« 『小さな赤い花』 | トップページ | 『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』 »

2008年6月 8日 (日)

『イースタン・プロミス』

 クリスマス前のロンドン。

 華やぐ街の様子とは裏腹に、救急病院には深刻な案件が舞い込んでいた。妊娠した少女がすでに破水した状態で担ぎ込まれたのだ。英語を介さない彼女は出産後すぐに絶命。赤ん坊だけが残される。助産士のアンナは、彼女の日記を頼りに幼子の引き取り先を捜すが、そこにはロシアン・マフィアによる人身売買の恐るべき実態が記されていた…。

 今度のクローネンバーグは冒頭から容赦ない。冒頭でカミソリがキラッと危なげに輝いたかと思うと、ああ、やっぱり、キターッッッ!!!!!切れ味、抜群。とめどなく噴き出すドス黒い血。そして満を持して主演ヴィゴ・モーテンセンが姿を現す。この男、今回もどエライことになっている。全身43箇所にタトゥーをきめ、組織の下っぱ運転手でありながら、必要とあらば表情ひとつ変えずに易々と死体処理をやってのけ、いざ大浴場でのガチンコ・ファイトに挑むとなると、もう東映ヤクザ映画の菅原文太も真っ青なくらいの大立ち回りで、大事なイチモツを大回転させながら、相手をカクジツに殲滅する。

 ああ、やっぱクローネンバーグ、すげえな、と思う。前作に続くヴィゴ・モーテンセンとのコラボレーションということで、さすがにヴィゴの持つ旨みがすべて研究され尽くしているのだ。『ロード・オブ・ザ・リング』でも『ヒストリー・オブ・バイオレンス』でも見られなかったまったく新しいヴィゴがそこにいる。その風体にはただただ驚くばかり。

 だが、本作はこのまま「ビックリ恐怖館」で行くのかと思いきや、予想に反してどんどんドラマ性が隆起を帯びる。人の心をすっかり亡くした男がナオミ・ワッツの演じる助産士と出会った瞬間、予想もつかない運命のドラマが動きはじめるのだ。

 そこには『堕天使のパスポート』の名脚本家スティーヴ・ナイトの手腕も光る。彼の功績によってこれまで映画では描かれることのなかった“移民社会ロンドン”が素顔をさらす。その闇でうごめく無数の名もなき人々が、ありありと実態を持って動き出す。

 また、2つの気色の異なる“ファミリー”の対比も面白い。片や恐怖のロシアン・マフィア、片や助産士アンナの暮らすロシア系の平凡な家族。物語の進む中、日記の内容に憤ったアンナ一家は、成り行き上、ロシアン・マフィアと対抗しているような位置に立つ。まるでアリがゾウに挑むかのようなこの闘い・・・彼らは絶望するどころか、逆に笑ってしまうくらいの頼もしさに満ちている。このまったくもってありえない光景が、フィクション上のファンタジーとしてドラマティックな風を吹き込ませる。そして迎えるクライマックス…クローネンバーグはドラマ性の向こうに鮮烈な幕切れを用意しているのだが・・・こいつはとことんシビれるぜ!

 奇しくも9.11からイラク戦争へと至る暴力の連鎖が世界中のフィルムメーカーに影響を与えている。同じ暴力と言えども、9.11前後ではその定義が微妙に異なる。クローネンバーグはその新しい時代の暴力を描くに当たって、まずは『ヒストリー・オブ・バイオレンス』でその概念を完全にリセット&再定義し、その土壌に改めて『イースタン・プロミス』という野太いドラマの幹を育てた。

 それは手間のかかる回り道にも思えるが、クローネンバーグにとっては決して避けて通れない道のりだったことは、この映画の完成度の高さを見れば明らかだ。

■この記事が参考になったら押してください→人気blogランキング

イースタン・プロミス
監督:デヴィッド・クローネンバーグ
出演:ヴィゴ・モーテンセン、ナオミ・ワッツ、ヴァンサン・カッセル、
アーミン・ミューラー=スタール、シニード・キューザック
(2007年/イギリス=カナダ)日活
6月14日より、シャンテシネ、シネ・リーブル池袋ほか全国ロードショー

クローネンバーグの代表作『ザ・フライ』、今年なんとオペラ化が予定されているんだとか。

------

TOP】【過去レビュー】【DIARY

|

« 『小さな赤い花』 | トップページ | 『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/137483/41460276

この記事へのトラックバック一覧です: 『イースタン・プロミス』:

» 「イースタン・プロミス」 [クマの巣]
「イースタン・プロミス」、観ました。 ビゴ・モーテンセンとデビッド・クローネンバーグのコンビが「ヒストリー・オブ・バイオレンス」... [続きを読む]

