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2008/06/28

『告発のとき』

 アメリカがテロ攻撃を受けアフガン戦争、イラク戦争へと突き進んでいった時代、ポール・ハギスは分裂する世界の状況を『クラッシュ』に集約させ、ボロボロに傷ついた時代性を時に鋭く、時に溢れるような優しさで描きあげた。しかしそれはあくまで間接的な描写に過ぎなかった。

 あれから3年。ハギスが久しぶりとなる監督作『告発のとき』で描くのは“直接的”な傷痕だ。

 舞台となるのは2004年のアメリカ。突如、軍隊から姿を消したという息子の行方を追って元軍人の父親ハンク(トミー・リー・ジョーンズ)が捜索に乗り出す。しかし数日後、息子は無残な焼死体となって発見。真犯人は一体誰なのか?やりきれない想いを胸にハンクは女刑事エミリー(シャーリーズ・セロン)の協力を借りながら息子の辿った心の闇を少しずつ紐解いていく。

 本作はアメリカ公開時、不発に終わったという。なるほど、9.11から『ユナイテッド93』まで5年の月日がかかったように、米国民がタイムリーなこの物語を直視するまでにはもうちょっと時間がかかるということか。

 でもだからこそ、距離の離れた僕ら外国人にとってこの直接的な物語はとても深みを帯びて響いてくる。さすがポール・ハギス。とにかく今回も彼の脚本が冴える。新進気鋭の脚本化のように奇をてらった描写は一切ない。脇目を振らず、観客の余計な不安は煽らず、父親の目線でひとつずつ剥ぎ取られていく真相。着実に積み重ねられていくドラマ・・・。

 確かにこの中のワンシーンは目を覆いたくなるほどの“傷跡”に満ちてはいるが、『告発のとき』はそういったものから目を背けるのでなく、観客にむしろ“いま起こっていること”を躊躇わず見つめるための勇気を与えてくれる。言葉で語らずともその些細な描写だけで心の中に流れ落ちてくるたくさんの感情が存在する。つくづく、“脚本の巧さ”とは単なる“台詞の巧さ”ではなく“描写の巧さ”なのだと思い知らされる。

 そして結局、本作はイラクという戦場に一度も足を踏み入れずして“イラク戦争”とその“傷跡”をアメリカ国内だけで表現し得ている。その目となり手足となって移動を続ける父親役トミー・リー・ジョーンズは、いまにも爆発しそうな火種を抱えながらもずっと感情を抑えて海面ギリギリを飛行続けるパイロットのようだ。彼が心に秘めた大きな悲しみを、あの劇画調なまでの強面(こわおもて)で防波堤のごとく必死に堰きとめていることが分かるから、僕らは彼と共に旅を続けようと突き動かされるのだろう。あの女刑事と同じように。

 ちなみにポール・ハギスは『父親たちの星条旗』でも脚本を務めている。かつての戦場・硫黄島で起こった惨劇を父親の目線で子供たちに伝えたこの物語。翻って『告発のとき』はイラク戦争を経験した息子が父親に充てた物語ということが出来る。『父親たちの星条旗』へのアンサー・ムービーというと言いすぎだが、ポール・ハギスの中で何らかの共通項があったことは間違いない。それは“星条旗”というアイテムを取ってみても一目瞭然だ。

告発のとき
監督:ポール・ハギス
出演:トミー・リー・ジョーンズ、シャーリーズ・セロン、スーザン・サランドン
(2007年/アメリカ)ムービーアイ
6月28日、有楽座ほかTOHO系全国公開

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