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2008/05/27

『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』

いよいよ6月21日より全国公開となる『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』!

26日に開催された完成披露試写直後の正直な感想をアップしました。約20年ぶりの復活祭なだけに、その感動をニュートラルに味わいたいという方もいらっしゃると思いますので、取り扱いに充分注意してご覧ください!

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 僕にとって『スターウォーズ』はリアルタイムからちょっとズレる。映画の原点といえばむしろ『インディ・ジョーンズ』、それも3作目の『最後の聖戦』ということになる。洋画しか見せてもらえない家庭で育った僕は、父に連れられドキドキしながらこの映画を見に行った。映画好きといってもまだ鑑賞本数は圧倒的に少なかったし、もちろん批評なんて出来るわけもなく、2時間の映画の海原にただ飲み込まれ主人公と一緒にアドベンチャーに興ずるだけで精一杯だった。もしかするとあの頃がいちばん幸福だったのかもしれない。

 「最後の聖戦」にはインディ・ジョーンズの父親が登場する。彼を演じるショーン・コネリーが見事な存在感を見せ付けた。この変わり者の父親は研究に没頭するあまり、若き頃のインディになんの関心も示さない。後に成長したインディは冒険の途中でこの老いた父親と再びめぐり合い、アドベンチャーという名の父子の交流にどっぷりと漬かる。そして彼は初めて父親を越える。これはいわば遅れてきた家族の通過儀礼とも言い得る作品だった。

 あれから約20年…。

 『インディ・ジョーンズ/クリスタルスカルの王国』はこの20年間降り積もったあらゆるものへのアンサーソングのような映画だ。もちろんインディと父親の関係性は他の何かへと置き換えられることになる。

 舞台となるのは米ソ冷戦中の1957年。赤狩りの真っ只中、大学の職を追われたインディは伝説の水晶髑髏<クリスタル・スカル>の謎を解くために、ペルーに存在するという黄金都市を目指す。そこにライバル出現。ケイト・ブランシェット率いるソ連の工作部隊もまたクリスタル・スカルの謎を追い求めていたのだ。スカルをめぐる迫真のチェイス、ジャングルの大自然の脅威、そして謎の遺跡に仕掛けられた罠に翻弄されながら、インディは仲間と共に旅を続ける。果たしてこの伝説にはいかなる終止符が打たれようとしているのか…?

 2時間2分、全く退屈はしないし、ハリソン・フォードも年齢を感じさせないカリスマ性で頑張っている。中盤、シリーズではおなじみのあのヒロインが元気に参戦してくるのにも驚いた。今もハツラツと変わらないその姿に誰もが嬉しくなってしまうだろう。だが…率直に言って全体的にパワーダウンした感が否めない。かつて子供だった僕をスクリーンの只中に突き落としたあの爆発的な魅力が足りない。

 共に冒険する「チーム・インディ」はシャイア・ラブーフ抜きだとアベレージ60才越えのお伊勢参りみたいな有様だ(ラブーフを含むと平均51.6歳)。彼らはアクションシーンになると完全にボディ・ダブルへとスイッチする。そしてそのまま俳優へと還元されずボディ・ダブルのままで次の場面へ抜けたりもし、アクションする人間の主語が曖昧になることで確たるリアリティが霧散してしまっている。もちろんここのあたり、かなり確信犯的なギャグってことも考えられるのだが・・・。よってこの“SFアドベンチャー”におけるいちばん“SF”な部分とは、“アクション”と“俳優”との間に生まれる乖離を観客のイマジネーションによって補完していく作業において顕著に発生していると言える。

 肝心の黄金都市をめぐるストーリーもどこか説明的でまどろっこしい。それにクリスタル・スカルというアイテムが笑っちゃうくらい安っぽい。このスカルが皆を導いていくクライマックスのワンシーンなんか、ブライアン・デ・パルマの珍作『ミッション・トゥ・マーズ』を思い出すくらいの超絶ぶりで思わず座席で仰け反ってしまった。

