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2008/05/18

『JUNO ジュノ』

 「16才の少女が妊娠し出産を決意する物語」と聞くと、日本人の感覚では「不潔よ!」だとか「なんてふしだらな!」などとみんなが目くじら立てて怒りまくって、主人公が周囲の厳しい目線や激しい嘲笑にさらされる負の光景が目に浮かぶ。それはTVの連続ドラマが培ってきた「嵐の末のハッピーエンド」の影響か、それとも我々の周囲が本当に集団ヒステリーで満ちているからか。

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そうしたパニックやヒステリーをある種の思考停止と呼ぶならば、ジェイソン・ライトマン監督の胸のうちには思考停止を物語る興味など全くもって存在しない。むしろ『JUNO ジュノ』は16才の妊婦ジュノがごく自然体にポジティブな思考を繋げていく物語といえる。もちろん彼女が乗り越えるべきハードルはたくさんあるが、そこにはいたずらに感情をかき乱す悪人が登場するわけでもなければ、妊娠中絶といった極めてデリケートな問題について一言物申そうというわけでもない。

 近所の店で買った妊娠チェッカーが不穏な信号を告げる。変だ…もう一回。ジュースをたらふく飲んで歩き回り、店でもう一度チェッカーを購入する。「もう3度目だよ」と馴染みの店員が言う。陽性。どうやら本当に妊娠してしまったらしい。脳裏に絶望がよぎる。枝にロープをぶら下げ手をかけようとするが、次の瞬間「なにやってんだか」と冷静を取り戻し、また歩き出す。ジュノは中絶する気でいた。これは自分の問題だ。誰にも迷惑はかけない。電話で予約したクリニックへ行くと、同級生が「中絶反対」のシュプレヒコールをあげていた。目が合うふたり。同級生が叫ぶ。

 「赤ちゃんにはもう爪が生えてるのよ!」

 そのリアリティが妙に彼女の胸を打った。爪が生えてるなんて・・・なんだかスゴい!

 ジュノはボーイフレンドにも相談せずにひとりで出産を決意する。でも高校生の彼女が養育していくのは到底無理なので、代わりに育ててくれる里親を探すことにした。その決意に家族も友人も反対することなく、彼女の意志を尊重する。出産にむけてジュノと周囲の奮闘記がはじまった…。

 里親候補のカップルにジュノが明るくおどけてこう語るシーンが印象的だ。

 「数ヵ月後にはできたての赤ん坊をお届けします。デリバリーのピザみたいなものです」

 コウノトリ印の配達屋にでもなった気分の16才が、ここにいる。

 めぐる季節と共に、どんどんおおきくなっていくジュノのお腹。その中には希望とか喜びとか不安とか、とにかくいろんなものが詰まっている。体重の増加は生命の重みを示す。ナチュラルな性格の彼女は次第に思慮深く周囲を見つめ、自分をとりまくあらゆる関係性を愛おしく抱きしめるようになる。

 この肯定に次ぐ肯定、愛に満ちた展開がとてもストレートで温かい。コメディ本来の可笑しさの中にいくつもの胸が熱くなるシーンが散りばめられている。いつもジュノを気づかってくれる親友。いろいろボヤキながらもジュノを精一杯応援するパパ。継母というビミョーな立場ながら思わぬ頼り甲斐を発揮するママ。そして「ただなんとなく」なセックスがジュノの妊娠を招いたことにオロオロするボーイフレンドも、たくましく歩み続ける彼女を見つめるうちに仄かな愛に似た感情を宿し始める。

 これがデビュー作となる脚本家、ディアブロ・コディの描くこれらの人物像が冴える。もちろんこの世界観に呼吸を合わせ、キャラを実写としてフィルム上に焼き付けていくのはディアブロよりひとつ年上のジェイソン・ライトマンの役目だ(1978年&1977年コンビで送る本作で、ジュノが1977年のセックス・ピストルズの登場を音楽史の最も偉大な瞬間と口にしているのが面白い)。この若き才能のアプローチがやはり素晴らしい。メジャーデビュー作『サンキュー・スモーキング』も“喫煙”というデリケートな問題における「悪役不在」という手法が観客を異色のコメディ世界へといざなってくれたが、それにも増して今回は人間の魅力が躍動する。そう、僕らはこの憎しみ合いの加速する現代に、人と人とがいがみ合う映画ばかり観たくはないのだ。

 思考停止に陥ることなく物語を前に進めていくこの原動力。
その渦中で、現代のマリアならぬジュノは、いま尊い生命を産み落とそうとしている。

 ジュノのお腹は“ファンタジー”のごとき良心の連鎖で包まれている。ある意味、これは性善説のシミュレーションともいえるかもしれない。

 映画があらゆる人々に夢を見せて現実を再発見していくものだとするならば、あらゆる生命が『JUNO ジュノ』のようにして繋がれていくものだと信じたいし、すべての生命が心から望まれて産声を上げる存在だと強く信じたい。生まれてくる子供がイエスのように奇跡など起こさなくたって構わない。生まれてくること自体が大騒動で、そして大いなる奇跡なのだ。

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JUNO ジュノ
監督:ジェイソン・ライトマン
出演:エレン・ペイジ、マイケル・セラ、ジェニファー・ガーナー、
ジェイソン・ベイトマン、アリソン・ジャネイ、J.K.シモンズ
(2007年/アメリカ)20世紀フォックス映画
6月14日、シャンテシネ、渋谷アミューズCQN、シネ・リーブル池袋ほか全国ロードショー

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