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2008/04/29

『ミスト』

 フランク・ダラポン監督の最新作『ミスト』は、『ショーシャンクの空に』『グリーンマイル』に引き続きダラポンが三たびスティーヴン・キングの原作に挑んでいるからといって、同系色の感動モノと思って臨んでしまうとうっかり鼻血が吹き出しねない。

 人間の持つ良心の深度を測るような作風を得意としてきたこの監督だが、同路線を追究したジム・キャリー主演作『マジェスティック』は力作ながらもヒットに恵まれず、長らく執筆していた『インディ・ジョーンズ4』の脚本はスピルバーグに手放しで賞賛されたものの、その後ジョージ・ルーカスの不評を食らい、あえなくボツ。ここ最近の心境は一面に広がったミスト(霧)そのものだったに違いない。

 最新作『ミスト』には、かつて彼の作品で描かれていた良心など存在しない。むしろ『ノーカントリー』や『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』のような黙示録的作品といえる。彼はこの映画で、これまでの鬱屈した気持ちを吐き出すかのように「絶望」を描いているのである。

 すべては嵐の過ぎ去った朝にはじまった。主人公が息子と共にスーパーマーケットのレジに並んでいる。すると突如、町の警報がけたたましい音で鳴り響く。街で何かが起こった。通りを駆け抜けていく消防車。身を乗り出して外の様子を探ろうとする買い物客たち。その視界が徐々に白んでいく。霧だ!霧が周囲を覆っている!と、そこへ血まみれになった男が飛び込んできてこう叫ぶ。「霧の中に化け物がいる!みんなそいつにやられてしまった!」それを信じる者。虚言だと耳を貸さない者。平然とスーパーから脱出していく者。やがて彼の証言は具体性を帯びてくる。多くの不気味な生物たちがスーパーの明かりの周りに集結しはじめたのだ・・・

 スーパーが舞台とは、なんと『ゾンビ』的な設定だろう。そこに避難してきた者たちは、とりあえず霧からは守られている。でも裏を返せば周囲には絶望しかなく、内部には延命装置としての食料が盛りだくさんに備えられているということになる。早かれ遅かれ彼らは絶望の目撃者となる。この設定は、カオスと隣り合わせに増長する消費文明のメタファーなのかもしれない。

 この焦燥と緊張のみなぎる限定状況が人間たちに無惨な諍いをもたらす。それは心の中の霧が明けて人間の本性がむき出しになったかのよう。徐々に派閥が生まれ、相手を罵倒し、嘲り合い、そして狂気じみたクリスチャンによる「神の怒りである!」との大演説がぶち上げられ、それに感化された人々が刃物を手に生贄を求める。唯一の聖域だと思われていたスーパー内にもカオスが生じるわけである。よりにもよって人間自身の手によって。

恐ろしい。迫りくる奇っ怪な生物もさることながら、人間の深層心理こそが本当に恐ろしい。時間と共に緊迫の度合いを増していく人間の様子を、まるで虫かごを見つめ観察日記でもつけるかのように冷静に、段階的かつ生々しく描きこんでいくダラボンの底意地の悪さがまた鋭く突き刺さる。これはもしや『マジェスティック』の恨みか。それとも『インディ・ジョーンズ』の腹いせか。

 彼のキャリアの原点にはホラー映画も数多い。『エルム街の悪夢3』や『ザ・フライ2』の脚本を手がけ、初監督作はスティーブン・キングの短編『老婆の部屋』(ただし、この原作「312号室の女」は、病室のベッドで苦しそうに死を待つ母親を安楽死させようとする息子の心象を追った非ホラー、むしろ文学的な香りさえ漂う短篇だった)。スピルバーグの『プライベート・ライアン』ではノルマンディー上陸作戦を下手なホラーよりもよっぽど恐怖に満ちたシークエンスへとリライトした(ただしノー・クレジット)実績もある。

 人々はついにこの男を本気にさせてしまった。人間は覆い隠された裏の表情が現れたときこそいちばん危険なのだ。もう勢いが止まらない。ああ、ダラボン。あんなに善意に満ちた作品を紡いでいたダラボンボン。彼は恐怖の帝王にして友人のスティーブン・キングにまたもや魂を売り払った。手にしたのは傑作短編小説「霧」。いちばん善人そうな顔をしたヤツが拳銃を握りしめたかのような、とにかく最悪の組み合わせだ。

 これは『ミスト』の登場人物にも当てはまる。父親は愛する我が子の「どうして?どうして?」という素朴な疑問に対して常に説明責任を負う。それに息子の切なる期待に対して精一杯の態度で応え続ける責任を負っている。果たしてこの父親は目の前の黙示録的状況を息子にどう説明するのだろうか?想像もしたくはないが、いま世界中の崩れ行く瓦礫の下で、降り注ぐ銃弾や空襲の中で、このような責任を背負わされた父親・母親は意外と数多いことに、ちょっと冷静になってみると愕然とさせられる。

 我々はこの映画の最後に絶望を知る。試写室では「う…ああ…」と声にならない声が漏れていた。たぶん口から魂が抜け出ていく音だったろう。みんな絶望していた。僕も思いっきり絶望した。逆に気持ちいいくらいに。で、エンドクレジットが終わるまで、祈るように“夢オチ”を待っていた。まだか、まだか、まだか。

 そして…

 そのまま場内は明るくなった…

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ミスト
監督:フランク・ダラボン
原作:スティーヴン・キング
出演:トーマス・ジェーン、マーシャ・ゲイ・ハーデン、ローリー・ホルデン、
アンドレ・ブラウアー、トビー・ジョーンズ、ネイサン・ギャンブル
(2007年/アメリカ)ブロードメディア・スタジオ
5月10日より、有楽町スバル座ほか全国ロードショー

『ミスト』の原作は、スティーヴン・キングの短編「霧」。カービー・マッコリー編のモダンホラー書き下ろし短編集「闇の展覧会」に収録されています。(スティーヴン・キングの名で検索するとなかなかヒットしないのでご注意を)

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