 アクションシーンのアイディアと構成も盛り上がりに欠ける。何度「わー!」っと滝に落ちようとも、そこで落ちていく感覚がゼロだからなんの感慨も起こりえない。もちろんジェリー・ブラッカイマーみたいにロックンロールを爆音で鳴らしてドカン!ドカン!ど派手な花火を打ち上げる作風とは違うので、かつて「インディ」が打ち立ててきたもの+アルファが求められるが、なにか新しいことを打ち立てる余裕は残っていなかったようだ。しかしそれでもジャングルでのカーチェイスなどは、延々と続く息の長さに、アクション、コミカルなセリフが間髪なく入り交ざり、まさにオーソドックスなアクションの王道をいく流れ。地味ではあるが、これぞSFアドベンチャーという名のオペラだ!と歓喜したくもなるものだった。

 またちょっとした注目どころとして、ルーカス&スピルバーグが自分らの初期作品にオマージュを捧げている点が挙げられる。ルーカスといえば『アメリカン・グラフィティ』。スピルバーグといえば●●(←自主規制)。約20年ぶりに「インディ」を再起動させるにあたり、彼らもまた自分史の記念碑としてノスタルジーを刻んでみたくなったのだろうか。彼らが若き日の自分にむかってハローと手を振っている様子が目に浮かぶ。ここ数年、大人向けのシリアスな作品が続いたスピルバーグにとっては尚更のことだったろう。

 かくも口やかましいことばかりを書き綴ってきたが、これは酷評というのとはちょっと違う。正直なところ、20年を経て復活してくれてありがとう、と伝えたいくらいだ。「最後の聖戦」の中でインディとパパ・ジョーンズはことあるごとに言い争いをしながら旅を進めていくが、僕にとってこのシリーズはまさにそういう「映画の父」みたいな存在なんだと思う。僕のまるで子供のような文句を全て受け入れてくれる存在と言うべきか。パパ・ジョーンズのごとくこの20年間ずっと音信不通ではあったものの、僕の中で「インディ・ジョーンズ」の記憶はそうやって常に映画の原点として輝き続けてきた。

 僕のたった30年ぽっちの人生において映画を観続けてきた意味とは、やはり「インディ・ジョーンズ」越えする瞬間に数多く出逢いたかったというところに集約される。そしていま再び姿を表した彼の前に立ってみると、かつてはあんなに大きくて威厳のあった背中が今ではなんだか小さく見えてしまうことだってある。それはインディ自身も映画の中で体験した、父親とのあの通過儀礼ではなかったか。

 でもその「父親越え」には嬉しいだとか哀しいだとか、そういう下世話な感情は付随しない。作品の良いところも悪いところも全部ありのままの姿で抱きしめたい、というのが実質的な本音なのだ。

 それを証明するかのように、この日の完成披露試写を終えた人たちの表情はみな本当に晴れ晴れとしていた。

 エレベーターの到着を待つ間、みんなが「あそこの場面はちょっと」とか「敵がソ連兵つうのも…なんだかなあ…」とか、思い思いにツッコミやダメだしに余念がない。しかしダメ出しする人たちの目はどこかやっぱり嬉しそうで、まるで子供のようにキラキラと輝いていた。この空気、何かに似てるな・・・ああ、そうだ、「親戚の集まり」だ!

 もう長所も短所もみーんな“込み”でそんなの全然OKだよ!っていうのが、20年後に彼と再会した「インディ」の子らの返答だったに違いない。

 僕も同じくいろんなシーンにダメ出しをしながら家路を辿った。

 心の中にはやっぱりあのテーマ曲が流れていた。

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インディ・ジョーンズ クリスタル・スカルの王国
監督:スティーブン・スピルバーグ
出演:ハリソン・フォード、ケイト・ブランシェット、シャイア・ラブーフ、
カレン・アレン、レイ・ウィンストン、ジョン・ハート
(2008年/アメリカ)パラマウント・ピクチャーズ・ジャパン
6月21日全国ロードショー<14日、15日先行公開決定>

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