« 報道の魂 | トップページ | 密かニッ「モンティ・パイソンの日」 »

2008/05/20

『Mr.ブルックス』

 突然ですが、あなたにとってケビン・コスナーとはどういう存在ですか。え?そんな株とっくに暴落した?まあ、確かに…。

 『Mr.ブルックス 完璧なる殺人鬼』はひとつの実験である。80年、90年代の長きに渡り「映画の中の英雄」を体現し続けてきたこのベテラン俳優がよりにもよって「連続殺人犯」の役を与えられるとき、ふと立ち止まり、自分の生きる「いま」を考えてみたい。恐らく俳優ケビン・コスナーのキャリアに起こった変動と同じような現象が、この時代にも深く刻まれているはずなのである。ケビン・コスナーとは単なる落ち目の俳優ではなく、そういう見方をすることが許された数少ないカリスマと言えよう。

 夜が始まる。製造会社の社長ブルックス氏の身体がうずきはじめた。業界主催の晩餐会で表彰を受けたその日、長らく自制してきた悪い衝動が再び湧き起こったのだ。ダメだ、もう抑えきれない。彼は無差別に獲物を狙い、そして冷酷な手段であっさりと命を奪う。翌日の新聞には「殺人犯が戻ってきた!」との文字。彼は伝説的なシリアルキラーだったのだ。FBIは威信をかけて彼の追跡を誓い、当の彼はまた次の殺人に向けて周到に準備をはじめる。しかしそんな折、彼の元に目撃者を名乗る若い男がやってきた。「通報はしない。その代わりに人を殺す瞬間が見たい」と取引を持ちかけるこの男、かなりアブノーマルな人間のようだ。彼を信用に足る人物とみなしたのか、あるいは彼が持ち込む不測の事態を逆に楽しもうとしているのか、ブルックス氏も提案に同意する。一方、ちょうど同じ頃、ブルックス氏の娘もまた大学で起こった殺人事件に巻き込まれ、ひとり苦しみに喘いでいた…。

 今回のケビン・コスナーは連続殺人犯として覚悟を決めている。だが、顔をゆがめて襲ってくるような典型的な悪役ではない。あえてその裏側を狙ったかのような・・・そうだな、例えるなら、買ったばかりのパソコンのようにとてもニュートラルな存在。しかしひとたび彼の本性がうずきだすと傍らに「心の声」ともおぼしき悪魔が現れる。耳元で「なあ、殺人の味が懐かしいだろう?」と内なる声を囁くことで、彼は冷酷無慈悲な殺人鬼と化す。

 この演劇的でありながら、外付けハードディスクのようでさえある「心の声=悪魔」を演じるのは、名優ウィリアム・ハート。映画の冒頭から既に彼は青白い顔で不気味な笑みを浮かべて佇んでいる。つまり今度のケビン・コスナーは実質上、ウィリアム・ハートと二人三脚で「MR.ブルックス」というキャラクターを織り成しているわけだ。

 偶像ケビン・コスナーがどんどん解体されていく。脚本家出身のブルース・エバンス監督は、その脚本の面白さもさることながら、あらゆる演出の方法論をつぎ込んでコスナーから演技の自由を奪い取る。抑制に次ぐ抑制。それはベテラン俳優にとって辛い仕事だったかもしれない。しかしカリスマ性が封じられることで初めて見えてくる風景もある。ひとりの俳優としての堅実な努力が、これまでとは一味違ったケビン・コスナーを覗かせている。

 コスナーだけじゃない、本作には捜査官役としてデミ・ムーアも登場する。シリアルキラーを追いかけながらも、かつて監獄にぶち込んだ凶悪犯に命を狙われ、若い夫との離婚調停は泥沼化。まさに名誉挽回のためだけに血眼になって犯人を追っている。エバンス監督はコスナーと同じく落ち目な彼女をそのまま再生支援工場のベルトコンベアに乗せ、巧みに年齢相応のドス黒い輝きを引き出している。この時点で本作はふたりも救済しているのである。

 曖昧で、矛盾だらけで、皮肉的なこの時代をあらゆる側面で描き込んだ本作。そのあまりのダークなイメージをさらに深読みすると、それはいわゆる『ノーカントリー』『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』『ミスト』と同系色の「黙示録的作品」ということになるのだろう。

 それを象徴するかのように、この殺人鬼はやがて祟りにでも見舞われたかのように恐怖に身を震わせ、初めて神の名前を口にする。バックには爆音が煙のように立ち込め、精神的な圧迫感が高まっていく。もはや息を継ぐことすら困難。いま何かが生まれようとしている。果たしてそれは希望か、絶望か。しかしその答えは明示されない。僕らの手元には「いま」だけが残される。漠然とした恐怖、怒り、孤独…。

殺人者さえもが震えて眠る未曾有の時代に僕らは生きている。

ただし僕らはこう絶望ばっかりしてもいられない。絶望に安住することほど安易な逃げ道は他にないのだ。だからこう言い換えたい。

「『Mr.ブルックス』は絶望を描く方法論を楽しむエンターテインメント作品である」と―。

■この記事が参考になったら押してください→人気blogランキング

Mr.ブルックス 完璧なる殺人鬼
監督:ブルース・A・エバンス
出演:ケビン・コスナー、デミ・ムーア、デイン・クック、
ウィリアム・ハート、マージ・ヘルゲンバーガー
(2007年/アメリカ)プレシディオ
5月24日、渋谷Q-AXシネマほか全国ロードショー

クライマックスにドカンとかかるThe Veilsの“Vicious Traditions”は、『MR.ブルックス』を傑作の域にまで高めた、まさに画竜点睛的な一曲!

------

TOP】【過去レビュー】【DIARY

|

« 報道の魂 | トップページ | 密かニッ「モンティ・パイソンの日」 »

映画・テレビ」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/137483/41265375

この記事へのトラックバック一覧です: 『Mr.ブルックス』:

« 報道の魂 | トップページ | 密かニッ「モンティ・パイソンの日」 »