受信: 2008年6月15日 (日) 19時22分

» イースタン・プロミス◆リアリズムで描くロンドンの闇社会 [好きな映画だけ見ていたい]
     「イースタン・プロミス」 (2007年・イギリス/カナダ/アメリカ) マフィアの一族が経営するレストラン。威圧感を漂わせる店主と情緒不安定なその息子、命令に忠実だが、ただ者ではない雰囲気を漂わせる謎めいた運転手――よくある犯罪映画を思わせる設定だが、この映画には秘密がある。本レビューも終盤近くの内容には触れずに進めたい。 「ヒストリー・オブ・バイオレンス」(レビュー記事はこちら)で、よき市民でありながら闇社会の出自をもつ男を主人公に据え、暴力をめぐるセンシティブな問題に切り込んだクロ... [続きを読む]

受信: 2008年6月18日 (水) 22時07分

» イースタン・プロミス [象のロケット]
助産師・アンナは身元不明の少女が出産後死亡したため、日記を手がかりに身元を捜す。 少女はロシアン・マフィア“法の泥棒”の売春婦であった。 深入りしたアンナをいつも助けてくれるのは“法の泥棒”の運転手・ニコライ。 日記の真相は? アンナとニコライの運命は? ロンドンの裏の顔を暴く、社会派サスペンス。 R-18... [続きを読む]

受信: 2008年6月19日 (木) 22時07分

» イースタン・プロミス [Movies 1-800]
Eastern Promises (2007年) 監督:デヴィッド・クローネンバーグ 出演:ヴィゴ・モーテンセン、ナオミ・ワッツ、ヴァンサン・カッセル 運転手を務める男と赤ん坊の身内を探そうとする助産婦を通してロシアン・マフィアの実態を描く。 70年代、映画に登場するマフィアと言えばイタリア系だった。80~90年代になると黒人を筆頭に、中国系、中南米系の有色人種が麻薬問題とともに描かれるようになった。そして21世紀に入ると、ロシアン・マフィアが登場するようになる。90年代後半、東欧諸国の共産主義崩... [続きを読む]

受信: 2008年6月22日 (日) 17時52分

» 映画「イースタン・プロミス」 [映画専用トラックバックセンター]
映画「イースタン・プロミス」に関するトラックバックを募集しています。 [続きを読む]

受信: 2008年6月23日 (月) 23時28分

» 映画「イースタン・プロミス」 [しょうちゃんの映画ブログ]
■邦題:イースタン・プロミス ■原題:EASTERN PROMISES ■上映時間:100分 ■製作国:イギリス、カナダ、アメリカ ■ジャンル:サスペンス、犯罪、ドラマ ■配給:日活 ■公開:2008/06/14 ■劇場:シネ・リーブス梅田 ■パンフレット:600円 ■オフィシャルサイト:http://www.easternpromise.jp/ ここでしか、生きられない。 ■監督:デヴィッド・クローネンバーグ ■製作:ポール・ウェブスター、ロバート・ラントス... [続きを読む]

受信: 2008年6月23日 (月) 23時28分

» 「イースタン・プロミス」自己満足的な出来上がり [soramove]
「イースタン・プロミス」★★★ ヴィゴ・モーテンセン、ナオミ・ワッツ主演 デヴィッド・クローネンバーグ監督、2007年、100分 アメリカ イギリス カナダ 「ロード・オブ・ザ・リング」の王様、 ヴィゴ・モーテンセンが本作で アカデミー主演男優賞の候補と...... [続きを読む]

受信: 2008年6月25日 (水) 07時56分

» *イースタン・プロミス* [Cartouche]
{{{   ***STORY***                イギリス 病院で働くアンナの下に、一人の少女が運び込まれる。意識を失くした少女は、女の子を産み落とし、息を引き取る。バッグに入っていた手帳にはロシア語で日記らしいものが書かれており、少女がロシア人であることが分かる。手術に立ち会ったアンナは、少女の身元を確認するため、ロシア料理レストランのオーナーに相談すると、自分が日記の翻訳をしようと申し出る。しかし、その後、謎のロシア人、ニコライがアンナに近付き始め…。        goo..... [続きを読む]

受信: 2008年6月30日 (月) 10時41分

» イケメン・渋メン・モーテンセン [マキネマ通信 ~私的映画レビューブログ~]
プリズン・ブレイクの続きがとうとう出たので、 本日はプリズンを鑑賞しながらレビューアップ。 ヴィゴが激渋の「イースタン・プロミス」をご紹介します。 マキネマ的評価:×9 amazonで買おうか迷っている方はこちら 《こんなお話》 病院で働くアンナの...... [続きを読む]

受信: 2008年7月 3日 (木) 00時39分

« 『小さな赤い花』 | トップページ | 『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』 »