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2008/05/15

『スカイ・クロラ』

 押井守の最新作『スカイ・クロラ』は冒頭から度肝を抜く空中戦で幕を開ける。雲を貫き、俊敏かつ大胆な動線を繰り出す無数の戦闘機。そのスピードは加速したかと思うと次の瞬間には超スローモーションへと突入し、戦闘機とは思えぬアクロバティカルな動きを視界に焼き付けつつ、『マトリックス』ばりの、もとい押井守の代名詞でもある機銃掃射が炸裂し、おびただしい数の薬莢が空中をジャラジャラと舞う。つまり『攻殻機動隊』の戦闘シーンをグレードアップした上に、人間(あるいはロボット)ではなく、機体と機体とが文字通りの肉弾戦を繰り広げるのだ。

 弾が機体を貫くと、こちらにまで痛みが伝わってきそうだ。驚くべき写実性に手を触れながら、あえてそれを究極化させず、映像をどこか1ミリほど霧がかった非日常性へと放り込む。戦闘機が飛行していく様は時折よく出来たジオラマのように見えることさえあり、このリアリティとフィクションの薄膜のようなものが観客を実写ではない別次元へといざなう。

 いつの時代かも知れない。国家に代わって企業間で戦争が行われている世界。殺しあう理由も、目的もよく分からない。住民たちは守られることに慣れっこになっている。そして代わりに戦うのは子供たち。といっても、ただの子供ではない。大人になることを拒否した、永遠の子供<キルドレ>たちだ。いつ空中で散るかも分からない彼らに成長など必要ない。今日も警報が鳴り響き、敵機が飛来する。子供たちは戦闘機に乗り込み、テイク・オフ。激しい空中戦。そして仲間がひとり死ぬ。でも翌日には戦闘要員が補充。新入り?うん、よろしく。あれ、なんか前に会ったような…。そんな会話をもう何度交わしたことか。繰り返される記憶。麻痺していく感覚。今日は昨日の繰り返し?彼らが殺しあう理由は?みんな本当は気づいているくせに、知らないふりをしているだけ?関わりたくないと思ってるだけ?誰だって間接的に生きていたいから。また仲間が死ぬ。もはや哀しみさえ沸き起こらない。また死ぬ。無感覚。

 ダイナミックな空中戦を抜けると、地上ではごくアニメーション然としたキャラクターたちのドラマが待っている。空と地上。このタッチの切り替えしが、戦うことを運命づけられたキルドレたちの非日常性を緩急織り交ぜながら彩っていく。僕らは『スカイ・クロラ』がどのように成り立っているのかはっきりとは分からない。ただ想像や予測の向こうに、主人公の操縦者カンナミと女性司令官クサナギとの関係性を核とした独自の死生観が見て取れる。

 押井守はこの映画を純愛物語として捉えているという。細部にまでこだわりを感じるビジュアルもさることながら、ストーリーラインがすこぶる強靭に描かれていることが観る者の心をえぐる。押井は製作序盤で行定勲監督作『春の雪』(原作は三島由紀夫)に共鳴するものを感じ、若き脚本家・伊藤ちひろに原作の脚色を依頼したのだそうだ(行定勲の名前は“脚本協力”としてクレジットされている)。この起用が素晴らしい相乗効果を生んでいる。『春の雪』と『スカイクロラ』。両作品ともに触れた(観たor読んだ)方ならば、押井が本作のテーマとして何を大事に見つめていたのかすぐに分かるだろう。

 紡ぎだされる無機質な言葉が逆に温度を帯びて沁みてくる。加瀬亮がささやくように淡々と語れば、菊地凛子が猫のように粘っこくも毅然とした声で冷たく言葉を放つ。原作者・森博嗣の文体が工学的なまでにカチッカチッと細かい歯車を噛み合わせながら進んでいくように、ここで語られるすべてのセリフにも確たる意図があり、それが組み合わさってさらに大きな機能として立ち上がっていく。いや、むしろ無機的・機械的であるからこそ、僕らの枯れ果てた心には“命の尊さ”や“愛の深さ”といったものが逆説的にヒリヒリと沁み出してくるのかもしれない。

 2時間1分の上映が終わるとき、僕らはそれらの言葉に、そして映像に、もっと触れていたいと思うだろう。それほどまでに印象的な一瞬一瞬の積み重ねが、この刹那的な人間ドラマを、極めて示唆的な、生を再発見するためのバイブルへと高めている。

スカイ・クロラ The Sky Crawlers
監督:押井守
声の出演:加瀬亮、菊地凛子、栗山千明、谷原章介
(2008年/日本)ワーナー・ブラザーズ映画
8月2日全国拡大公開

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