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2008/04/14

『つぐない』

長文がうんざりの方は300文字でサクッとチェック。

 イアン・マキューアンの原作はかなり分厚い小説なのだが、『プライドと偏見』をご覧になった方には既にお分かりと通り、ジョー・ライトという監督はまだ30代の若さながら、これらの小説における文体を見事な映像詩へと変換していく。ふと目にしたポスターなどからクラシックなイメージを思い浮かべる方も多いだろうが、それはちょっと違う。文芸=クラシックという思い込みの向こう側にジョー・ライトの秀でた才能は華々しく開花し、息を呑むほどの芸術性と“フィクション”を俯瞰する大仕掛けは観客の心を深遠な領域にまでいざなってやまない。

 カタカタカタカタ…

 時計の音でもなく、心臓の鼓動でもない。大きな屋敷の一室に、ひとりの少女の姿。机に張り付いて懸命にタイプライターを奏でている。最初はぎこちなく、そこに零れだすアルファベットは一つ一つがリズムを発し言葉を紡ぐ。カタチを帯びてきた言葉の群れはやがてメロディーとなってこの映画のテーマ曲を呼び覚ます。ナレーションは要らない。すべてはイマジネーションだけで連なっていく。渾身の力で最後の改行をくだす少女。タイプが「チン!」と甲高い金属音で応える。「the end」。この日、少女は初めて自身の作品を著し、作家となった。

 事件はその直後に起こる。ささやかなパーティー。想いを打ち明け合け、愛し合う姉と庭師。ひとにぎりの悪意、衝動がうごめく。そこに穢れを知らない少女の自信に満ちた声が響く。その一言は、ひとりの青年を奈落の底へ突き落とすのに充分なものだった。

 そしてこの日をきっかけに少女の“つぐない”が始まっていく。それがどんなに長くて険しい人生になろうとは、少女にとって知る由も無かった…。

 少女、美しき姉、そして庭師。本作はこれら3つの魂がそれぞれに遍歴を重ねていく物語だ。そして時代は人類が享受したもっとも悲惨な体験へとなだれをうって転がり落ちていく。果たしてこの戦争という悪夢をどのように描くのか。それは映像作家に課せられた腕の腕の見せどころといえるだろう。

 …とまあ、軽い感じでお手並み拝見と構えていたら、思わず感極まって嗚咽しそうになった。それはジェームズ・マカヴォイ演じる庭師・ロビーが戦地に赴き、はぐれた連隊を追って仲間と共にフランスの広大な砂浜に辿りつく場面で巻き起こる。原作にあった行軍の様子が映画ではほんのワンシーンに奇跡的なまでの質感で凝縮されていたのだ。

 そこではおびただしい数のイギリス兵士が、祖国へ帰るための船を待ち続けている。瀕死の負傷兵たち。もはや死んでいるのか生きているのか分からない。ある者は傷ついて倒れ込み、ある者は狂ったように喧嘩に興じ、またある者は小高い丘で神を賛美し力のかぎり歌声を響かせる。メリーゴーランドに乗って子供のようにはしゃぐ者もいる。いま向こうで馬が射殺された。遠くには観覧車がそびえたつ。すぐそばを巨大な武器が運ばれていく…この天国と煉獄と地獄とがすべていっしょくたに混ぜ合わせたカオスの中を、ロビーと仲間たちは我を失ったようにひたすら水を求めて彷徨い歩いていく・・・

 描写が恐ろしいわけではない。惨劇でもなければ、残虐でもない。しかしどうしようもなく足が震えてしまうのは、すべてがまるで“詩”だからだ。そこでは言葉が何の効力も持たず、ただイメージだけが無限に広がっている。

 そして驚くべきことに、このシークエンスはなんとワンカットの長回しで撮られているのだ。間断なく続く映像にあわせ観客のエモーションが膨張していく。息継ぎができない。というか息をすることすら忘れている。カメラは荘厳なサウンドトラックに身体をゆだね、拠りどころを失った魂のようにフワフワとさまよい、再びロビーたちのもとへ舞い戻ってくる。こんなにも心揺さぶられるワンカット撮影に僕はこれまで出会ったことがあっただろうか。

 かくもジョー・ライト監督のイマジネーションには度肝を抜かれっぱなしなのだ。原作を大胆にアレンジして2時間の枠に収める脚色術はよく見かけるが、『つぐない』に限ってはその大半が原作どおりに進行するのも特筆すべき点だ。ときおり原作の方がむしろこの映画のノベライズなのではないかと疑いたくなるほどに完璧な翻案ぶりを見せる。決して急ぎ足になることなく、優雅に、そしてテンポよく駆け抜けていく様に、『プライドと偏見』に見られた“現代劇とクラシックのミクスチャー”の進化系をまざまざと見せ付けられる。

 だが物語はそれだけでは終わらない。最後の最後で思いもよらない“フィクション”の大仕掛けを炸裂させるのだ。それは「なぜ作家は書くのか?」「その意図は何なのか?」「それは実体験に基づくのか?」といった、我々が物語について宿す様々な疑問に対して極めて真摯な答えを供してくれるものに違いない。

 そして冒頭で誕生した幼き作家が生涯かけて全うしようとした本当の“つぐない”の意味を知ったとき、身体の中に電流が走ったかのようだった。本作はあくまでイアン・マキューアンという中年男性作家による完全なる創作であるが、きっと多くの観客の心にはこの物語が史実であるに違いないと映るだろうし、ブライオニーこそが本作の書き手であると信じてやまないことだろう。

 それはひとえに文字ではなくこの映画が紡ぐ“映像”の力なのであり、3人の魂に寄り添って歩いてきた我々がこの物語の中に信用するに足る“何らかの整合性”を見つけたからに他ならない。

 我々の心の中でそれが真実であると映ったとき、ブライオニーの仕掛けたささやかな魔法はそっと花を咲かせる。たとえそれがフィクションであったとしても、僕らの胸に刻まれた痛みと悲しみは限りなく本物と呼ぶにふさわしいものだと僕は信じている。

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つぐない
監督:ジョー・ライト
出演:ジェームズ・マカヴォイ、キーラ・ナイトレイ、シアーシャ、ローナン
ロモーラ・ガライ、ヴァネッサ・レッドグレイヴ、ブレンダ・ブレッシン
(2007年/イギリス)東宝東和


<ジョー・ライト監督作>
『プライドと偏見』レビュー
『路上のソリスト』レビュー

原作「贖罪」のクライマックスでは、映画とは一味違った味付けがなされています。クライマックスの衝撃をもういちどじっくりと味わいたい人にはいちど紐解いてみられることをお勧めします。

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