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2008/05/30

『アウェイ・フロム・ハー』

 サラ・ポーリー。多くの映画ファンが彼女のことを昔から知っている。テリー・ギリアムの『バロン』に出演した幼い少女がだんだん美しい名女優へと成長していく姿を誰もが温かく見守ってきたものだ。そして彼女はついに、サラ・ポーリー監督として『アウェイ・フロム・ハー 君を想う』という映画を作り上げた。アカデミー賞の受賞は出来なかったが、彼女がその若さで老夫婦のみずみずしい愛を見事に描き出しているのには驚かされる。その感触、まるで『小さな恋のメロディ』を見ているかのようなのだ。

 本作はアルツハイマーを患った妻と、彼女を支える夫の物語だ。「いまは大丈夫かもしれないけれど、いつかはあなたのことを忘れるかもしれない」妻は夫に負担をかけまいと介護施設へ入居する話を切り出す。

 それでは「老人介護を扱った映画?」と思われるかもしれない。ある人は「ご老人の純愛映画?」とも予想するだろう。確かにそれも重要な要素として描かれてはいる。だが、この映画を語るためにはそれだけでは足りない。

 この物語には時としてアメリカ軍のイラク侵攻などのニュースが挟み込まれる。

 「抑圧からの解放のために!」

 声高に伝えられる言葉たち。ジュリー・クリスティ演じる老婆は「ベトナムと同じことを・・・」とテレビの前で絶句する。この一連のシークエンスは単なる時代設定を伝えるだけの引用なのだろうか。

 戦争という場所で正義の名を語った「抑圧からの解放」が行われる一方で、老いた夫はふと妻にとっての「抑圧からの解放」とは何か、を考える。記憶の消え行く愛する人のために、自分がしてやれることは一体なんだろうかと沈痛な面持ちで熟考を重ねる。

 『アウェイ・フロム・ハー』というタイトルにも注目したい。
一面に雪景色の広がったオープニング。スキーで雪原を滑りゆくふたりのシュプールは綺麗に平行していく。しかし徐々にふたりの軌跡は角度を違えて離れていく。

 傍から見ればそれは“彼女が遠ざかっている”というイメージに見えるだろう。しかしタイトルが示すのはその逆だ。あくまで妻の居る場所を基本に、自分自身こそを“離れていく存在”として捉えているのである。

 ちなみに実生活のサラ・ポーリーは政治問題や世界情勢などにも熱く取り組む人で、学生デモに参加して前歯が欠けた…なんて女優としてはどうなんだという強靭なエピソードも残している。と同時に、『死ぬまでにしたい10のこと』や『あなたになら言える秘密のこと』などのイザベル・コヘット監督とのコラボレーションにおいて「死と向き合う人間」といった崇高なテーマにも果敢に取り組んで評価を受けている。

 こんな彼女だからこそ、この『アウェイ・フロム・ハー』で描いているのは、ラブストーリーをもっと深く俯瞰した“世界の物語”だったのではないか。いや、彼女にとって目の前の“ラブストーリーを描くこと”は、そのまま“世界を描くこと”と同意語だったようにも思えてならないのだ。あらゆるものがどこかで関連しあい、呼応しあう。それはいつの時代も変わらない事実。グローバル化した現代ではむしろそれが加速している感すら強い。

 たまたま観た『ボーン・アルティメイタム』DVDのコメンタリーでも、ポール・グリーングラス監督が「2001年からの6年間で我々の生活は質そのものが変わってしまった」と語っていた。サラ・ポーリーも映画人としてこれと同じことを意識していたのだろう。

 では、そんな変わり行く世界を前に、僕らにはいったい何が信じられるのか。愛する妻のために夫は何をしてやれるのか。無力感にさいなまれる彼に、介護施設のヘルパーがこう問いかける。

「こんなにも地に落ちた世界の中で、あなたは怒りをあらわにする人?それとも柔軟に受け入れる人?」

 夫の下した決断がどのようなものであったのかはここでは言えない。ただその命題に対するサラ・ポーリー自身の答えが、「映画を撮ること」に他ならなかったであろうことは想像に難くない。

『アウェイ・フロム・ハー』はこんな難しい時代の中でも変わらず相手のことを尊く想い続けられるかという「愛や絆」に満ちた映画でありながら、同時に世界とも真向かった、力強くも崇高な作品である。

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『ドーン・オブ・ザ・デッド』で来日したときの記者会見の模様

アウェイ・フロム・ハー 君を想う
監督:サラ・ポーリー
出演:ジュリー・クリスティ、ゴードン・ビンセント、オリンピア・デュカキス、
マイケル・マーフィー
(2007年/カナダ)ヘキサゴン・ピクチャーズ、アニー・プラネット
5月31日より銀座テアトルシネマほか全国ロードショー

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