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2008/06/29

『歩いても 歩いても』

 ドキュメンタリーとフィクションの境界に沁みだした、ほんのひと掬いの濃厚なリアリティをフィルムに納めてきた是枝裕和。ドキュメンタリー出身の彼にしか成し得なかったこのアプローチも、時と作品を経るごとにだんだん空気のようにフィルムとの親和率を高めていった。

 そして今回の『歩いても 歩いても』。その完成度といったら、ちょっと信じられない域にまで達している。

 というのも、語り口が軽妙なのだ。これまでの“カメラを回しながら試行錯誤を重ねる”(化学変化が起こるのを待つ)という方法論から一枚も二枚も身軽になり、一見、飄々としたホームドラマに見える本作。しかし何気ないシーンの狭間に見える精神性、2時間を通して僕らがいざなわれる近いようで遠い距離感は、後になって振り返るほど深い余韻を持って心に響いてくる。

 とある家族の一日がはじまる。実家を巣立った次男と長女がそれぞれ家族を連れてやってくる。娘役のYOUは独特の空気感でムードメイカーとして漂いながらも、笑顔の裏には両親との同居によって自宅を手に入れたい思惑がある。また母役の樹木希林もそれに気づいてないようでしっかりと気づいている。  

 母は最近、すっかり忘れっぽくなった。現役医師を引退した父は、バツが悪くてなかなか診察室から出てこない。子連れの女性と再婚した次男。そのことをチクチク突つく母。話題にはのぼれど姿は見えない長男…。権謀術数が渦巻くように見えて、実は互いの考えていることなどみんなお見通しだ。表で笑っていても、裏では辛らつ。でもそれが深刻な事態を呼び起こすことはない。なにせ彼らは家族なのだから。

 会話だけで見えてくる家族の肖像がそこにはあった。色とりどりのキャラクターがとりとめもない言葉をつむぐ中、長男の不在だけが観客の頭をもたげる。平凡な家族に残された唯一の謎。彼らはいったいどんな過去を背負っているというのか。本作は決してミステリーではない。しかしドキュメンタリータッチの中に一握のミステリーを忍ばせた『ディスタンス』を思い出さずにはいられず、“不在”と“存在”の狭間に生まれる心の揺れがリアルな温度で伝わってくる。

 中でも最も胸を締め付けられるのはラストシーンだった。当たり前の風景のようで、僕らは何度となくこんなことを繰り返しながら生きているのだろう。このたったワンシーンに人生が、そして歴史上、幾度となく繰り返されてきた魂の連鎖が見えてくる。

「ほらね、やっぱり少しだけ、間に合わない」

 あっという間に過ぎ去っていくとりとめもない一日。その全ての瞬間をしっかりと記憶していたいと思った。そして自分の住む日常のありとあらゆる情景と、周りの善き人たちの言葉を、抱きしめながら生きたいと思った。それが完全には叶わぬことと、分かっていても。

歩いても 歩いても
監督:是枝裕和
出演:阿部寛、夏川結衣、YOU、高橋和成、田中祥平、樹木希林、原田芳雄
(2008年/日本)シネカノン
6月28日(土)ロードショー

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