFF(ぴあフィルムフェスティバル)スカラシップ作品ならではのミニマリズムが完璧に機能した作品と言える。ジャンルは異なるものの、構造的にはどこか李相日監督の『BORDER LINE』(これも同じくロードムービーという形態だった)をも想起させるところがあり、低予算の中で世界と自分をがむしゃらに衝突をさせようとする映画作家としての気概のようなものが伝わってきて観る者としての喜びを感じずにはいられなかった。 

 熊坂出という才能はこれからも人生の長い長い道のりを克明にフィルムに焼き付けていくことだろう。活躍の楽しみな新人監督がまたひとり現れた。

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パーク アンド ラブホテル
監督:熊井出
出演:りりィ、ちはる、神農幸、梶原ひかり
(2007年/日本)マジックアワー
4月26日よりユーロスペースにてGWロードショー

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2008/04/02

『うた魂♪』

300文字レビュー」とは、映画への想いをたった300文字に凝縮させる、とてもお手軽な文系スポーツ。というわけで、今回のお題は『うた魂♪』です。

歌うこととは、人間にとって原初的なカタルシスなのだ。

青春ムービーは数多くあれど「合唱」をフィーチャーしたものは少ない。そのスキマ的なアイディアと和製コメディのユルさを、田中誠的な独特の空気感で融合させたのがこの映画。歌うことに臆病になった女子高生がバンカラ(死語)な男子校合唱部と出逢うことで再び情熱を取り戻していく。序盤、夏帆のホンワカぶりはかなり暴走気味だが、歌えて踊れて演技もできるゴリが豪快な笑いを放出し、最後はやっぱり“あの人”が決めてくれる。「人が真剣な時って、かなり顔が変」「でもそんなことに構ってられない!」という青春特有の突破口もテーマとして巧い。合唱部出身の僕としては合唱コンクールの特殊な雰囲気や舞台裏なども隠れた見どころかと。

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うた魂♪
監督:田中誠(『タナカヒロシのすべて』)
出演:夏帆、ゴリ、薬師丸ひろ子、石黒英雄、
徳永えり、亜希子、岩田さゆり
(2007年/日本)日活
4月5日よりシネクイント、シネ・リーブル池袋、新宿ジョイシネマほかにて全国ロードショー

『天然コケッコー』300文字レビューはこちら

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