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2008/04/03

『パーク アンド ラブホテル』

 「その公園は、ラブホテルの屋上にある」

 きっとこのワン・アイディアの創出をきっかけにストーリーが広がっていったであろう『パーク・アンド・ラブホテル』は、先のベルリン国際映画祭で最優秀新人作品賞に輝いた。これは新人監督のビギナーズラックなどでは決してない。熊井出監督の確かな映像手腕は冒頭から落ち着いた色調のままストーリーを純化させ、観客を不思議な手触りの世界へと引き込んでいく。

 舞台は新大久保にあるホテル街。

 屋上に公園を乗せたラブホテルはその一角にある。ビル郡の上空に浮かぶまるで空中庭園のような公園には日々たくさんの人々が安らぎを求めて集まってくる。退職後の大人たち、学校帰りの子供たち、楽器を持ち寄ったジプシー風のミュージシャンたち。すぐ真下で大人たちの情事が繰り広げられているなんて誰も気にしない。そこにはいつも緩やかな時間が流れている。

 オーナーはりりィ演じる“艶子さん”。いつも無表情で飄々と振る舞う彼女は、かつて夫と共にこの不思議なホテルを建造し、今ではひとりで切り盛りしている。そんな彼女のもとへ「オムニバス」の形式にのっとって3人の女性が訪れる。家族を捨てた父親を探す少女、月までの距離をウォーキングしようと躍起になる主婦、関係を持った男の精液を緻密に採取する謎の研究者…彼女たちはそれぞれ艶子さんのラブホテルで充分な休息時間を経て、そしてまた人生の荒波へと漕ぎ出していく…。

 本作で忘れられないのが言葉を廃したひとときに垣間見せる巧みな映像表現である。なんという純度の高さ。とりわけ少女がポラロイドですくい取った街の風景に思わず涙してしまった。そこには映画ながらに“動かない映像(=スチール)”が映し出される。何気ないが、大切な風景。言葉が無くとも、その連なりがおのずと少女の心を物語ってくれる。

 あえてマジックアワーに撮影された公園シーンも深い陰影を残す。日の入り前、空が魔法のようにオレンジ色に染まる数分間、艶子さんが利用者に「おうちへかえりましょう」と呼びかける。皆が重い腰を上げて帰途に着く。誰もいなくなった公園。沈んでいく夕日。一息ついて、パッと街灯にあかりがともる・・・。艶子さんにとってその単調な繰り返しが実は毎日を推し進めていくための原動力であることに気づかされる。少女のポラロイド写真のように。主婦の長い長いウォーキング記録のように。研究者のひそやかな研究のように。

 と、これら宝石のような描写の数々に目を奪われながら、僕はふと、この新感覚の人間ドラマに、“ロードムービー”を当てはめながら観ている自分に気がついた。

 そもそもラブホテルとは「数時間何千円」で休憩を求める場所。3人の女性たちはまるで長距離に疲れ果てふと立ち寄った宿場で羽根を休める“旅人”のようでもあり、全く移動しない艶子さんはホスト役として彼女たちをつなぐ媒介者ということができるだろう。

 艶子さんは相手の顔を直視することはほとんどない。それはロードムービーにおいて運転手と同伴者がずっと前方を見つめて平行な視線を保っているのに似ている。艶子さんはいつもその独特の目線から率直で重みのある言葉の数々を生み落とし、歩けなくなった女性たちを少しずつ別の風景へと導いていくのだ。

 そんな艶子さんがラスト近くで、ひとりの旅人にグイと顔を真横に向けさせられるシーンがある。目と目が見つめあい、ふたりは初めて向かい合って言葉を交わす。徐々に明かされる事実。なぜこんな生活を続けているのか。どうしてこんなホテルを作ったのか。そしてなぜ彼女は一人ぼっちになってしまったのか。

 なるほど、不動の人だと思われていた艶子さんは、実はいちばん長い距離をたったひとりで歩んできた旅人でもあったのだ。そして3人の女性との交流によって彼女自身の心も知らず知らずのうちに大きな心の移動を遂げている。かくも人間は旅人なのであり、進む人、留まる人、すべてがみな旅人なのだ。

 『パーク・アンド・ラブホテル』は、PFF(ぴあフィルムフェスティバル)スカラシップ作品ならではのミニマリズムが完璧に機能した作品と言える。ジャンルは異なるものの、構造的にはどこか李相日監督の『BORDER LINE』(これも同じくロードムービーという形態だった)をも想起させるところがあり、低予算の中で世界と自分をがむしゃらに衝突をさせようとする映画作家としての気概のようなものが伝わってきて観る者としての喜びを感じずにはいられなかった。 

 熊坂出という才能はこれからも人生の長い長い道のりを克明にフィルムに焼き付けていくことだろう。活躍の楽しみな新人監督がまたひとり現れた。

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パーク アンド ラブホテル
監督:熊井出
出演:りりィ、ちはる、神農幸、梶原ひかり
(2007年/日本)マジックアワー
4月26日よりユーロスペースにてGWロードショー

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