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2008/05/19

報道の魂

 歴史は夜動くとはよく言ったものだ。日曜の深夜、誰もが翌日からの奮闘に備えて寝静まった時間帯に、そのドキュメンタリーは発信されていた。月一回のペースで放送されている「報道の魂」(TBS)の話だ。

 昨日オンエアされたのは『追悼、村木良彦「あの時だったかもしれない…」テレビにとって「私」とは何か?』。6月に傑作『歩いても、歩いても』の公開を控える是枝裕和がディレクターを務めた点でも見逃せない作品だった。

 村木良彦とは伝説的なテレビプロデューサーであり、1960年代に在籍していたドラマ制作部から報道部へと転属となり、萩元晴彦らと共にこれまでの常識を覆すようなドキュメンタリー番組作りを担った人物である。彼らの世に送り出した数々の番組は、そのあまりのアヴァンギャルド性が手伝って、視聴者からは批判の手紙が殺到。政治家さえもが「偏向」としてテレビ局の社長に苦言を呈するほどまでにセンセーションを巻き起こした。

 そのひとつに「あなたは…」(1966年)がある。

 この映像を初めて見た。現代においてなお刺激的だった。女子大生のレポーターが町を練り歩き、行き交う人たちにマイクを向ける。タレントでも何でもないごくありふれた人たちがそこにいる。レポーターは彼らに対し17つの定型質問を投げかける。「あなたは幸せですか?」「愛してくれる人がいますか?」「日の丸は好きですか?」「天皇陛下をどう思いますか?」「祖国が戦争に見舞われたとき、率先して戦いますか?」突然の質問攻撃に驚く一般人。饒舌に答えを返す人もいれば、「え…あー、うん…」と戸惑ったり、「知らない!」と怒り出す人までいる。でもレポーターは相槌など一切打たない。淡々と質問を繰り出すだけだ。これには意図があった。質問者と回答者との間にあえて意識的な断絶を生じさせることで、そこに感情を廃した不特定多数性、透明性を出現させ、最終的にはその質問がテレビの前の視聴者に向けて突きつけられているかのような不可思議な余韻が醸成されていくのだ。構成を担当したのは寺山修司。これも伝説を呼び込んだ重要な布石だったろう。

 果たしてこれが本来の意味での「偏向番組」なのか。その時代の空気、そして番組の全てを知らない僕にとってはなんとも判断がつきかねる問題だ。しかし仮に政治家や当時のごく一般的な視聴者たちがこの番組の刺激に大いに驚き、自分の心を自らがあずかり知らないところにまで導かれていってしまう感触に恐怖心を抱き、その未知なるものを、異様なものを排除したい一心から、自分が唯一理解可能な「偏向」という文脈に置き換えて批判したのだとするならば、例のドキュメンタリー映画『靖国』に至るまで、日本における表現の自由、メディアリテラシーのレベルは何ら変わっていないことになる。

 是枝が映画監督として歩き出した頃、彼は不安でいっぱいの心を埋めるかのように取材と称して村木良彦のところへしょっちゅう話を訊きに通っていたという。まるでジェダイ戦士がマスターの元へ教えを授かっているかのようなインタビュー映像が続く。若き日の是枝の声が少し上ずった感じでカメラの裏で響いている。

 果たして、テレビ(あるいは映像)における「私」とは一体何者なんだろうか。

 村木は「フレームの中で事実(リアル)と非現実(フィクション)の葛藤を呼び起こすのが映像なのであり、この事実と非現実は映像が生まれながらにして持つ両義性ですらある」と語る。

 翻って、先の『わたしは…』という番組の中で、街角回答者としてのリアルな「わたし」が数多く登場する一方、テレビの前の客観者であったはずの視聴者までもが次第に主格を持ち、テレビの中に「わたし」が投影されているような気分に引きずり込まれてしまう不思議は、つまりフィクションに近い「非現実的作用」として捉えることができるだろう。そこにもちろん、そのような作用を生じさせ得る作り手の意図(操作)があったことは演出上あたりまえであるし、これを「偏向」と取られては、もう映像製作者に映像を撮るなと宣告しているようなものである。

 テレビが大きく変動した60年代、リアルとフィクションのせめぎあいでいくつもの実験的な作品が生まれた。奇しくも是枝裕和の手がける映画作品はこれと全く同じテーマ性を追究するものが多い。もともとドキュメンタリストから出発した彼がいまその手法を用いながら物語性を持つ世界観を築き上げようとする姿は、もともとドラマ制作部だった村木がその感覚を携えてドキュメンタリーの世界へ足を踏み入れたベクトルと正反対でありながら、リアルとフィクションが混在しせめぎあうという意味では見事に一致している。

 60年代の転換期を見つめることで、奥深い是枝作品の秘密にまた少しだけ迫れたような気がする。

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